連載

アニメ化された『ナナマルサンバツ』は『ヒカルの碁』とどこが違うのか? 業界初の「競技クイズアニメ」に見る、“普及までの距離感”(1/3 ページ)

伊沢「お前もクイズ王にしてやろうか……!」

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 こんにちは、QuizKnock編集長・東大生クイズ王(自称)の伊沢です。久々の「クイズ王イザワの『分からないこともあります』」のコーナーです。助詞が多い!

 皆さんはもう見ましたか? 深夜26時から日本テレビ系列で放送されているアニメ「ナナマルサンバツを、です。7月に放映が開始され、地方局やインターネット放送を巻き込みつつネットワーク拡大中のこのアニメ、地上波初の競技クイズをテーマにしているということで、突然派手に倒置法を使ってしまうくらいには僕自身興奮して毎週見ております。興奮しすぎて以後敬体から常体になります。

 アニメ化のお話自体は随分前から聞き及んでおり、「ほー、すごいことになってきたな」とは思っていたのだが、いざ始まってみると「こんなにも競技クイズという言葉が乱発されるのか!」「声優さんたち、豪華すぎじゃね?」などとはしゃいでしまい、QuizKnockのYouTubeチャンネルでアニメの解説放送を毎回一時間ぐらいノンストップでまくし立てている現状である。

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筆者と東大クイズ研メンバー。アニメ放送後の深夜に解説LIVEしてます

 興奮して喋っているオタクに神様は優しかった。『Newtype』誌で声優の堀江瞬さんと佐藤拓也さんにインタビューさせてもらったり、公式DVDの解説文を書かせてもらったりとありがたいお仕事をいっぱいいただき、オタクは報われたのだ。クイズ研究部のことを「は? 食い物研究会?」と担任にバカにされた13歳の俺よ、お兄ちゃんはついにここまで来たぞ。

 そう、競技クイズは最近ようやっと日の目を見てきた分野であり、このようなことを一般メディアで書かせていただけること自体が数年前では考えられないことなのだ。数多の先人がひいてくれたレールの上に立たせてもらっている。もちろん、2010年よりヤングエース誌で連載され、アニメ化までたどり着いた『ナナマルサンバツ』が果たした役割は大きいだろう。

 一見地味な文化系競技に若いプレイヤーが入ってくる門戸として、マンガ化・アニメ化というのは果たす役割が大きいというのはどの分野にもいえることである。将棋なら『3月のライオン』『ハチワンダイバー』など、囲碁ではやはり『ヒカルの碁』、競技かるたなら『ちはやふる』などなど。

 もちろん、藤井聡太四段のようなリアルヒーローが登場するに越したことはないが、将棋という歴史あるジャンルであることはその前提条件となる。今のクイズ界に14歳で大人をなぎ倒しまくるエースが現れたとしても、その凄さを示すような競技背景がまだ不足しているし、競技クイズの特性上14歳は圧倒的に不利なのでそのようなイノベーションは考えづらい。

 そのような点からも、この『ナナマルサンバツ』アニメ化という動きは、クイズの世界にもたらされた過去最大級の外的な追い風なのである。

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 ただ、そう安直にコトは運ばないかもしれない。大きく文化系競技とくくってしまったが、クイズは他に挙げた競技とは非常に異なった特性を持ち、かといってお世辞にも運動部には分類できない、ちゅうぶらりんな立ち位置にある。深夜26時にやっているアニメ単体からクイズという競技そのものが爆発的に盛り上がるということは、過度には期待できないだろう。恒常的にテンションの上がってしまった頭でも、これくらいは冷静になれる。

 ということで今回は、競技クイズ、ひいてはクイズ文化の普及というものについて『ナナマルサンバツ』がどれだけの影響力を持つのかを真面目に考察してみようと思う。

 結論からいえば、複雑な現状を整理していくと『ナナマルサンバツ』の可能性は全く未知かつポジティブなものなのではないか、という結論に至った。しかし同時にそれは、クイズ文化そのものが持つ限界性をいま一度明るみに出すことでもあった。それをより分かりやすくするために、最初は恐ろしいことに『ヒカルの碁』と『ナナマルサンバツ』の比較をしてみようと思う。いや恐れるな、いざゆかん。

『ヒカルの碁』と『ナナマルサンバツ』

 比較検討の前に、あらためて『ヒカルの碁』について説明しておこう。言わずと知れた囲碁漫画の金字塔であり、囲碁という難しく子ども受けしなそうなテーマを天下の少年ジャンプで連載。1999年から2003年まで全189話が掲載され、2001年からはアニメが75話も放送された。原作ほったゆみ先生の緻密なストーリーと、漫画を描く小畑健先生の美麗なタッチが人気を呼び、囲碁ブームが到来。かくいう私もドハマリして日本棋院主催のイベントに参加し、よく分からないままに石を持った1人である。一見シンプルなルールながら、ゲームとして奥が深くとても漫画では描ききれない囲碁という領域において、しかも少年ジャンプ誌上で人気を集め、実際の囲碁人気を巻き起こしたそのパワーは計り知れない。

 対するは、我らが『ナナマルサンバツ』である。ヤングエース誌において2010年から現在まで連載されている杉基イクラ先生の作品であり、同誌においても高い人気を誇っている。先生のクイズの現場への取材力はハンパないものであり、クイズプレイヤー的には「うわーこれ、めちゃあるあるだなぁ」というシーンが1話につき3つくらいある。爽やかな画風でガチンコクイズバトルの魅力を切り取っており、「ナナサンからクイズを始めた」という知人を僕は複数人知っている。青春ストーリー的な要素と、忠実なクイズの描写との融合具合がちょうど良く、競技クイズの知名度アップに果たした役割が大きいことは論を待たないだろう。

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 もちろん掲載雑誌も、時流も、対象年齢も異なる2作品。漫画作品としての比較をするつもりは、素人の僕にはない。今回はあくまで、両者を例として見る「文化系競技」「その伝播(でんぱ)」の違いについてである。

「伝える」囲碁とクイズ

 単にマンガ化だアニメ化だといっても、そのようなメディア展開が現実世界に与える影響というのは複合的な要因に左右されるものである。僕の大好きな『デカスロン』は、あんなにも素晴らしい漫画だけれど十種競技をメジャー化させるパワーはなかった。良い作品がデカイ影響を作れる、とは限らないのだ。

 今回は、そのような複合的な要因の中から、とくに競技自体の持つ性質、取り巻く環境に注目して議論していく。

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