ゲームと「触覚」は相性がいい? 触覚デバイスがもたらすコミュニケーションの未来像とは:あの“梶本研究室”に行ってみた(後編)(2/2 ページ)
なぜ「触覚デバイス」は普及していないのだろうか。後編となる今回は、学生たちを指導する梶本裕之先生に、触覚デバイスの課題や、触覚研究の可能性についてうかがった。
サイエンスとアプリケーション
―― 今後いろいろなところに触覚を生かしていくとして、どんな活用方法があると思いますか。
梶本 柱としては3つあると思います。一番簡単なのはエンターテイメントですね。身近なところで言えば、さっきのとっくりや∞プチプチのようなもの。2つ目は触覚によるナビゲーション。例えば子どもの手をつかんで習字をさせたり、手を引っ張って誘導したりとか、こういうのは触覚でやると非常に分かりやすいんです。そして3つ目がコミュニケーション。具体例を挙げるなら、さっきのキスデバイスなんかがこれにあたります。
―― 今日展示されていたものだと、ハンガー反射の研究なんかはナビゲーション用に使えそうですね。
梶本 あれはまさにそうですね。直感的なナビゲーションというのを突き詰めていくと、最終的には自然に体が動いちゃうレベルになってくる。カーナビなんかはまず「右にまがって下さい」って明示的な言語表現・記号表現があってそれから体を動かしますけど、そうじゃなくて否応なしに体が動いちゃうのがナビゲーションの理想。
―― ハンガー反射は本当に不思議でした。自分ではまったく意識していないのに、首が自然にそっちを向いてしまう。
梶本 装着者の自由意志を奪うところまで行くとそれはそれでよくないんですが、ハンガー反射の場合は、装着者が逆らおうと思えば逆らえるのが絶妙ですよね。
―― あれはなんで首が動いちゃうのか、いまだに解明されていないんですよね?
梶本 解明されていないです。そういうところが、うちの研究室らしいと言えばらしい。アプリケーションを研究していたつもりが、実はちゃんとサイエンスの研究にもなってるという。逆にサイエンスの研究からはじまって、それがアプリケーションの研究にもつながっていくこともある。
―― ある意味理想的な研究のあり方かもしれませんね。
梶本 ニュートンがリンゴを見て何かひらめいたように、発見からはじまる研究って、研究者にとってはひとつの理想なんです。でもたぶん現在のサイエンスでは、なかなかそういう発見って難しい。その点ありがたいのは、触覚研究という分野はまだまだ分かっていないことが多い。ハンガー反射なんかがまさにそうで、日常的な不思議がまだ解明されていない不思議だったりするんです。だから「これなんだろう?」を突き詰めていくと、いつのまにかアプリができているということがしばしばある。
―― キスデバイスも「なぜあれが気持ち悪いのか」というところを考えていくとちゃんとサイエンスになってますよね。
梶本 正直に言うと、最初はちょっとそのまますぎるかなと思ってました(笑)。ただ実際にやってみるとそういう発見もあって、その点は面白かったですね。
―― 言われてみれば、あれはアプリケーション側がだいぶ強い(笑)。
梶本 結局提示するのは人間なので、人間への最適な提示方法を考えていくと、やっぱりアプリケーション設計だけでは分からないところが出てくる。サイエンス方面とアプリケーション方面の研究を同時に進めていく、というのはうちの研究室の持ち味にしていきたいですね。
ゲームと触覚は相性がいい?
―― 触覚とゲームの相性はどうですか? 今日見ていて、ゲームに応用したら面白そうな技術もけっこうありましたが。
梶本 接点は多いですね。ゲームと触覚は切り離しては考えられないと言ってもいいくらい。うちでは特にゲームの研究はしていませんが、やっぱり無視はできないと思ってます。
―― 先ほど実用化の例のひとつに挙げていましたけど、ゲームの振動コントローラも、一般に普及している触覚デバイスの最たるものですよね。
梶本 そのとおりだと思います。特に任天堂が最初に出した振動パックが一番よくできていましたね。
―― 他のメーカーとは違うんですか?
梶本 他は振動モーターを使っているところが多いんですが、任天堂のはフォースリアクタという振動スピーカーの一種を使ってるんですよ。モーターの場合は振動の周波数と強さを個別にコントロールできないんですが、スピーカーの場合は個別に制御できる。何より反応が早い。
―― そんなに違うものなんですか。
梶本 違いますね。例えば瞬間的に大きくブルッと震えるような動きはスピーカーでないと不可能なんです。あと振動モーターの場合は、どうしてもスペック上、200ミリ秒くらいの遅れがある。ゲームで200ミリ秒と言ったらものすごい遅れだってことが分かりますよね。
―― 言われてみれば、高いところから落ちた時の「ドンッ」っていう衝撃なんかは、任天堂の方がリアルだったかもしれない。
梶本 そうそう、そういうカツカツ感は振動スピーカーでないと絶対に出せないでしょうね。うちの研究室でもたくさん使っています。
―― 最近ではKinectのようにジェスチャーで操作したり、画面をタッチしたりといった、ボタンを使わない方向に進む動きもありますが、そのあたりはどう見ていますか?
梶本 触覚系って今はどんどん排除されていく傾向にあるんです。ボタンのようなメカニカルなデバイスって壊れやすいから、なければない方がいい。でもそうすると今度は、タッチパネルの上にあえて物理ボタン貼り付けてみる研究が出てきたり、逆に「やっぱりボタンって必要だよね」という声も出てきたりする。そうなると次はまたボタンが復活するんじゃないですかね。
―― 自分はボタン好きなので、そうなってくれたら嬉しいですね(笑)。
梶本 ただ復活したときに、これまでのメカニカルデバイスそのままだと、やっぱり煩雑ということになるかもしれない。そこでいま私たちが研究しているような分野が役に立つ可能性はあります。メカニカルデバイスじゃないけど、押した感覚があるような。
―― バーチャルな触覚ということですか。
梶本 そう。我々研究者もそのことには気付いていて、今はそういう研究がすごく多いんです。
触覚ならではの難しさ
―― もっと触覚デバイスが普及したら、世の中ってどんな風に変わっていくと思いますか。
梶本 触覚オンリーというのはやっぱりキツいのかなと最近は思っています。例えばさっきのキスデバイスにしても、ただ回転や振動を伝えるだけだと実はなんの快も不快もない。でもそこに文脈が与えられると――つまり、相手の顔が見えて、相手の口元と今まさにつながっているんだってのが分かると、途端に赤面したり気持ち悪くなったりする。
―― それは実際に体験してみてよく理解できました。もう片方のストローを相手がくわえている、というのが分かってはじめて伝わる気持ち悪さがある。
梶本 ということは、触覚ってやっぱり音楽のように単体で情動を喚起してくれるものではなくて、あくまでそのための“素”を作ってくれるものなんじゃないかと。もちろん∞プチプチのように触覚単独で、というのもありますが、あくまで付加価値として使われるようになっていくと思います。
―― 具体的にはどんな場面で使われるのが有効でしょう。
梶本 身近な例で言えば、例えば映画館。ああいうところでは、触覚が加わればより臨場感が増したりするでしょうね。
―― 音響のしっかりした映画館だと、爆発シーンなんかで空気がブルッと震えたりしますよね。
梶本 ただ一方で、映画館では触覚のよさを生かしきれない部分もある。触覚って、入力と出力が一体なんです。自分が動いた結果、はじめて反力として触感が伝わってくる。だからただ座ってスクリーンを見ている人に触感を与えても、それでは体験にはならないんです。
―― そうか、自分は座りっぱなしなのに、そこへ海へ飛び込んだような感覚を与えられても、それは不自然になってしまう。
梶本 あと映画を見ている時って、みんな視点の位置がバラバラなんです。同じシーンをとってみても、人によっては主人公に感情移入しているし、逆にシーン全体を客観的に見ている人もいる。そこは視覚のすごいところで、見ている側が視点を自由に切り替えられるんです。ところが触覚はそうはいかない。
―― 画面に3人のキャラクターが映っていたりしたら……。
梶本 そう、誰の感触を出すのかという問題が出てきてしまう。チャンバラのシーンだったら、斬る側の感触を出すのか、斬られた感触を出すのかでずいぶん印象が変わってくる。どっちにしても、どちらかに視点を固定されるのは嫌がられるでしょうね。
―― 難しいですね。
梶本 3Dテレビがなかなか流行らないのにも同じことが言えて、3Dになると視点が1点に固定されてしまうんです。一番面白いところへ脳内カメラを持って行く、という当たり前のことが、3Dになるとできなくなってしまう。
―― 組み合わせるにしても、相性の善し悪しはあると。
梶本 だからもっとも触覚が活きるのはゲームなんです。ゲームって体験そのものですから。
―― 主人公は自分自身ですしね。
梶本 そうです、まさにそうなんです。
―― ゲームファンとして、今後の実用化に期待しています。
梶本 そこへつながるような知見を少しでも提供できれば嬉しいですね。
取材を終えて
ニンテンドー64ではじめて「振動パック」が登場したとき、画面に合わせてコントローラーがブルブル震えるのに衝撃を受けた。触覚がもたらす臨場感や感動が思いのほか大きいことがよく分かる。
今回、梶本研究室を取材するなかで、はじめて「振動パック」に触ったときのような驚きを何度も味わうことができた。キスデバイスのなんとも言えない気持ち悪さ、ハンガー反射の不思議さ、手のひらをボールが通り抜けていく奇妙さ――。
触覚がエンターテイメントになり、新しいコミュニケーションになる。触覚デバイスの未来には、まだまだいろんな可能性があるようだ。
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