キルギスでキリギリス探してみた:できるかな?(3/3 ページ)
すべては冗談から始まった……。「キルギスってどんな国?」「キリギリスっぽいよね」「じゃあ探して来て」。……いるよね?
翌日、無事に合流を果たした義父は休みを取ってくれていて、一緒に車で出かけることになった。ちなみに依然としてなお、義父にはキリギリスの話は言えず終いであった。探すのをあきらめたわけではないが、そればかりに気を取られるのも本末転倒だ。滅多に来られないような土地なのだから、純粋に旅そのものを楽しみたい。
向かった先はアラ・アルチャという自然公園だ。ハイキングをしようという話だったが、行ってみるとハイキングというよりも、少しだけ本格的な山歩きという感じであった。トレッキングといった方が似つかわしいかもしれない。
「地球の歩き方」には、上高地のようなところだと書かれている。山々に囲まれた気持ちの良いスポットで、自然公園と聞いてイメージしていたよりも、ずっと野性味溢れるシチュエーションに心が躍った。文明を感じさせる要素は限りなくゼロに近い。携帯の電波も当然のように圏外である。
車を停め歩き始めると、最初こそ簡易的な小径が整備されていたものの、すぐに道なき道に変わった。そのうち、地面さえもない場所を通過しなければならなくなった。川に沿う形で上流へと高度を上げていくのだが、その川を歩いて越えるという。水深は浅いが、流れは結構早い。水面からかろうじて頭を出している、やや大きめの石を足場に選びながら、飛び移るようにして渡る。足を置いた瞬間に石がグラッとして、靴底がまんまと水に浸かった。義父は靴と靴下を脱ぎ、素足で歩を進めていた。その方が正解であった。結局、靴の中まで水浸しになり、その後の足取りが重くなってしまったのだった。
水に濡れた足が凍ったように冷たかった。緯度でいえば、函館と同じぐらいのところに位置するのだ。訪れた時は9月下旬で、アラ・アルチャではすでに紅葉が始まっていた。陽が出るとそれほどでもないが、寒くないというと嘘になる。中には早くも冠雪している山も見えた。天山山脈である。山に分け入っていくと、時折野生の馬の群れに出くわしたりもした。雪山をバックに、毛並みのいいたてがみが風に揺らめくさまは、とても絵になる。ここは首都ビシュケクからわずか30キロほどの距離しかない。まさに街の郊外といったところなのだが、これほどの手つかずの自然が広がっているなんて驚きだったし、うらやましくもあった。
僕は、昨日キルギスに到着して感じた、旧ソ連の街にしてはやけにほんわかとした優しげな雰囲気が漂う理由に思い至った。街からちょっと出ると、心が洗われるような自然が待っているのだ。美しい風景と共存する街は、やはり美しい。行き交う人々が優しげなオーラを身にまとうのも必然なのかもしれない。後で知ったことだが、この国は「中央アジアのスイス」などとも呼ばれているのだそうだ。スイスには行ったことがないので比較はできないが、キルギス、とってもいい国だなあと、しみじみと感慨に浸ったのだった。
慣れない山歩きに、運動不足の身体が悲鳴を上げた。その都度、岩肌にドカッと腰を下ろして休息するような、スローペースのトレッキングとなった。持参した水をごくごく飲んで一息ついている時のことだった。足元の叢をぴょんと何かが横切った。えっ? 虚を衝かれ、目を見開いた先には……黄緑色の昆虫らしき物体が、いた。キ、キリギリス! まさか、まさかである。
逃げられないように、おずおずとカメラを茂みに向けた。まずは遠目からパチリと一枚。さらに少し近づくと、そいつはぴょんと飛び上がった。負けじと追いかけシャッターを切る。草がジャマでなかなかうまく撮れない。一進一退の攻防が続いたが、やがてそいつはまんまと茂みの外へ飛び出てきた。絶好のチャンス到来! 僕の興奮は頂点に達した。ところが、その姿を的確に捉えた次の瞬間、大きな落胆に変わった。これ、キリギリスじゃない? バッタ目ではあるけども。果たしてそれが何だったのかは定かでないが、少なくともキリギリスではなかった。
冷静になって振り返ると、アホらしくて恥ずかしくなる顛末である。驚喜しながら地面にカメラを向ける僕を、なにも言わず見守っていてくれた義父の温かさも身に染みた。結局キリギリスには出会えないまま、キルギスを後にする日がやってきた。帰国して編集長に「バッタはいましたが……」とメールを送ると、「勝ったも同然ですな」との謎の返信が届いた。これを「同然」と言っていいものかしばし逡巡したが、大真面目に悩むのも馬鹿馬鹿しいことにすぐに気がついた。こうなったらとことん開き直ってしまおうと意を決し、乱暴気味に書きつづったのがこの原稿なのであった。見苦しい駄文、どうかご容赦のほど。
結論:キルギスにはキリギリスはいないかもしれないけどバッタっぽいのはいる!
筆者略歴
吉田友和(よしだともかず)
旅行作家。二度の世界一周のほか、これまでに約80ヶ国を訪問。雑誌等への寄稿および記事監修のほか、編集者として旅行ガイドの制作なども手がける。本記事で取り上げたキルギスのような、こだわりの旅先を紹介する新刊『めざせ!プチ秘境』(角川書店)を11月末に刊行予定。ほかにも『自分を探さない旅』(平凡社)など著書多数。
- 著者サイト:tomotrip
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