日本のマンガやアニメに多大な影響を与えてきた人物といえば、手塚治虫さんや宮崎駿監督、大友克洋さんといった名前を思い浮かべる人は少なくないだろう。彼らは偉大なクリエイターであることとは別に、ある共通点を持っている。それは少なからず「バンド・デシネ」に影響を受けているということだ。
バンド・デシネ(以下、BD)とは、フランスやベルギーといったフランス語圏のマンガを表す言葉で、バンドは「帯」、デシネは「描かれた」という意味を持つ。スイスの教育学者だったロドルフ・テプフェールさんの作品がその始まりとされており、実に180年以上の歴史を持つ。特に、「アンカル」シリーズや「ブルーベリー」シリーズなどで知られるメビウスさんの日本での影響は大きく、手塚さんもその特徴的な線を「メビウス線」と呼び、漫画を描くのに用いていたという。
そんなBDの作家と日本の漫画家の対談が、10月12日に東京の某所で開催された。熱心なBDファンが詰め寄せる中、ベルギーからはフランス語版だけでも1000万部超の大ヒットを飛ばしている「ラルゴ・ウィンチ」シリーズ(原作:ジャン・ヴァン・アム|作画:フィリップ・フランク)のフィリップ・フランクさんが、日本からは「MASTERキートン」「20世紀少年」などの作者で大のBD好きとして知られる浦沢直樹さんが登壇。マンガの描き方からBDと日本のマンガの違い、さらにはデビュー当時の原稿料に至るまで、興味深い話が飛び出した。
最初から漫画家を目指していたわけではなかった
幼いころ、共働きだった両親から「鉄腕アトム」と「ジャングル大帝」を与えられたという浦沢さん。5歳で手塚作品のキャラクターを描くようになり、7歳になるころにはコマ割りをしてノート1冊をマンガで埋めるように。そして中学生になると、兄から薦められて「火の鳥」を読み「こんな素晴らしい仕事をする人がこの世にいるんだ」と心を打たれた。
しかし、それで漫画家を志したかというとそうではなく、学生時代は陸上部やバンドに励み、大学も美術系とは縁のない経済学部に進学。デビューのきっかけは就職活動で訪れた出版社だった。当時、描き溜めていた原稿を持って訪問しており、たまたま編集者に見せたところ新人賞への応募が決まり、そのまま受賞。「1年間ぐらいやって芽が出なかったらやめよう」と思ってはじめたが、気付くと33年たっていたと自嘲気味に語る。
一方のフィリップさんも、もともと生物学に興味を抱いていたが、いつの間にかBD作家としての道を歩むことに。作家になること自体は、両親が絵を描いていたこともあって反対されなかったが、母親からは「職業にするならその第1人者になりなさい。そうじゃないとひどいことになるよ」と忠告されたという。浦沢さんもその言葉に「僕も子どものころから、漫画家になってもロクなことがないことは分かっていた」と同調した。
いまでこそ、一流の漫画家となったフィリップさんだが、デビュー当時は原稿がボツになることも少なくなかった。しかし、出版社に自身の絵を拒否されることで、(がっかりはするものの)もっといいものを作ろうというエネルギーが生まれてくるのだという。「デザインというのは空気のなかにある酸素のようなものであると言っています。それが息苦しくなったらやめたほうがいい」というフィリップさんの言葉に、会場内ではうなずく人も少なくなかった。
BDと日本のマンガの違い
浦沢さんは、「真夏の裏通りから見える窓の中で2人の男が話している」というシーンを例にあげ、BDと日本のマンガの違いを「コマ割り。端的にいえば、そこのリズムの違い」と説明した。そこから物語の結末まで、どれだけのシーンを描くのか、そこに違いがあるという。
フィリップさんによると、日本のマンガの方が1ページに割かれるコマの数が平均して少ないという。それは、BDが価格を抑えるためなどの経済的な理由から、47ページというフォーマットに落とし込んでいるからであり、それに合わせると1ページに17、18コマほどコマ割りすることもあるという。ページが少ない分、自ずと描かれるシーンも限定されてくる(もちろんこのフォーマットに則らない作品も多数ある)。
また、執筆ペースにも大きな違いがあり、フィリップさんが月産10ページなのに対し、浦沢さんは、「MASTERキートン」連載時に、「YAWARA!」や「Happy!」の連載も重なり、130ページを超えていたと回答。もちろん、これは日本の漫画家の平均を大きく上回る数字であり、BDにはカラーの作品が多いなど作業内容は大きく異なるが、文字通り桁違いのページ数に会場がざわつく結果となった。
そんな浦沢さんだが、カラーページが苦手だったという意外なエピソードも披露した。子どものころからマンガはモノクロで描いており、色付けには関心がなかったそうで、デビュー後にカラーページを依頼され途方に暮れたこともあったという。いまでこそ浦沢カラーとも言うべき独特の色付けで知られるが、その域に至るまでには、BDの存在が大きかったという。特に、ベルギーの代表的なBDである「タンタンの冒険」に使われる中間色や、メビウス作品の独特な色使いなど、BDの作家から色の統一感を学んだと打ち明けた。
話はデビュー当時の原稿料にまで
トークショー後の質問コーナーでは、マンガ制作から一歩踏み込んだ、お金に関する生々しい話も飛び出した。例えば、最近日本でよく話題となるマンガの実写化について。自身も「20世紀少年」で実写映画化を経験している浦沢さんは、「あれはてっとり早いんです」と話す。パイロット版の制作費に比べ、マンガはペンと白い紙だけだから土台が安いと説明した上で、「映画監督は何十億とかけてお客さんを喜ばせるものを作らなくちゃいけない。僕はあんな仕事はまっぴらごめんですね」とぶっちゃけ、会場の笑いを誘った。
さらに、原稿料はいくらかという直球な質問も。フィリップさんによると、税抜き価格のパーセンテージ分がもらえるそうで、その割合は作家の地位や名声によって変わってくるという。若いころは8〜10%ほどで、満足するほどの収入はなかったという。ページごとに支払われる出来高制もあったそうだが、いまではあまりそういうことはないとのこと。ちなみに浦沢さんは、1枚5000円からスタートしたと明かした。
最後に、日本ではBDがあまり普及していない現状について聞かれると、浦沢さんは「いつしか、僕が好きだったBDの作風ではなく日本でも見かける作風のものが増えた」と回答。BDらしさを大事にしてほしい、「メビウスの時代よもう一度」と訴えた。
電子版で読める
電子書店「eBookJapan」では、ジャン・ヴァン・アムさん原作、フィリップ・フランクさん作画、原正人さん翻訳による「ラルゴ・ウィンチ」の日本語版を配信中。「跡継ぎ」「Wグループ」の2作品を各500円(税別)で販売している。
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