「手塚治虫文化祭」特別対談 上條淳士×手塚るみ子が語る“漫画”と“吉祥寺”と“手塚治虫”(2/2 ページ)
漫画の神様の娘と神様に影響を受けた漫画家、二人から見た手塚治虫。
作品に見る、手塚治虫の女性観
―― 上條先生は、手塚治虫作品は読んでいましたか?
上條 もちろんです。子供のころから当たり前のように読んでました。
手塚 上條先生の小学校時代に「ブラック・ジャック」が新連載されたと思いますが。
上條 もちろんチャンピオンで読んでいましたが、手塚作品は雑誌で追い掛けるのではなく、書籍で既にそろっているものをチョイスして読んでましたね。
手塚 70年代は既に多くの漫画家の方々の作品が発表されていて、上條さんがファンだと思える作家と、手塚治虫は別なんじゃないかと思ってました。
上條 技術面で直接、影響を受けたのは大友克洋先生や江口寿史先生ですが、手塚先生は特別ですね。漫画家で手塚作品を読んでない人はいないと思うし、漫画家としての血の中に手塚作品が入ってない人はいないんじゃないかな。
―― 今回の「手塚治虫文化祭 キチムシ」と、過去に出展された手塚作品のトリビュートイラストの思い入れについてお聞かせください
上條 2014年の「手塚治虫の美女画展」の時にWeb用に描かせていただいたのが「奇子とメルモ」です。一見、全く違うタイプの作品の様に見えますが、どちらも“心は少女のまま大人のからだになってしまう”話とも言えます。「奇子」はそうならざるを得ない重いテーマの作品ですが、「ふしぎなメルモ」でメルモはむしろ能動的に行動します。メルモの持つ、そうした母性や正義感で奇子の持つキズを癒してほしかった。そういう思いで描いた絵です。
手塚 「奇子」を読まれたのはいつごろでしたか?
上條 中学生くらいです。
手塚 私も中学生くらいのとき、父の本棚で見つけて読んで、とてもショックでした。まさか自分の父がこんな作品を描いてると思えなくて。男の人が受け止める感覚とはまた違いますよね。
上條 ラストシーンのエピソードで、奇子を利用した人間たちがぶざまに死んでいく様が痛快ですね。あれがもし、一方的に虐げられた女性の話だったらそこまでは魅かれませんでした。奇子の魅力はエロティックさだけじゃなく、たくましくて本能的に生きる力が強いところが好きです。
手塚 意図的に復讐してないけど、生き残るのが奇子だけだったんですよね。男たちの死に方が非常にぶざまでしたね。
上條 奇子が復讐をしたとしたら、あの時代に、だったのかもしれませんね。
手塚 「キチムシ」に出展した奇子は、見事に上條さんの絵になってましたね。
上條 「SEX」という作品のヒロイン、カホを描くときに奇子の影響もあったのかもしれませんね。長い黒髪や、カホの左耳のピアスと奇子の左の首筋にあるほくろは、なにか象徴的に見えます。
手塚 上條さんの作品には、女性が憧れる成熟したヒロインと、やんちゃで未成熟なヒロインの両方が登場しますね。手塚治虫の作品にも同じような対立的なヒロインが登場しますが、上條さんの女性観も二つに分かれているんでしょうか?
上條 二つに? あまり意識したことはありませんが、初めて言われたような気がします(笑)。
手塚 純粋な聖女と、成熟した生身の女性、という対になってる感じがします。メルモの造形は「アポロの歌」という作品で女神様として登場しているんですが、手塚治虫の中にも二つに分かれた女性像があったのかもしれません。
「TO-Y」の続編やイラストは描きたくなかった
―― 2015年12月から刊行される「TO-Y」30周年・完全版の刊行についてお話を聞かせてください
上條 「TO-Y」に関しては納得のいくまで描き切っているので、普段、特に振り返ることはありません。これまでに、続編や同じような作品を描いてくれと頼まれましたが全て断っていて、イラストを描いたのも30年で2回くらいで、あまり描きたくなかったんですよ。でも、10周年も20周年もやらなかったし、40周年まで生きてるか分からないから一回だけやっておいてもいいかなと思って、この機会になるべく新しい「TO-Y」をたくさん描こうと思いました。
手塚 新作が新たに収録されているんですか?
上條 新しい表紙と描きおろしイラストを収録していくつもりです。
手塚 16歳のトーイたちを新たに描くんですか?
上條 基本的にはそうですが、トーイは当時16歳で、30年たったら46歳じゃないですか。僕が20代のころ、46歳はもうオッサンだと思ってたんですけど、福山雅治やhyde(L'Arc~en~Ciel)が同じ46歳だと分かったら、なんだ、まだ全然現役じゃんと思って(笑)。いま描く16歳のトーイもあるんだけど、もし興が乗ってきたら46歳のトーイも描いていいかな? と思ってます。もしあるとしたら完全版の最後の巻に収録されると思います。
手塚 いまの上條先生にしか描けない「TO-Y」があるのかもしれませんね。最近は昔の漫画の続編として新作が描かれたりしますがどうしても違うものになる。それはその時代の勢いで描いてたからであって、あらためて描くとしたらそれを引きずらずに描いてほしいですね。
上條 引きずりようがないですね、絵の描き方が昔と違いますから。今は骨格から描いてますけど、昔は骨を意識して描いていません。
でも、ファンの方からすると絵の技術的な問題じゃないとみたいですね。今の上條淳士は昔より絵が全然うまくなってる自信があるんだけど、そういう問題じゃなく、そのときにロマンティックがあるみたいで。だからファンのイメージとの戦いになりそうです(笑)。
今年の6月ごろに高円寺のライブハウスで遠藤ミチロウさんのライブを見てきたんですけど、昔と変わらずすごくかっこよくて。そういうものを見てかっこいいと思える気持ちがあるうちはまだまだ描けると思います。“今”のかっこよさもあると思うんですけど、それにすがったり、追いかけたりしたらブレちゃうんじゃないかと。
手塚 私も、かっこいいものを見て「かっこいい!」と思える自分がうれしいですね。まだまだいけるな、と自信が持てるというか。
上條 「かっこいいものがやっぱり好き」って気持ちがあるうちは、いいかなと。好きでしょうがない気持ちは信じられます。だから僕、「中二病」とか「黒歴史」って言葉が嫌いなんですよ。恥ずかしい自分も自分ですから。
手塚治虫のヒロイン像
―― 手塚先生は漫画家活動30年目の時期に「ブラック・ジャック」や「ブッダ」などの作品を描いていますが……。
上條 そこが驚きますね。30年目からあれだけのものを描くなんて。
手塚 30年目を迎える前に、虫プロダクションを倒産させてしまって一度へこんでるんですよ。私はそのころ小学校低学年で、家を売って一文無しになるかもしれないってことも知らず平和に暮らしてたんですが、少しも不安なことを感じてなかったんです。夏休みに観光バスを一台チャーターして旅行に連れて行ってくれたんですけど、父だけ来なくて「いつ来るの? いつ来るの?」と待っていたらタクシーで編集者と一緒に旅館にやってきて、私たちの隣の部屋で原稿を描き終わってようやく合流した、ということがありました。
上條 その思い出話を朝の連ドラ化してほしいです(笑)。
手塚 今度、兵庫県宝塚市の手塚治虫記念館で手塚作品のヒロイン展というのを開催する予定なんですが、年代ごとにヒロイン像がどう変化していったかを追っていく企画なんです。両性具有だった性を持たないヒロイン像から男性と同じように自立していくたくましい女性像に変化していって、少女漫画を始めると少年漫画みたいに冒険してどんどん自分の世界を拡げていく少女が出てきます。で、少女漫画を描かなくなって少年漫画に戻ってくると、今度は男を支えるヒロイン像に変化するんです。その次に青年誌を描くようになると、謎めいたミステリアスな女性を描くようになっていくという。
「ブラック・ジャック」でピノコという娘のような性を感じさせないキャラクターが登場したのは、それはやっぱり手塚治虫に娘が生まれたからなんですね。そういうことが漫画に出ていて面白いな、と。
その企画展にもトリビュートコーナーを考えているので上條さんに参加していただけたらと思いますし、今回のキチムシも、2回、3回と続けていくときレギュラー参加していただけたらと思います。
上条 光栄です。「キチムシ」も続いていったらすごく面白いし、ぜひ描かせていただきたいですね。
実は、今回のキチムシでも「ファウスト」のイラストを途中まで描いて止めちゃったんです。奇子とメルモと、ボッコとルリ子といった女性キャラを描いたんですが、その中に「ファウスト」を入れちゃうと収まりが悪くなるので。「ファウスト」はトリビュートイラストの企画をもらったときに最初に描いたんですけど、手塚先生が3回も描いてきたテーマで、しかも描き終わらずに亡くなってますし、メフィストが女性になってるし、もう少し深く掘り下げて描きたいなと考えていたんです。こんな機会を与えてもらえたのがうれしいです。漫画家ならみんな手塚キャラを描きたいと思いますよ。
手塚 今回の参加者は17人でしたけど、もっと増やせないかなと思ってます。まだ1回目ですし、まだまだ様子見をしながらではありますが、次回があるならぜひ人数を増やして企画したいですね。
上條 「キチムシ」と「美女画展」のときもそうでしたが、るみ子さんから依頼されたというのが非常に大きかったんですよ。「るみ子さんと一緒ならやりたいな」と思いました。
―― 本日は貴重なお話を聞かせてくださってありがとうございました。
上條 ありがとうございました。
手塚 ありがとうございました。
対談後も二人の会話はやむことなく続いた。さまざまな共通項を持った二人が吉祥寺で“漫画” “手塚治虫”をモチーフにしたイベントを開催することに不思議な縁を見た思いがした。
さまざまな作家がそれぞれの思いで展示するイベント「手塚治虫文化祭」をぜひ会場で体感して欲しい。
手塚治虫文化祭 ~キチムシ‘15~
開催日時:2015年12月17日(木)~23日(水・祝) 12時~18時(最終日は17時まで)
開催会場:吉祥寺リベストギャラリー創 武蔵野市吉祥寺東町1-1-19
出展者:青木俊直・いしかわじゅん・一本木蛮・江口寿史・上條淳士・キタイシンイチロウ(DEVILROBOTS)・きはらようすけ・桐木憲一・島本和彦・Storm Machine Graphics・寺田克也・TOUMA・西野直樹・古屋兎丸・百世・山田雨月・横田守
出展品:それぞれ出展者が思い入れのある手塚作品をモチーフに、オリジナルに創作したトリビュート作品やコラボレーション商品。イラストやその複製原画をはじめ、ポストカード、Tシャツ、フィギュア、コミック冊子、その他雑貨など。どれも会期中のみ販売の限定品(一部受注販売)。
主催:アシッドキューティプランニング 手塚るみ子
協力:手塚プロダクション/CHATTERBOX inc/株式会社タックデザイン
「手塚治虫文化祭~キチムシ'15」フォトギャラリー
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