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「ボカロ小説」はこうして生まれる 中高生を本屋に走らせる魅力、そして楽曲争奪戦へ(3/3 ページ)

シリーズ累計140万部のカゲロウデイズ、同80万部の悪ノ娘――中高生から強い支持を得るボカロ小説。その裏側に迫る。

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爛熟(らんじゅく)する市場と過熱する楽曲争奪戦

 「悪ノ娘」の小説化などを手がけてきた前出の鴨野さんの話に戻ろう。彼は、大手出版社が本格的に参入してきた現在のボカロ小説市場が、すでに中小の編集プロダクションが勝負するには厳しい場になってきていると語る。そんな彼が最近手がけたのは、ボカロPとニコニコ動画で人気の歌い手と一緒に制作した書籍タイプのドラマCDだ。「小説以外のメディアでの新しい展開も試み始めました。ドラマCDは製作コストが高く、なかなか大変な市場ですが……」(鴨野さん)

 鴨野さんが危惧するのは、ボカロ小説市場に粗製濫造(そせいらんぞう)の兆候が見えてきたことだ。

 スタジオ・ハードデラックスでは、ニコニコ動画好きの若いスタッフを交えて作品を選定し、作者(ボカロP)自らに小説を書かせる手法をとってきた。それは決して平坦な道のりではない。ボカロPが基本的に小説執筆未経験であることに加え、企画者側にはマルチメディア展開を見越した柔軟なディレクションが求められる。しかもボカロキャラにはそれぞれ二次創作で育まれた歴史がありそれも踏まえなければならない。時には1つの作品に1年単位で時間をかけ、編集スタッフとボカロPの綿密な打ち合わせを経て小説を丁寧に仕上げてきたという。

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 それが最近では、月に何冊ものボカロ小説が複数の出版社から刊行される。当然、それほどの時間は制作にかけられない。スタジオ・ハードデラックスは、楽曲を制作したボカロPが自ら執筆することを重視してきたが、最近の他社のノベル化では別のライターが執筆する例も増えている。

 「やはり、この状況は不安になりますよね。読者のことが分かっている書き手さんばかりではないですし。そもそも、最近は話題の曲が出るとすぐに小説化の話が動きますが、実際に小説にできる世界観をもった楽曲ってそんなに多くはないんですよ」(鴨野さん)

 一方で、過熱するボカロ小説の市場が、近年のボカロ楽曲の潮流を取りこみ、新たな展開を見せ始めたことも見逃せない。例えば、それはオリジナルキャラを用いた楽曲の小説化である。ニコニコ動画におけるボカロ楽曲のランキングは、実はかなり前から大きく様相を変えており、作者独自の(ボカロのキャラの面影すらない)オリジナルキャラの物語や世界観を展開した作品が増えているのだ。

 先のカゲロウプロジェクトもまた、そうした近年の作品潮流の中で生まれたものだ。この作品のノベル化を手がけたエンターブレインの編集者に手応えを尋ねてみると、「それぞれのキャラに物語がちゃんとある」ことが読者に支持されていることを挙げ、「それが累計140万部の部数につながっているのではないか」と印象を述べた。その上で興味深かったのは、彼がそこにボカロ小説のジャンルとしての自立化を見ていたことである。

 「ソフトウェアとしての本来の用途を飛び越え、ミクやリン・レンなどのキャラクターそれ自体がフィーチャーされているのは、とても面白い現象だと思います。小説やコミックなどに展開され続けているのは、ミクが『みんなにとって分かりやすいキャラクター』であることを考えると、当然だとも言えます。一方でミクなどのキャラクターをある種のスターシステムのように使い続けるのも、そろそろ難しくなってくるのではないでしょうか。そういう意味でも『ボカロ小説』というジャンルがだいぶ確立されてきたように感じます」(エンターブレインの編集者)

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 この数年でボーカロイド周辺の市場は、中高生がメインのゾーンになった。メインストリームにまだ見出されていない若いクリエイターたちが作品をぶつけ、最も感受性の強い年代の受け手が熱狂的な反応を返し、ネット時代にふさわしい新しい文化と感性が育ち続けてきた。そこには、すでにオタクやサブカルのような、既存のカテゴライズには収まらない、新しい表現たちがあふれている。過熱するボカロ小説の市場は、ある意味で市場の原理にしたがって、そうした作品たちの「感性」を取り込み、メインストリームへと解き放ちはじめている。

 その先にあるのは、前出のエンターブレインの編集者が語る、こんな未来かもしれない。

 「これからは、クリエイターが自分で作り出した新たなキャラクターに、ボカロソフトによるサウンドで息吹を与え、映像やイラストでビジュアルを強調し、小説でさらに細かく描写して物語を掘り下げていく。そんなシームレスな展開ができれば、ボカロ小説市場はさらに発展していけるのではないでしょうか」(前出のエンターブレイン編集者)

 小説や音楽がつまらなくなった、売れなくなったとやかましく言われる一方で、新しい文化を取り込みながら、中高生から強い支持を受けてきた、ボカロ小説。それは従来の小説とも、従来の音楽文化とも違う、CGMを含めたマルチメディア展開が当たり前となった時代における、物語や小説の新しいポジショニングを示しているのかもしれない。

稲葉ほたて(@jamais_vu)。ネットライター。サークル「ねとぽよ」主催者の片割れ。サイゾー、PLANETS等に執筆。ネット周りの話をいろいろ書いてます。

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