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「ボカロ小説」はこうして生まれる 中高生を本屋に走らせる魅力、そして楽曲争奪戦へ(1/3 ページ)

シリーズ累計140万部のカゲロウデイズ、同80万部の悪ノ娘――中高生から強い支持を得るボカロ小説。その裏側に迫る。

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 「こんなのは見たことがない」――名古屋のとある書店に勤めている知人は、じん(自然の敵)Pの小説「カゲロウデイズ -in a daze-」が発売された昨年5月を振り返り、その人気ぶりをこんな風に表現した。

 「うちくらいの地方書店だと、普通のベストセラーは3、4日かけて売り切れるものなのに、あっという間に中高生がやってきて、当日に売り切れてしまった。しかも、その日のうちに、買えなかった学生から予約が複数入った」

 次々に学校帰りの子どもがやってくるものの、小説担当者もコミック担当者も名前を知らず、ラノベ担当者は当時アニメ化が話題だった「ソードアート・オンライン」の店頭展開を切り盛りしている最中だった。みな一様に、聞きなれないタイトルに首をかしげた。まったくノーマークだったのだ。

 カゲロウプロジェクト(以下、カゲプロ)は2011年からニコニコ動画で連作投稿されてきた楽曲を中心としたマルチメディアプロジェクトだ。作詞・作曲を手がけるのは現在22歳のじん(自然の敵)P。独特の世界観を描いた物語が若いネットユーザーの間で人気を博し、昨年からはメディア展開を本格的に開始した。

 「カゲロウデイズ -in a daze-」は、そんなカゲプロのマルチメディア展開の一環となる小説だ。7月現在、3巻目まで刊行が進んでおり、既に出版部数は累計140万部を突破している。8月末には4巻も発売予定。コミカライズも同時進行し、月刊コミックジーンは発売と同時に店頭売り切れが続出、Amazonもすぐに在庫切れになりマーケットプレイスで高値がついた。昨年には、アニメ化も発表された。

 このカゲプロのように、ニコニコ動画で話題になったボーカロイド楽曲の小説化・漫画化は、近年とみに増えている。「実はボーカロイドの小説が売れること自体は、以前から書店員の間では知られていた。カゲプロのように爆発的に売れた記憶はないが、何度入荷しても必ず一定期間ではけていくので、本屋の棚にはありがたい存在だった」(前出の書店員)

 今年に入ってからだけでも、「千本桜」「終焉ノ栞」「クワガタにチョップしたらタイムスリップした」など、人気楽曲が続々と小説化されている。最近では、ニコニコ動画で楽曲の人気が高まると、「小説化希望」などのコメントが流れる光景も珍しくなくなってきた。ときには小説化を狙っているのではないかと勘ぐるコメントで荒れることすらある。

「悪ノ娘」から始まったボカロ小説

 そもそも、ボカロ楽曲の小説化の起源は、PHP研究所から10年に刊行された「悪ノ娘」にまでさかのぼる。

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悪ノ娘の公式サイト

 「元々は、ニコ動で人気の高い楽曲だった『悪ノ娘』の絵本化を目指していました。ですが絵本の企画が頓挫して、小説に方向転換しました。そこで、作者のmothy_悪ノPさんに楽曲の設定資料を見せていただいたんです。すると、とんでもなく分厚い資料が上がってきて、ほとんどシナリオに近かった。それを見てふと“このまま出版できるのではないか”と思いました」

 ボカロ楽曲の小説化を数多く手がけてきた編集プロダクション、スタジオ・ハードデラックスの編集者・鴨野丈さんは、当時を振り返る。その場で版元にmothy_悪ノPさんによる小説化を提案すると、1カ月半後に上がってきた作品は、小説執筆の未経験者が書いたとは思えない、荒削りだが堂に入った内容だった。

 「最初に、いきなり大当たりの作家を引いてしまった面はあるのだと思います。ただ、そもそも発売前の読者の反響も大きかったです。発表直後からアニメイトなどの専門店で話題になり、発売前に増刷も決定していましたから」(鴨野さん)

 その後、B6版型ソフトカバーで1260円という、中高生には手を出しにくい価格帯の商品でありながら、強い人気に後押しされる形で悪ノ娘はシリーズ化されていく。意外にも、読者層のメインは中高生の女の子だった。「いまとなっては不思議ではないですが、当時は予想もしなかったですよね。まだあの頃は、ボカロはオタクのものというイメージでしたから」(鴨野さん)

 現在、悪ノ娘シリーズは累計で80万部を突破しており、昨年末からは「七つの大罪シリーズ」の刊行も始まった。この作品を皮切りに、PHP研究所からは「桜ノ雨」「ココロ」などの人気ボカロ曲の小説化作品が次々に発表されていくことになる。しかし、ボカロ楽曲の小説化が異例の売り上げを出していることが知られるようになったのは、最近のことだ。

 ボカロ小説は、メディアから無視されたまま、前出の書店員の言うような、書店の密かな人気商品としてじわじわと人気を伸ばし続けてきたものである。そうして、その実態が明るみになり、ついに大手の版元などを含め、様々な出版社が雪崩を打つように乗り出し始めたのが、昨年から今年にかけての状況であると言えるだろう。

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