他界した猫が生き返って歌い踊る “天国帰りの猫”の音楽家「むぎ(猫)」は、異色なのに優しい(2/2 ページ)
着ぐるみのような猫のアーティストがフジロックに出演し、大評判に。謎の魅力を取材してきた。
むぎ(猫)はどうやって生き返ったのか
―― 猫へのインタビューは人生初です、よろしくお願いします。
よろしくお願いします!
―― フジロックに出演した初の猫となりましたが、どうでした?
むぎは自然大好きなんで、あれほど開放的な場所で歌を披露できたのがうれしかったです! 音楽をやっている者なら、猫にだってあこがれの場所でしたし。いろんな思いがあのステージに詰み込めました。
お客さんも「この猫何を歌うんだろう」「何を伝えようとしているんだろう」と真剣に聞いてくれて、曲が終わるとわーっと拍手してくれて。ちゃんとむぎの言っていることが伝わったんだなって、幸せな気持ちになりました。
―― SNSでの反響、すごかったですね。
見てました! むぎ、エゴサーチ大好きなんです。
―― 猫なのに。生き返る代償として天国に肉球を置いてきた、というエピソードが紹介PVにあったんですが、肉球無いと不便じゃないですか?
むしろバチがつかみやすくて、音楽するのに便利です! お箸なり、電気が通じるものでクリックするなりで、なんとかSNSも使いこなしています。
―― けっこう、ライブ中にぜえぜえ言ってますよね。
い、言いますね……。
―― あと、暑そうです。
暑いですね……。ほら……やっぱり、むぎは全力投球だから! 飼い主のゆうさくちゃんも生命を削りながらむぎを復活させてくれたから、ぼくも新しくもらった生命を全力で伝えたいし、ステージで輝きたいんですよ!
―― そりゃ息も切れるわけですね。あらためて、むぎちゃんが天国に戻ってくるまでを教えてください。
飼い主のゆうさくちゃんは音大に行くため東京に出てきたんですが、ホームシックになってしまったんです。そこで里親募集中の張り紙を見て、むぎを引き取ってくれました。その後埼玉へ引っ越して、ゆうさくちゃんの実家の沖縄に移り住んで、計12年も一緒にいたんですが、一回天国へ行っちゃって。
それから5年くらい天国暮らしをしていたんですが、その間ゆうさくちゃんは毎日むぎがいなくて寂しかったみたいで。そこでオオカミ犬の音楽家、ジョン(犬)さんの沖縄ライブを見に行ったんです。
―― 犬の音楽家……!?
犬の着ぐるみで足踏みオルガンを弾く方なんですが、ジョン(犬)さんとお話したとき、むぎを復活させるヒントをもらって。ゆうさくちゃんも「むぎを復活させられる!」と新しい体を作ったところ、ぼくも再びこの世に舞い戻ることになりました。
―― そこからすぐに音楽を?
いえ、最初は沖縄の繁華街を散歩しているだけでした。特にしゃべりったりもせず、写真撮ろうって声をかけてくれる人には応える。お絵かきボードで文字を書いたり消したりして会話はしてました。
―― 読み書きは、できたんだ。
Twitterも立ち上げると、天国から復活した猫と、復活させた飼い主、2人の関係性含めてむぎを好きになってくれる人がどんどん増えてきて。ある日、猫のイベントに出演を頼まれたので、人前に出るならちゃんと出し物もしなきゃと、音楽ライブをすることにしたんです。
―― えらい。
話せる練習もして、ゆうさくちゃんも鍵盤打楽器を専攻していたから木琴を教えてもらって。肉球の無い手でできる楽器が、本当にたまたま打楽器しかなかったんですよね。ピアノを弾こうとしても、指が太いから3つくらい一緒に押しちゃうし。ギターは毛が邪魔で弦がうまく押さえられないし。
―― 猫って大変だ……。
作詞作曲も含め音楽をいっぱい教えてもらって、まず「天国帰り」って曲を作りました。それから人間のみなさんに楽しんでもらおうと曲も増やして、沖縄を中心にライブ活動しています。年間30本くらい、月に1本はやっているかな?
県外からのオファーも増えていて、毎年東京には来ていますし、昨年は長野・松本のフェス「りんご音楽祭」にも出られました。アルバム「天国かもしれない」もリリースしたので、もっとむぎのことを知ってほしいです!
―― 楽曲のジャンルが猫と思えないほど幅広いですよね。影響を受けたアーティストっています?
曲ごとにあったりはしますけど、そのときいいなと思った音楽を一度吸収して、いいとこ取りして表に出しますね。むぎも音楽大好きだから、人間のミュージシャンさんと変わらず同じようなことをやっています(猫の手でろくろ回すポーズ)。
―― 下北沢のライブでもビョークのダンスを踊っていましたね。
昨日フジロックで見たビョークさんがかわいすぎて! 声も素晴らしいし、音楽も素晴らしいし。映像でも動物や昆虫の世界がえんえんと流れる。もう全て、トータルにひかれました。ビョークさんは、もう、ほんっっとうに素晴らしい。
―― 本当に感性がいい猫ちゃんだ。あとは、やっぱり歌詞がすごく心に響きます。
歌詞は曲が始まってから終わるまで、言葉の一つ一つを投げかけた瞬間に、もうわかってほしい、共感してほしいんです。わかりづらいより、わかりやすいほうが居心地がいい。そんな世界をむぎはつくりたいので、曲だけでなく言葉も、できるだけシンプルで親しみやすいものにしています。
―― なんで居心地がいい世界を作りたくなるんでしょう。
むぎは、ゆうさくちゃんに愛情をもって作られた存在だから。その愛情があふれ出ているような場所を作りたいんです。今はみんなに笑顔になってもらえているなってことを実感しているので、みんなが好きになれるような曲をもっと作っていきたいなと思います。
飼い主が「むぎが生き返った」と実感する瞬間
―― あれ? むぎちゃんはどこへ?
ライブ続きでぐったりなので、休ませてきました。
―― お疲れのところ失礼しました。むぎちゃん人気急上昇中ですが、生き返ってから、ゆうさくさんは飼い主として何か変わりました?
動物にしても人にしても、その生命の名前を声に出すことって、すごく大事だなって思いましたね。
―― 名前を声に出す?
むぎが死んでしまってからの5年間、夜にむぎのことを思い出しては泣いていたんですよ。むぎという名前も、ぼくがニックネームで「こめ」と呼ばれていたので、穀物つながりで「むぎ」と名付けて。そんな相棒みたいな存在とまるまる12年一緒にいたのに、いなくなってしまったので。いわゆるペットロスでした。
だけど死んだことよりも寂しかったのが、むぎの名前が呼ばれることが実家の中で無くなっていったことでした。誰もむぎの話をしないので、むぎが死んだ実感がますます強くなったんです。
―― なるほど。
でも、むぎが復活してからは、みんなが名前を呼んでくれるようになったんです。音楽活動でむぎを知ってくれる人が増えるほど、むぎちゃん、むぎちゃんって、声が自然と飛び交う。そのときぼくは「むぎ、生き返ったなぁ」って、ますます実感するんですよ。
実家でも「むぎちゃん。今日はどうしているの?」「むぎちゃん、何か面白いライブないの?」って、絶えていたむぎの話題がよみがえって。むぎはもう現世に形として生きているね、って家族みんなで話していますね。
―― ただ新しい体があるだけじゃないんですね。
面白かったのが、むぎを復活させたのを知った時、あるミュージシャン仲間が「同じだ!」って反応して。彼はおばあちゃんが大好きだったのですが、亡くなった後もおばあちゃんの名前を読んでほしいから、新しく開くカフェ&バーに「山内ツル子」って名前付けちゃったんです。
―― カフェに、「山内ツル子」(笑)
その後も、お客さんから「今日、ツル子空いてる?」とか聞かれちゃうから、そいつも「おばあちゃんが復活したみたいでうれしい、むぎも同じだ」って言ってくれて。動物の生命って、人の生命って、名前が呼ばれた瞬間に生命がまたよみがえる。逆に名前が呼ばれなくなったら存在しなくなっちゃうのかなという。
だから今は、むぎが生き返っている実感が湧いてしょうがない。むぎの名前を読んでくれる人が、いっぱいいる。それだけでぼくは今、幸せでいっぱいなんですよね。
―― そんな幸せな気持ちを、むぎが歌ってくれているんですね。
だからむぎを見た後にお客さんから、「早くうちに帰って猫をなでてあげたい」とか「うちの子をもっとかわいがってあげたくなった」とか言ってもらえるのが、もうほんっっとうにうれしいんです。
猫だけじゃなく犬とか自分の子どもとか、大切な存在に対して「優しくしなきゃ」って気持ちになる。そういう愛情の連鎖が、ぼくからむぎ、むぎからみんなへと続いている。そうやってみんなが優しい気持ちになってくれているのが、うれしくてしょうがないんです。
―― 感動を呼んだ理由がますますわかった気がします。今日は遅くまでありがとうございました、早く帰ってむぎちゃんの面倒を見てあげてください。
はい、好きな肉まんでも食べさせてあげます。
(黒木貴啓)
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