将棋電王戦FINAL 第4局――「次元の違う強さ」「もはや怪物」 Ponanza VS. 村山慈明七段の見どころは
人類 VS. コンピュータの最終決戦はここまでプロ棋士側の2勝1敗に。第4局に登場するのは対戦相手に「次元が違う」と言わしめる怪物ソフトだが、対するプロ棋士の一手は。
将棋のプロ棋士とコンピュータソフトが5対5の団体戦形式でしのぎを削る「将棋電王戦FINAL」。棋士側の連勝で幕を開けた戦いは、先週の第3局でコンピュータ側がついに1勝を返し、ここまで棋士側の2勝1敗という成績に。
戦いも佳境に入る第4局に登場するのは、コンピュータソフト「Ponanza」(ポナンザ、開発者:山本一成)と、棋士の村山慈明(むらやま・やすあき)七段だ。今回も対局者のプロフィールと見どころをお届けしよう。
次元が違う強さ。目指すは「人類最高の知性」への挑戦
「私、相当負けず嫌いですよ。たぶんちょっと病気だと思います(笑)」
そう語る山本一成(やまもと・いっせい)さんは、現在のコンピュータ将棋界におけるアイコン的存在だ。新聞やテレビ番組、各種イベントなどに登場することも多く、普段は陽の当たることの少ない将棋ソフト開発者の中でも、例外的に世間に名が知られている。
その理由は、Ponanzaが「公の場で現役プロ棋士に初めて勝利したソフト」だから。そして、何よりも圧倒的に、強いから。
「Ponanzaは全然ね、次元が違うんですよ。強さの次元も違う上に、感覚の次元が違い過ぎて着いていけないんですよ」(対戦相手である村山慈明七段)。電王戦には過去に2度出場しており、プロ棋士相手にいずれも勝利。今回のFINALの舞台をもって、唯一の3年連続出場ソフトとなる。
そんな山本さんとPonanzaだが、ここまで順風満帆に進んできたわけではない。東大に入学してから目標を失っていた山本さんが、コンピュータ将棋開発を始めたのは7年前。以来、ひたすらに改良を続け、ここ数年は文字通り寝る間も惜しんで開発を進めてきた。駒をルール通り動かすことすらままならなかったソフトは成長を続け、プロ棋士をも凌駕する実力を備えるに至ったが、それでもまだ手にしていないものがある。
優勝の最有力候補に挙げられながら、これまであと一歩のところで逃してきた世界コンピュータ将棋選手権。最強のライバルである「AWAKE」との頂上決戦に敗れた第2回電王トーナメント。Ponanzaの「敗者としての歴史」が、山本さんを一日10時間以上にも及ぶ開発へと駆り立てた。
そして、ソフト間における“絶対王者”の地位を確立したその先に見据えるのは、山本さん自身が「人類最高の知性」と呼ぶ羽生善治名人との戦いだ。
「私はポナンザが人類最高の知性と戦うところを見てみたい。ポナンザに戦う舞台を用意してあげたい。そのためにもっとポナンザを強くしよう。細かい改良も大事だが、やはりリスクを取った大きな改良を目指そう。そして何より楽しんで作ろう。今日も私はプログラムを書く。」(日本経済新聞「第62期王座戦第5局観戦記」より)
山本さんは「人生で5つ、何か自分にとって誇れることをしたい。それも、できれば人類のためになることを」と言う。コンピュータ将棋開発(人工知能開発)がその1つ目になればいい、と考えている。
「人生の残り時間を考えると、1つにつき10年しか掛けられないんです。でもまだ最初の1個も達成できていない。コンピュータ将棋開発は、あと3年でちょうど10年。時間はあまりない」
諦めないこと、すべての可能性を探し続けることを、コンピュータ将棋ソフトの“無機質な”振る舞いの中に見出す。
コンピュータは諦めない、決して諦めない。あらゆる人間の精神よりも強く諦めない。どれほど悪くてもすべての可能性を調べ上げようとする。相手玉に王手をかけ、自身の負けを自身の探索の水平線へと追いやり、可能性を探し続ける。
2勝1敗の第4局。巡ってきた理想の舞台で
村山慈明七段は1984年生まれ、東京出身の30歳。本名は「やすあき」だが、棋士仲間やファンからは名前を音読みして「じめい」の愛称で呼ばれる。トップ棋士である渡辺明棋王とは同い年で親交が深く、昨年行われた自身の結婚式では2次会の司会を任せたほど(タイトルホルダーが司会を! と一部で話題になった)。渡辺棋王のブログにもたびたび登場しており、二人で絶妙な掛け合いをよく見せている。
一方で、羽生名人とは同じ八王子将棋クラブ出身の先輩後輩関係に当たり、研究会の一員でもあるなど、若手ながら羽生・渡辺の両巨頭から深い信頼を受ける稀有な棋士と言えるかもしれない。
電王戦では第2局に登場した永瀬六段と同じく、攻めよりも受けを重視する棋風で知られ、その緻密な序盤戦術から「序盤は村山に聞け」(※)の言葉も。2007年度、トップ棋士の登竜門である新人王戦で優勝し、現在は順位戦で上から2番目のクラスであるB級1組に所属する実力派だ。
今回の電王戦への出場は立候補によるもので、真っ先に手を挙げた。コンピュータ対策のために莫大な時間を取られ、敗れれば失うものもあるリスクの大きな戦いに、立候補によって出場する棋士は決して多くない。
「(コンピュータ将棋との対決は)自分で言うのも変ですけど、向いているのかなと思いますね」(村山七段)。電王戦への出場が決まる以前から、自宅PCにソフトを入れて自身の将棋の検討などを行っており、コンピュータ将棋への造詣は深い。また、良いと思えば手段を選ばず勝ちにいく旨を宣言するなど、“FINAL”にふさわしい極めて実戦的な感覚を備えた棋士であるとも言える。
「棋士って勉強して研究していくタイプと、ある程度感覚とかセンスとかで勝負するタイプとに分かれると思うんですけど、僕は明らかに事前研究していくタイプ。その代表みたいな感じなので」(村山七段)
このように、自他ともに認める理論家、研究家であり、現実主義者とも評される村山七段だが、本番対局を前にしてその胸のうちは。先週行われた第3局のラストで、次局の展望を聞かれた深浦康市九段が明かしたエピソードが印象的だ。
「プライベートな話だったんですが、村山さんにずばり『何勝何敗で第4局を迎えたいのか』と聞いたことがありまして。彼ははっきり、『2勝1敗で迎えたい』と言い切りました」(深浦九段)
自分が勝てば、団体戦としての勝利を決められる。3勝0敗での消化試合でもなく、1勝2敗から次につなげるのでもなく、2勝1敗ならば。「勝ったら良いこと尽くめですよね。ヒーローになれるんじゃないかと思ってます」
くしくも勝敗はその通り回ってきた。求める結果は一つしかない。
ほとんどのファンも、Ponanzaの方が有利だと見ている人が当然多いと思うんですけど。勝つのが難しいと思われている方が勝つのが勝負の醍醐味ですからね。
第3局の見どころは
戦いの行方を占う上でまず確認しておきたいことは、今回村山七段が後手番だということだ。第2局の見どころ記事でも触れたことだが、一般に将棋では後手番の勝率が悪い。人間のプロ同士の対局であれば、後手番での勝率は平均して47~48%程度となる。
ところが、その後手番をもって初めて電王戦で勝利した永瀬六段が、後日戦いを振り返って恐るべき発言をしている。人間同士では数パーセントに過ぎない先手後手の勝率の差が、対コンピュータ戦では「体感で3割違う」というのだ。いわく、「練習では後手番で勝率1割未満だったが、先手番なら4割は残せたのでは」。人間でも、対局者のレベルが上がれば上がるほど先手有利の傾向が顕著に勝率に表れるようになるが、対コンピュータ戦ではその比にならないほど勝率差が開いてしまう可能性がある。
また、Ponanzaが人間の棋譜からの学習に頼らない独自の定跡生成を行っている点も、村山七段にとっての難しさとなる。昨年の2014年版Ponanzaには互角以上の戦いを見せていたという村山七段だが、バージョンアップした2015年版は「やってくる作戦が(2014年版とは)全然違う。プロの公式戦では出ないような形がさらに多くなっている」とのこと。
他のソフトと同様、Ponanzaにも(棋士の事前研究にはまらないように)指し手のランダム性を高めるための工夫がされており、(1)評価関数に正規分布の乱数を入れる、(2)定跡があったとしても20%の確率で自分で考える、といった、対策する側からしたら厄介なことこの上ない仕様となっている。
これまでに公開されている情報を総合すると、戦型として最も有力なのは横歩取りだろう。昨年の豊島七段-YSS戦のように序盤から一気に乱戦に持ち込み、Ponanzaの「一方的な、暴力的な攻め」を封じつつ、斬り合いに勝負を賭ける。攻め将棋のPonanza VS. 受け将棋の村山七段、というパブリックイメージ通りの展開がじりじりと続くようでは、おそらく人間側が勝機を見出すことは難しい。
プロ棋士側がここで勝負を決めるか、あるいはコンピュータ側が2勝2敗の五分に戻して、最終局にすべてを委ねるか。将棋電王戦FINAL第4局は4月4日、奈良・薬師寺にて対局が行われる。
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