KDPで電子書籍の稲穂は実ったか(3/3 ページ)
AmazonのKindle ダイレクト・パブリッシングが登場したことで、個人出版が改めて注目されている。早くから電子書籍に並々ならぬ関心を寄せ、いち早く著作を販売して話題となった漫画家の鈴木みそさんに話を聞いた。描き下ろしイラストにも注目。
これから電子出版の世界で生きていくには
―― 作家としては電子書籍の自家出版をどうお考えですか?
みそ もともと、5年後くらいに海外移住するために、まず著作をすべて電子書籍化して、新しい作品をネット販売して、自分で売り上げなどをネット上で管理してというのが大前提にあったんです。デジタルとネットがあれば日本で描く・売る必要なんてないよねって。あと、Kindle Paperwhiteに加えて、ScanSnapのiX500を手に入れて、本をデータ化するのが楽しくて仕方なくって。今は自宅の本をどんどんデータ化して、NASに溜め込んでます。無線LAN経由でアクセスできるようにして、家族でデータを回し読みしてます。最近は娘も新しい本を買うとスキャンしてくれって持ってきますから(笑)。実際には傾き修正などの画像加工を施してPDFにしたものをi文庫で読んでいるんですが、「漫画はデジタルでいいじゃん!」って思いました。
―― 本をデジタル化する、町工場化してますね(笑)
みそ 本を断裁する作業は結構虚しいものですけどね。1日で最高140冊やったことがありますが、古い本を切ってスキャンしてというのは何の生産性も持ってなくて、あくまで自分のための無給の仕事で。うつうつとした気分になってくるんです(笑)。ところがそこにKindleが来て「ここで本が売れるようになったらすごいぞ」と。自分がデジタルでまんがを描いていたというスキルと、本をスキャンして端末で読めるデータ化するっていうスキルが結びついて、「これはやれるかもしれない!」って。
―― 結果『限界集落温泉』はかなりの反響がありましたが、実際に自家出版で作家としてやれそうな感じですか?
みそ 『限界集落温泉』を翻訳出版させてくれといった申し込みなども来ていますね。『銭』は中国で翻訳出版されていますが、それなりに売り上げているんですよ。Kindleストアなら、こうした翻訳出版の試みも簡単にできるようになりますよね。日本の市場だけだと生活できないかもしれませんが、世界へ向ければいけるかもしれない。日本だけだと描き下ろしを電子出版して暮らしてはいけないでしょうが、どこかのエージェントと組んで、翻訳されたものを世界へ配信できるようになれば成り立つかもしれませんね。
―― 『限界集落温泉』はKindleストアでの販売が全巻トータルで2万部を超えました。
みそ 今月、Kindleストアの売り上げだけで200万円を超える収入になったんです。当然これがそのまま続くわけではなくて、徐々にしぼんではいくんでしょうが、それがしぼみ切る前に、これを足掛かりにして、次の本のアーカイブを出して自分の名前を浸透させていく。それで新しい作品も販売できるようになれば、日本の出版社に依存することなく、自分自身で作品が発表できるようになるという、非常に気持ちいいことになるわけです。〆切は自分の中で設定して、編集者に追われることなく、好きな時に作品が発表できる。これはなんて素晴らしいことなんだろうと(笑)
―― 「〆切がない」というのに一抹の不安を感じますが(笑)
みそ 一抹どころか、めちゃくちゃ不安ですよ。「〆切がなくて、描けるのか、オレ!?」って(笑) でも、そういう新しいところに今自分がいて、その流れの中で生き方や生活が変わる転換期ではないかと感じますね。
―― ネットによって通販をはじめ、いろいろなビジネスが個人で扱えるようになりましたからね。
みそ 零細個人出版が乱立する時代、あるいは「大出版社」と「個人」と両極に向かっていくと思いますね。中小の出版社は厳しくなるでしょうが、逆に編集者として作品を見るスキルを利用していってほしいですよね。「私が電子書籍にします」って作家に交渉して。あとはテクニカルな部分ができる人がいれば完璧。
―― 作品を選択するソムリエのような役割の編集者などが多く生まれそうですよね。
みそ 本屋大賞や「このマンガがすごい!」とかに登場している作品をまとめ買いできるようなシステムとかほしいですよね。電子書店ならワンクリックでそれができるのに。出版社の枠を超えた企画とか、電子の時代になるからこそ出版社の横のつながりで面白いことをやってほしいですよね。
以前「電子書籍化したときに本棚が大事」と言っていた出版社の人がいましたが、今、別にiPodに何曲入ってるとか気にする人はいないですよね。並べて悦に入るなんて人はすでにいなくなっているのに、日本の出版社や業者はユーザーの方をみてないなぁと思います。
―― ユーザーというと先ほど話に出たファンディングは、まさに作者とユーザーが向き合う企画です。
みそ ユーザーに認知してもらう方法として、少人数を対象にしているからこそできる特典を付けて、少ない読者から多額のお金を取る方法と、『限界集落温泉』のように第1巻を安価で提供して広く撒く方法と2つありますよね。僕は25年この仕事をやってますからそれなりに知名度はありますが、これから電子出版の世界で生きていくには自分の知名度をどう上げていくのかというプロデュースの方法を考えることは必要だと思います。
面白い作品を描くことはもちろん、自分自身を広告としてプロデュースしていく。Twitterもそうですが、定期的に何かを発信していくということと、作った作品をどう見てもらえるようにするのか、その辺りを真剣にやっていかないといけない。
―― どう人に伝えて、買ってもらうかですね。
みそ 今回の『限界集落温泉』では、Kindleストアでランキング1位になったことの宣伝効果が大きかったですね。自分のブログにアフィリエイトを貼ったりもしましたが、そこから買った人は4000人いた購入者の100人程度でした。
―― 指名買いをする人よりは、ストアの売り場に来て、衝動買いする人がほとんどということですね。
みそ ストアの中でスクロールしない場所に見えていることって大事ですよね。アフィリエイトはそれなりに収入の底上げにはなりますが、コツコツ上げていくしかないかなと。記事タイトルで大きくぶち上げて目を引くというまとめサイトなどでよく見られる流れに電子書籍のコミックも乗っていかないといけないのかなと思います。今回『限界集落温泉』がストアで1位になったように、今しばらくは話題になりやすいでしょうし、話題になれば先行者利益を十分受けられる時期だと思うので、いろいろな方にどんどん参加してもらいたいですよね。
―― 電子書籍での新しい作品の発表、期待しています。今日はどうもありがとうございました。
著者紹介:山本直人
マンガ情報誌『ぱふ』で勤務後、徳間書店『ファミマガ』『PSマガジン』などの編集長を経た後、新潮社でコミックスと電子書籍の編集、制作を手掛け、現在はフリーとしてライティングやデザイン管理や攻略本の制作などを手掛けるメディア大好きの毎日。Twitter IDはsarnin。
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