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「ボカロ小説」はこうして生まれる 中高生を本屋に走らせる魅力、そして楽曲争奪戦へ(2/3 ページ)

シリーズ累計140万部のカゲロウデイズ、同80万部の悪ノ娘――中高生から強い支持を得るボカロ小説。その裏側に迫る。

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ボカロ小説の制作風景

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 そんなボカロ小説の現在の姿に、少し目を転じてみよう。最近話題になった「吉原ラメント」は、昨年大ヒットした重音テトの同名曲のノベライズだ。

 5月発売の小説版を手がけたのは、アルファポリス。00年に創業された出版社で、社員の平均年齢も30歳と若く、数多くのネット小説の書籍化を手がけてきた。今回「楽曲投稿の数日後に聴いて、すぐに小説化を提案した」という担当編集者の熱意で、初めてボカロ小説の市場に参入した。売り上げも、やはり女子中学生などを中心に好調だという。

 ちなみに重音テトという名前を聞いて、初期にボカロを追いかけていた人は「ああ、あのネタキャラね」と思い出したかもしれない。そう、08年のエイプリルフールに2ちゃんねるの住人が“ニコ厨”をだますために制作した架空のボカロキャラなのだ。その後フリーの歌声合成ソフト「UTAU」を使ってボカロキャラのように歌わせることもできるようになった。

 楽曲「吉原ラメント」を企画した、女子大生の小山乃舞世さんは実はテトの“中の人”でもある。中学生だった08年当時、2ちゃんねるのスレでテトの声に手を挙げ、以降ずっとテトのプロデュースをサークル「ツインドリル」と手がけてきた。テトの息の長い人気は彼女らの献身的な活動による面が大きい。小山乃さんは「まさか2ちゃんねるで手を挙げたときは、こんなことになるとは思わなかった」と笑う。

 小山乃さんと「吉原ラメント」を作詞作曲した亜沙さんの出会いはコミックマーケットだ。CDを頒布していた亜沙さんのブースを小山乃さんが訪れ、亜沙さんの曲をその場で聞いて名刺を置いて立ち去ったところから始まった。亜沙さんが挨拶のメールを送ると、小山乃さんはいきなり返信で「CDを聞いて作風が気に入ったので、もしよければ合作を作れないか」と相談してきたという。

 そうして2人の共同作業が始まり、約半年後にリリースされた作品は、直後から「何が起きているんだと思った」と本人たちも驚く勢いで伸び、ついには昨年のボカロ関連を代表するヒット曲になった。

 しかし小説化の話には当初2人とも懐疑的だったという。「楽曲の中で既に世界が完結しているものを、どうして小説化するのか分からなかった。だから、最初に(アルファポリスに)会ったときは断る準備をしていた」(小山乃さん)――そんな彼女の後ろ向きの感情が変わる転機になったのが、アルファポリス側の提案したプロットを見たときだったという。

Web小説の実力派を起用

 吉原ラメントの小説化にあたって、アルファポリスが書き手に抜てきしたのは美雨季さん。自社の手掛けるネット小説などの大賞で何度も受賞しており、「実力が高く、以前から何かを書いてもらいたいねと話していた」(アルファポリス編集部・宮本剛さん)と編集部が評価する、実力派のWeb小説作家だ。

 そんな美雨季さんだが、本人に話を聞いてみると、やはり執筆の依頼を受けるのには「勇気がいった」と言う。他人の作ったキャラを小説に起こすという慣れない作業に加え、中高生がメインの読者となる本で、吉原をどう描くかも悩ましかった。しかも、動画を見てみると、少なからぬファンが吉原遊郭を架空の場所と思っていた。「驚きました。でも、学校では習わないでしょうし、仕方ないかなと」(美雨季さん)

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 美雨季さんは、現代の風俗嬢と花魁の違いを描くのに腐心した。一方、その裏側を書きすぎぬよう、何度も編集者とやり取りを重ねてバランスに配慮した。また「テトと複数の男性との性行為は、やはりファンにとって嫌なものだろう」と考えた美雨季さんは、亜沙さんの作った歌詞に独自の解釈を加え、とある奇抜な設定の導入も試みた。これは(ネタバレになるので具体的には書けないが)結果的にこの物語の核を成す設定となった。

 そうした細心の配慮のもと作られたプロットを読んだ小山乃さんは、「原曲とも違うし、それがむしろ良い」と一気に前向きになったという。

 この原稿を書いている現在、「吉原ラメント」の動画をニコニコ動画で開くと、コメント欄は小説への感想で埋まっている。その多くが「感動した」といった内容だ。そうした感想に美雨季さんは「ずっと悩みながら執筆していましたが、今は書籍という形になってよかった、たくさんの方に手に取っていただけてよかった、と思っている」と喜ぶ。

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読者からの感想の手紙。女子中学生からの感想が多数を占める

 一方、この楽曲の発表以降、テトには和風やシリアス系の楽曲が増えはじめている。そんな状況を小山乃さんはうれしそうに語る。「テトはずっとネタソングばかりだったけど、本当はもっとテトの色んな可能性を追求してほしかった。だから、現在の状況はほんとうにいいなと思う」

 これは、最近出版された、とあるボカロ小説から見えてくる制作風景の一例にすぎない。しかし、ここに出てくる当事者たちの誰もが、従来のコンテンツビジネスとは毛色の違うところから登場してきた人々であることに注目したい。それは、この作品に限ったことではない。ボカロ小説とは、ゼロ年代に勃興した国内インターネットの文化を背景にして生み出されているものだ。

 しかし、それは必ずしも光の側面ばかりではないかもしれない。ニコニコ動画やpixivなどの作品投稿サービスは、“無料”ならではの独自の文化を持ち、それが発展の原動力になってきた。その性急な市場化は、軋(きし)みを生み出さずにはいられるのだろうか。

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