連載

東大ラノベ作家の悲劇――ティッシュ配りの面接に行ったら全身入れ墨の人がきて、「前科ついても大丈夫だから」→結果:<後編>(1/2 ページ)

配っていたのはティッシュか、それとも。

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1 なぜかズボンをぬがされました

 目を閉じてみてください。
 そして、どうか想像してみてください。

 いま、あなたの前に女の子がいます。

 初恋の少女に、とてもよく似ています。
 こうばしい記憶が、蘇ってきます。

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 放課後の学校。
 夕暮れの教室。
 机の木の匂い。

 白い肌の、瞳の綺麗な少女でした。

 何かを言いたそうに、こちらを見ていました。
 ようやく訪れたチャンスでした。

 しかし、あなたは、千載一遇のチャンスを棒にふり、
 曖昧な笑顔を浮かべて、逃げました。
 それから十年の月日が経ち、
 高校生という身分を失い、
 学ランを脱ぎ、

 そして今度はぱんつを脱いでいます。

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 目の前には、女の子の顔があります。
 初恋の少女に、とてもよく似た顔があります。
 太ももには、ポタポタとあたたかい涙が落ちています。

 女の子は泣いていました。

 あなたの性器はもろだしでした。
 青春を遠くに感じました。

 狭苦しい室内では、入れ墨だらけの男たちが、
 あなたをとりかこんでいます。

 必死でティッシュを配っていたのに、
 どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。

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2 ティッシャー・イン・ザ・トイレット

 サクラ、という単語をご存じでしょうか。
 もちろん、春に咲く、お花のことではありません。

 といって、決まった定義があるわけでもありません。

 場を盛りあげるための、にせものの存在、
 という言い回しが、適当でしょうか。

 たとえば、まだ知名度がそれほどないバンドのライブで、
 場を盛り上げるために歓声をあげる「仕込み」が、
 それにあたります。

 最近では、出会い系サイトのサクラが有名ですね。
 サイトの運営者(の男)が、女の子を装って、
 利用者の男性に「脈あり」な反応をみせつつ、
 いたずらに利用回数を消費させて、
 課金させる。

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 そんな、人を騙して場を盛り上げるための、
 にせものの存在――。

 それが、サクラです。
「人生で、絶対にやりたくない」
 と、正義感の強いあなたが、考える仕事です。
 どれだけゴミ呼ばわりされようとも、
 絶対に魂だけは売りたくない、
 そんな風に考えるあなたが、
 単語を聞いただけで、顔をゆがめるような仕事です。

 しかし、予期せずそれをやらざるを得ない事態に
 巻き込まれてしまったら、どうするでしょうか。
 しかも、それが、十年ものあいだ彼女がおらず、
「私は女に飢えている」と書きまくった武者小路実篤のような危機的状況で、
 さらに相手が、初恋の少女にそっくりの異性だったとしたら――、
 あなたは断れますか?

3 やれやれ、僕は射精した

 ところで、ティッシュ配りにサクラがあるとしたら、
 どんなものを想定するでしょう?

 そのことを説明するためには、
 まず、ティッシュ配りバイトの、
 真相についてお話ししなければなりません。

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「オネガイシマス」
「オネガイシマス」
「オネガイシマス」

 その日もあなたは、実直な宮沢賢治のように、
 小汚い格好でティッシュ配りに精をだしておりました。

 雨にも負けず、風にも負けない、
 そんな存在に、自分はなりたい。

 本気でそう思っていました。
 自分の弱さが許せなかった。

 お世話になった編集者の、
 顔面にグラスの中身をぶちまけ、
 金属バットをもって出版社にのりこ……
 めずに、ずるずるとバットの先端をひきずりながら、
 出版社前の通りをぐるぐると行ったり来たりしていた黒歴史が、
 思い出されました。

 その妄想とも現実ともつかぬ情景を振り払うように、
 あなたはティッシュを配りました。
 真夏の光が照りつけました。

 新宿のアルタ前を、綺麗な顔をした女性が通り過ぎ、
 笑顔でティッシュを渡そうとすると、
 唾を吐かれました。

 しかし、それも振り返ってみれば、
 致し方のない話でした。

 ダイニングバーのスタッフ募集、という文言は、
 嘘でした。

 ティッシュは、じつは風俗店の違法勧誘だったのです。

4 ぶち殺してやる、と東大ラノベ作家は言った

 かわいらしい服を着た女の子たちが、
 ゴキブリをみて、指をさしながら逃げていきます。

 自分はゴキブリだと思いました。

 これまであなたは、無心でティッシュを配り続けました。
 これまであなたは、ティッシュを配ることが良いことだと思っていました。

 僧侶が念仏を唱え、功徳をつむように、
 お願いしますお願いしますお願いしますと唱えながら、
 黒いティッシュを配り続けておりました。

 しかし黒いティッシュは、文字通り「ブラック」なティッシュ、
 正真正銘ブラックバイトの配布物だったのです。

 許可を取っているといっていたのは嘘っぱちで、
 無許可で渋谷や新宿や池袋で、ダイニングバーを偽り、
 別の会社のティッシャーたちに配布させ、
 女の子が高時給につられて行ってみると風俗店。

 何も知らない彼女たちは、
 そこでぐるりと男たちにかこまれ、
 断りづらい雰囲気にさせられ、
 時給5000円の単語につられ、
 ケータイ代の支払いが滞っているなどの理由から、
 即金欲しさに、つい、その「仕事」に手をだしてしまう――。

 風俗勤務への、第一歩です。
 ティッシュは、その巧妙なトラップです。

 つまり、あなたが必死でしていたことは、
 功徳をつむ善行どころか、
 悪徳をつむ元凶、
 不幸を配り歩いていたようなものでした。

「……と、いうことなんだ」
 一連の内情を教えてくれた古株の歯欠けくんが、
 渋谷のパチンコ屋の軒下の日陰で、
 休憩しながら言いました。

 女の子にしか配ってはいけない理由が、
 分かりました。
 若ければ若いほどいい理由が、
 分かりました。
 綺麗であればあるほどいい理由が、
 分かりました。

 あなたは、天を見上げました。
 あいかわらずのカンカン照りです。

 働いてから一週間。
 一日も雨は降りませんでした。
 しかし土砂降りの雨に打たれたあとのように、
 いつもあなたは汗でずぶ濡れでした。

 額から、滝のように汗が吹きだしてきます。

 隣で、スラムダンクの三井くんにそっくりな
 イケメンが、ゲロを吐いていました。

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