インタビュー

巨匠・モンキー・パンチ、“漫画の神様”手塚治虫を語る 「手塚先生がいなければ漫画家になってなかった」「手塚治虫文化祭」特別対談(2/2 ページ)

「手塚治虫文化祭 ~キチムシ‘16~」の開催を記念し、手塚るみ子さんとの対談が実現した。

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日本の漫画を広めるため、手塚先生を誘ってアメリカへ殴りこみ

るみ子: (モンキー・パンチさんが持参したアルバムを眺めながら)アルバムまでご用意いただきありがとうございます。そういえば、飛行機の中で手塚が原稿を描いていて、(永井)豪先生がお隣で墨汁の瓶をずっと持っていたって逸話がありますけど、これ、その時の写真でしょうか(笑)。

パンチ: そうですそうです、そのときのですね。豪ちゃんの隣に手塚先生が座ってね、座席に付いてるテーブルで原稿を描こうとしたら乗務員が飛び出してきて、飛び立つまで出さないでくれって言われて(笑)。

るみ子: そんな時間もったいなくてしょうがなかったんでしょうね、きっと(笑)。

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懐かしそうにアルバムをめくるモンキー・パンチさん

パンチ: 日本の漫画がまだいまほど世界に受け入れられていないときに、日本の漫画で殴りこみをかけようって、サンディエゴのコミコンに手塚先生を誘ったことがあるんです。「行こう行こう」と言ってくださって、何人か漫画家を募集して行きましたね。

るみ子: 先生が手塚をお誘いいただいていたんですね。

パンチ: とにかく日本の絵に慣れさせようってことで、1日目は観客の前で原画を描いて、オークションをやりましたよ。手塚先生の絵がダントツの高値で売れちゃって、僕は刀を持った五ェ門を描いたんだけど、これもまたいい値段になったんですね(笑)。

るみ子: それはそうでしょう(笑)。海外の方は漫画をアートとして扱うところがありますけど、そういうオークションというのも珍しい時代ですし、手塚もいい経験ができたと思います。

パンチ: 日本の漫画ブームというのが海外で起こったのはそこからですね。国際的に注目され始めて、漫画というものが日本の文化のひとつとして知られるようになっていった。これは僕が言ってるんじゃなくて、ショットさん(※)が著書の中で言っていたことだけども。

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(※)フレデリック・L・ショット:ノンフィクション作家であり、「火の鳥」「鉄腕アトム」など手塚作品の英訳も行った漫画翻訳家。著書に「ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論」(1998年)など。

「手塚先生には、よく車で映画の試写会に連れて行ってもらっていました」(モンキー・パンチさん)

るみ子: 乗り込んで行ったかいはあったわけですね。お話は変わりますけど、先生、虫プロダクションの入社試験を受けられたことがおありだとか。

パンチ: アニメーションに興味があったんです。昔、貸本専門の出版社に勤めていたんですけど、いま手塚先生のところでアニメーターの募集をしてるよって聞いて、ある程度描けないとだめなんだろうねって話をしていたんだけど、入れば全部教えてくれるみたいって言われて、じゃあ僕も入ってみようかなって。面接まで行きましたけど、ただちょっと給料が安かったんだよね。入ってたら、また違う道に行ってたかもしれないですね。

るみ子: むしろ入られなくてよかったですよ。「モンキー・パンチ」という存在がなくなっていたかもしれないですから。先生が漫画家としてデビューする前ですから、20代のころですか?

パンチ: デビューのだいぶ前ですね。面接の前に試験もあったんですけど、上と下に葉っぱが描いてある1枚の紙を渡されて、落ちるまでの動きを描きなさいという内容でした。僕はどうやって描いたらいいか分からなくて、用紙の端っこをちぎって実際に落としてみて、それを描いて受かりました(笑)。

るみ子: 実際にやってみたんですね(笑)。面接に手塚は出てこなかったんですか?

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パンチ: いらっしゃらなかったですね。試験のときに手塚先生がドアをちょっと開けて、チラッと顔が見えただけでしたけど、それだけで感動でした。

キチムシ参加へ寄せて、「リボンの騎士」サファイアを描いたわけ

るみ子: キチムシにご参加いただくことになって、先生になにを描きたいですかとお聞きしたら、「リボンの騎士」とお答えになられて。それが意外だったものですから、なぜ選ばれたのか気になっているんです。

パンチ: そんなに深い考えはなかったんですけど、以前から、もし僕がベルばら(ベルサイユのばら)とリボンの騎士を描いたらどんな風になるかなと興味があったものだから。手塚先生は宝塚(歌劇)の影響をかなり受けていらっしゃるわけですけど、僕は見たことがなくて、宝塚を知りたいっていうのもありました。それで今回お話をいただいたときに、リボンの騎士をもうちょっと大人っぽく描いたら、どんな感じになるかなと思って、成長したサファイアを描いたんです。


モンキー・パンチさんが描いた大人のサファイア

紙に描いたものをスキャンして、デジタルで清書したとのこと

るみ子: 先生は、峰不二子だったりかっこいい女性が得意でいらっしゃるから。

パンチ: そうですね、勇ましい女性っていうのは絵になるので割と好きなんです。映画だと「007」のボンドガールみたいな。だから、リボンの騎士にもっと勇ましさを加えたらどうなるかというのを絵にしてみたかった。

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るみ子: やっぱり手塚と全然タッチが違うリボンの騎士が出てきましたし、先生らしいスタイルになっているなと思いました。手塚は少女漫画として描いていますから、大人向きの路線となると全然イメージがなかったので、すごく新鮮でした。スラスラ描けましたか?

パンチ: 割と自分なりに解釈していましたから難しいところはなかったですね。手塚先生とは違う解釈になっちゃったっていうところもあるんですけど、それはそれで許してもらおうと(笑)。

るみ子: いやー、それはもう全然(笑)。動かしてみたくなりますねえ。アニメにしたらかっこいいだろうなあって思っちゃいますけど。

パンチ: 宝塚がルパンをやりましたでしょう。なるほどこういう表現の仕方があったのかと衝撃でしたね。宝塚を見て新しさを感じました。

るみ子: 最近の宝塚はああいった漫画をテーマにした舞台をやるようになりましたね。

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パンチ: ルパンでも自然に宝塚の世界になっちゃうっていうか、あのすごさは宝塚ならではですね。

るみ子: いまから逆に宝塚の影響を受けて、女性を主人公にした作品を描くなんていうのは?

パンチ: いいですねえ。手塚先生は子どものころに宝塚に住んでいらして、劇を見られていたというのはうらやましいとあらためて思いますね。いい環境だったんだなあって。


2015年に宝塚と東京で公演が行われた(「ルパン三世 ―王妃の首飾りを追え!―」公式サイトより)

パンチ: うらやましいといえば、トキワ荘もそうです。ああいうものがあったのを知らなかったんですよ。知ってたら僕も入居して、手塚先生の絵を見ながら学んでいたと思うんだけど、それができなかったというのがものすごく残念でしょうがないです。僕の場合、師匠はいないし、アシスタントもやったことがないですし、漫画家さんをたずねていって自分の原稿を見てもらったこともなかったですから。石森(章太郎)さんたちと一緒にやってたらまた違う道に行ってたかもしれないですね。

るみ子: でも、一匹狼でやってこられたからいまの先生があるっていうのもありますからね。

パンチ: 本当に一匹狼でしたね。だから、手塚先生のアシスタントをやってたという石森さんの声を聞くとさ、うらやましいなあって、はっはっはっ(笑)。僕は北海道から出てきたけども、同郷の寺沢(武一)くんも一時アシスタントをしてたってね。そのときの話を寺沢くんに聞いたら、「ブラック・ジャック」かなにかの漫画で手術する場面だったらしいんだけど、克明に描いて先生のところに持って行ったら、なんだこれ気持ち悪いって言われたって言ってて、わっはっはっはっ(笑)。

るみ子: そっか、寺沢さんが描くとリアリティーのある絵になっちゃいますからね(笑)。


笑い声の絶えない和やかな対談となった

パンチ: 手塚先生とは、アニメの世界を立体にしてテーマパークにしようっていう話もしていたんです。ルパンの世界とかアトムの世界、アラレちゃんの世界を作ろうと。豪ちゃんと一緒に、手塚先生に交渉お願いしますって頼んだんだけど、結局、出版社も協力してくれなくて話はなくなっちゃいました。そういうことも、いま思うと本当に懐かしいですね。

るみ子: いろいろな思い出があって、それを先生がとてもよく記憶していらっしゃって、お話を伺って本当にいろいろなことが思い浮かびました。今日は本当にありがとうございました。

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