2020年東京五輪により消えゆく「霞ヶ丘アパート」 そして建設中の湾岸地区を写真集に:司書メイドの同人誌レビューノート
静と動の対比。
前回はロボットプロレスの本を紹介したのですが、今回もスポーツとご縁のある、でも打って変わって写真集同人誌を2冊レビューいたします。
今回紹介する同人誌
「霞ヶ丘アパート」 A5 32ページ 表紙・本文カラー
「東京湾岸地区の五輪再開発地区写真集」 A5 24ページ 表紙・本文カラー
著者:世羅拓人
人の気配が感じられる古い団地写真集。でも実は……
「霞ヶ丘アパート」の表紙には白い壁の団地が立ち並んでいます。赤い色のべランダがアクセントになって、なかなかモダンな色使い。でもよく見ると壁もくすんで、赤い色も褪(あ)せているみたい。
ページを開くと、さらにたくさんの団地構内の様子が掲載されています。模様のように這(は)い登るつたのシルエットは、大きな海藻の押し花のよう。巨大化した植物はアロエでしょうか。写真に閉じ込められた、そんな1つ1つの光景が、この団地の歴史の長さを物語っています。
よく育った木々にお花が咲いているのが、団地の窓からもよく見えそう。けれど、ふと気づきました。団地なのに住人の姿がない……。そう、これは取り壊しを目前にした霞ヶ丘アパートの姿なのです。
団地があるのは東京都新宿区霞ヶ丘町。すぐ近くには国立競技場があったのです。国立競技場はいま建て替え中……ということからお分かりになった方もいらっしゃるかもしれません。写真に収められたのは、2020年の東京オリンピックに向けての開発により消えゆく姿なんです。
いずれ取り壊されるということは知らなかった場所なのに、本を見ていると、なぜか郷愁を帯びた気持ちになります。ゴミ置き場に出されたアイロン台、給水塔の手前に咲く椿の鮮やかなピンク色、そんなところに住人の気配を濃厚に漂わせ、けれども明るい日差しの中を出歩く影はひとつもない……。よく晴れているのに傾いた日差しは、団地に長い影を落としています。それは日の短さを連想させて、まだまだ遊びたいのに「さよなら」と友達と別れて家路につくような、そんな名残惜しさを感じます。そしてそれは終盤のページ、重機によって取り崩された風景につながっていくのではないでしょうか。
取り壊しの写真は、薄日のくもりと、そして夜。団地跡に、ぽっかりと空が広がります。今はもう、この写真の光景はありません。
重機+野原。え、ここに競技場が建つの?
それに対して、重機が「どん!」と、真ん中に据えられた写真が多いのは「東京湾岸地区の五輪再開発地区写真集」。砂場や砂利に囲まれてせっせと働く重機など、「真新しさ」を感じる画面で、工事に取り組むスタート前の準備体操のような1冊です。ゆりかもめでぐるっと巡れそうな、湾岸地帯は国際展示場もあって、個人的には割と行き慣れたところです。そんな東京の湾岸地帯を中心に、これからオリンピック関連の建物を建設するよ! という瞬間が切り取られています。
整地した土の脇で、工事が始まっているのも気にかけないとでも言いそうなほど、青々と葉を伸ばす雑草。写真はまだまだどんなものが建つのか全く未知数な、最初の一歩とも言えそうな状態のものばかりです。勢いのある雑草に囲まれて、重機が汗をかきかき奮闘しているようにさえ見えますもの。
毎ページ、横に簡単な地図と、工事予定の内容が添えられて「あっ、ここですか!」と、分かりやすいです。しかし競技場、選手村、道路や公園と、工事の目的は様々です。こーんなにたくさんの建物をいまから作るの!? とあらためてびっくりします。
気付かないうちに変わって行く街、2020年に向かって
2020年の東京オリンピックの話題を聞かない日はないくらい、いろいろなところでニュースが流れています。しかし、団地が消え、新しい道や競技場の建設に向かって着々と一歩が進んでいることを、どことなくまだ遠いことだと思っていました。でも、こうしている間にも街は変わって行くんですね。
本を眺めていると、人々がたくさん住んでいた場所は更地に返り、そこから人が集う施設が生まれるのは、なんだか秋の落ち葉の後に、新芽が芽吹くような輪廻みたいだと思いました。A5サイズは写真集としてはコンパクトな作りかもしれませんが、そのシンプルで軽やかな装丁ゆえに、同じ版型で並べて読んで「いま、街は動いている」というのを多方向から身近に感じることができました。
そしてあともう幾度か夏が来たら……大きな大会は、すぐそこまで来ているんですね。
今週のシャッツキステ
著者紹介
司書メイド ミソノ:秋葉原カルチャーカフェ「シャッツキステ」でメイドとしてお給仕する傍ら、とある大きな図書館で司書としても働く“司書メイド”。その一方で、こよなく同人誌を愛し、シャッツキステでも「はじめての同人誌づくり」「こだわりの特殊装丁」の展示イベントを開く。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えた辺りで数えるのをやめました」と語る
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