人生を味わう極上の一杯『ラーメン食いてぇ!』の林明輝に聞く:単行本発売記念(1/2 ページ)
講談社のWebコミックサイト「モアイ」に掲載されるや、またたく間に話題となったマンガ『ラーメン食いてぇ!』。ラーメンマンガとひとくくりにできない同作の魅力をお届けする。
一杯のラーメンがこれほどまで壮大なドラマを生み出した作品がこれまでにあっただろうか。
『ラーメン食いてぇ!』は2月26日に講談社のWebコミックサイト「モアイ」に掲載されるやいなや、Twitterを中心に拡散され大きな反響を呼んだ作品だ。
妻を亡くし、絶望の淵に立たされていたラーメン屋の主人・紅烈土と、いじめにより自殺を図った烈土の孫・茉莉絵、そして新疆ウイグル自治区で取材中に事故に遭い、荒野をさまようことになった料理研究家の赤星亘。死を覚悟した3人を一杯のラーメンが救い、生への希望を与える、読後感はまるで上質な一本の映画のようだ。
そんな作品を生み出す林明輝先生にインタビューを実施。「ラーメン食いてぇ!」制作の裏話から、作品に託された思い、さらにはデビュー作のボクシングマンガ『Big Hearts』についても話を聞いた。作品を未読の人は、モアイに掲載されている第1話を読んでから記事を読むとより楽しめるかもしれない。
今回のインタビューは、東京・赤羽にあるラーメン店「ほうきぼし」に場所の協力をいただいた。高校を卒業してすぐに店長として店を切り盛りするようになったという毛利友紀乃さんに、茉莉絵の姿が重なる。
実家のラーメン屋を舞台に描かれた創作マンガ
―― まず、林先生の現在の仕事について教えてください。
林 いまは美術系の通信教育スクールでインストラクターの仕事をしています。『ラーメン食いてぇ!』の単行本化作業と並行してやっているので、インストラクターの方の仕事がたまっちゃって大変忙しい状況です。実は今日寝てないんですよ(笑)。
―― そんなお忙しい時にインタビューを受けてくださりありがとうございます! 林先生のデビュー作というと、2000年の『Big Hearts』になるのでしょうか。
林 そうですね。『モーニング』の「MANGA OPEN」に応募して大賞を取ってデビューしました。青木雄二先生(代表作に『ナニワ金融道』など)がすごい推してくれたんです。でも「Big Hearts」の連載が思った以上に大変で……、連載が終わったあとにコンテ屋を始めたんです。
―― コンテ屋?
林 マンガ家になる前は広告代理店でデザイナーをしていたんです。それで、プレゼンに使うラフを作るときに、スケッチャーさんにスケッチを頼むんですけど、結構な金額を支払っていたんですよね。だったら自分もスケッチャーやろうって思ったんです。でも全然商売にならなくて……って、なんか話それちゃいましたね。
―― そちらの話も「Big Hearts」の保谷栄一っぽくて気になるところです(笑)。マンガを描き始めたきっかけは何だったんですか?
林 もともと絵を描くのが好きだったというのもありますが、うちの店、清蘭の元ネタとなった清華軒という実家のラーメン屋ですけど、『少年マガジン』を定期購読していまして、マガジンを端から端まで読んでいました。自分の情操教育のかなりの割合をマガジンが占めていますね。
―― それで講談社のマンガ賞に投稿したわけですね。実家を継いで欲しいというのはなかったんですか?
林 なかったですね。兄、姉、私の三人兄弟なんですけど、いまは姉の息子、私から見ると甥っ子が店を継いでくれています。作中でも、第1話で烈土が自分の息子二人に店継いでくれという話をするシーンがありますが、「いまはWebっしょ」っていってる次男が私です(笑)。あいつに自分を投影しています。
―― そういえば次男の仕事はデザイナーでしたね。林先生の作品ってある種のリズム感があると思うんです。Twitterでも、「一気読みしてしまった」「手が止まらなかった」といったコメントをよく見かけますが、これは何か意図して描いているのでしょうか。
林 やっぱり連載になるとどうしても話が間延びするんですよ。「ラーメン食いてぇ!」は最初から238ページの作品として描いていて、一般の連載作品のように、20ページぐらいで区切ったりはしてなかったわけです。とにかく理想形として、1つの作品として先に描き上げてしまった。
ひととおりネームの段階で完結させて、じゃあ本番を描こうとなったんですが、雑誌に載せることを考えるとどこかで区切らなくちゃいけない、きりがいいとこで区切るので毎話ページ数が違っちゃってるんです(笑)。それって、普通はやっちゃいけないやり方なんですけどね。
―― 作中で、いまの時代はスープより麺だというような言葉が出てきますが、こうした格言は誰かの言葉だったりするんですか?
林 親父の考えです。親父は麺への強いこだわりを持っていたんですよ。第2話の麺を打つシーンは、親父が打つ様子を動画で撮影したものを参考にしていたりします。
100万PV、600通以上の感想メール、多くの読者に支持され単行本に
―― 作中では「紅い塩」というのが1つ重要なキーになっていますが、実際にお店でも紅い塩を使っているのでしょうか。
林 使ってないです。あくまでも「ラーメン食いてぇ!」で描いたのはマンガであり創作なので、そこは間違えないでほしいと思います。がっかりしないように、お互いのためにも。
―― 先生の作品はこういった描写も特徴的ですよね、一人の人間をコマ送りにするような。
林 定点で描いてるコマですね、それは結構こだわってます。人に言われて気付いたんですが、もぐもぐ食べてる真ん中のコマって普通はあんまり描かれないんですよね。でも、やっぱり麺を語るには咀嚼(そしゃく)しているとこを描かないとなので。
―― 今回はTwitterから広まったのでしょうか。
林 ひとつには、とあるマンガ読みの人のツイートが起爆剤になったようです。第7話が始まるくらいのタイミングで拡散が始まって、友達から「何か話題になってるみたいだよ」と言われて、自分でもURLを貼ってツイートしたんです。そうしたら、つぶやいたその日にリツイートがすごいことになりましたね。フォロワーも一気に増えました。
―― Twitter恐るべしですね。単行本化が決定したのはどのタイミングだったんですか?
林 配信が始まったのが2月26日で、毎日1本ずつ配信していったので、全話の配信が完了したのが3月6日ごろ。単行本化が決定したのは3月9日ですね。
―― そんなに早かったんですね。
林 100万PVを達成したことが大きいですね。モアイには、感想を送るためのフォームが用意されているんですが、かなりの数の感想が来たんですよ。途中段階で教えてもらっただけでも600通あって、しかも長文のものが多かったんです。いやぁ、感動しましたね。
―― 今回電子版の配信が先になりましたけど、これはどんな意図が?
林 ネットの熱は熱しやすく冷めやすいということで、作品を忘れられないようにすぐ電子版を配信しました。紙の本は4月23日に発売しますが、それでも最短のスケジュールなんです。
―― しばらくは全話無料で公開されてましたよね。
林 課金しないと読めないようにするのが一般的だと思いますが、そうじゃなくてとにかく読んでもらうというのが編集部の方針だったみたいですね。ただ、無料で全話公開し続けていたら買ってくれなくなるので、今は第1話だけ公開しています。
いただいた感想メールの中には、作品を手元に置いておきたいという人がたくさんいまして、作者とちゃんとした関係になりたいから、無料じゃなくて金を払わせてくれという言葉もありました。これも嬉しかったです。
―― それすごく分かります。面白い作品や素晴らしい作品に出会ったときって、その思いを作者に還元したくなるんですよね。無料で読める作品が多くなってきたからこそ生まれてきた風潮のようにも思います。
林 紙の単行本についてですが、先に電子版が出ているので、1つ仕掛けを入れているんです。カバー下の本体の表紙に、感想メールから抜粋したものをLINEっぽいレイアウトで印刷しています。
―― おぉ! これ、感想送った人はめちゃくちゃ嬉しいですね!
林 あと帯も、著名な方にコメントをお願いしようという話もありましたが、そうじゃなくて、今回はやっぱり応援してくれた人たちにフィーチャーしようという話になり、こういう形になりました。
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