連載

西尾・舞城・奈須を超えろ――重版童貞が名物編集者に言われた最高のアドバイス「ガンダムを1日で見ろ」東大ラノベ作家の悲劇――鏡征爾(1/2 ページ)

そんな無茶な……。

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1 それがお前と西尾との違いだよ

 僕は細いロープの上を歩いている。
 命綱はない。崖の下には底の見えないほど深い闇が広がっている。

「落ちて死ね」

 声が囁く。幻聴ではない。
 それは確かに耳にした誰かの言葉だ。

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 これまで二度、死んでしまえと言われたことがある。
 嫉妬や失望によるもの、ではない。
 愛情によるものだった、と思いたい。話が抽象的に過ぎるようだ。
 僕は固有名詞を出したくないのだろう。何かを失うことを恐れているのだ。
 だが、いい加減腹をくくる時期にきたようだ。それは恩人と呼べる――少なくとも僕自身はそう感じている――二人からの言葉だった。
 一人は紀里谷和明。そしてもう一人は太田克史だ。

2 作家志望者から作家死亡者へ

 紀里谷和明からの言葉は、純粋に、激励だった。先に掲載した対談小説を読めば、それをわかってくれるだろう。
 太田克史からの言葉は、叩き殺してやろうという殺意を感じた。しかし、それが彼なりの愛情表現だということは、これから告発する言葉をみれば、わかるだろう。こう言った。

「君は死になさい」

 そこにはせっかく大賞をやったのに、という憤りもあったのかもしれない。

 作家志望者から、作家になった僕は、作家死亡者になろうとしていた。
 アルコール中毒者の末路が悲惨なように、何かに中毒的に人生を捧げた者の末路は、悲惨に映る。少なくとも傍目には。
 祖母の死に目にも会えない。祖父の死に目に会えない。あわせる顔がないからだ。
 ずっと会えなかった親族が亡くなったとき、踏切近くのゴミ溜めで、小説を書きながら泣くしかなかった。
 しかし何もしていなかったわけではないのだ。自分なりに必死だった。

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 純文学とキャラクター小説のハイブリッド。
 良く言えば文芸の先端、悪く言えば中途半端。
 そんな作風で、受賞したにもかかわらず、部署の方針の変化と後ろ盾となる太田がいなくなったことによって――いや、やめよう。
 自分の力不足が原因だ。

 親父の会社が倒産し、東京藝大に落ちて入った東大を退学しかけ、謎の理由で賞が消滅し、レーベルが崩壊し、部長が次々に変わり、そして僕はボツ原稿を量産し続けた。
 交友関係を清算し、アドレス帳から出版関係以外の人間の名前をすべて消した。もともと極端な性格である。
 当時、頭角を現していた古市憲寿からの連絡も――彼はテレビでの発言はアレだが、意外にも心優しい青年である――すべて無視した。友達はゼロになった。パーティーの誘いも断った。好きだった異性からの誘いも断った。

 退路を断って、執筆に励んだのである。
 そして僕は、賭けに負けた。

 この物語を、全作家志望者に捧げる。

3 「ガンダムを見ろ」――悩んでいる僕に、太田は言った

 ところで、太田克史って誰だろう? 
 そんな風に思っている読者の方も、多いのではないだろうか。

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 西尾維新。舞城王太郎。佐藤友哉。奈須きのこ。竜騎士07……。

 彼らを商業デビューさせ、文芸の世界で成功させた、名物編集者である。

 さらには、「まどか☆マギカ」の虚淵玄。「ダンガンロンパ」の小高和剛など、他ジャンルで活躍している人間を積極的に起用した、出版社の副社長でもある。

 太田は講談社で31歳の時に、当時史上最年少の部長として、文芸誌『ファウスト』を創刊させた。
 批評家である、東浩紀さんとの共同企画は当時時代の先端を行っていた、と思う。

 象徴的な逸話もある。文芸評論家の福田和也氏が、大規模なパーティで、「太田くんは文芸の流れを変えたよ」とスピーチしたそうだ。

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『化物語』が大ヒットし、1年に50冊を刊行する速筆で知られる西尾維新の『刀語』『クビキリサイクル』。
「Fate/Grand order」で社会現象となる大ヒットを放っている奈須きのこの『空の境界』『DDD』
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」で庵野秀明とコラボレーションした映像が記憶に新しい、舞城王太郎『煙か土か食い物』
「ダンガンロンパ」で一世を風靡した小高和剛「ダンガンロンパ ゼロ」
『フリッカー式』でデビューし、三島由紀夫賞・史上最年少受賞者の佐藤友哉……。

 彼らを一躍有名にした、立役者といっても過言ではない。
 奈須や小高、竜騎士07はすでにゲームの世界で有名だったが、西尾維新さん、舞城王太郎さんのデビュー時のエピソードが典型的だ。

『クビキリサイクル』のどんでん返しについて聞いたところ、「もう自分でもよくわかんなくなっちゃったくらいだよ」というレベルまで改稿の指示を出したそうだ。文芸の棚に2000年代初頭にキャラクターの装幀を施す、という着眼も、成功した。
 講談社ノベルスで担当した舞城王太郎さんのデビュー作は、文壇で最も権威ある批評家の一人である福田和也氏に、便箋に夥しい数の文字を書き殴り推薦文を頼みこむという異例の暴挙に出、了承を得た。

 ……太田副社長の肩書を書くのに、少々うんざりしてきた。

 色々批判の多い人物だが、最近はノンストップで虚空の誰かと話していて、大丈夫かと思うが、しかし優秀な人物に違いはない。

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 要するに、業界で太田の名前を知らない人間はいないわけだ。
 だから、そんな編集者に受賞連絡を受けたとき、若すぎた僕は、戸惑ってしまった。色々と気合いが空回りしてしまった。

 重版童貞。
 そんな不名誉な称号もいただいた。
「かがみんにあげる」
先輩作家の、佐藤友哉さんから引き継いだものだ。
(かがみんは当時の僕のあだ名)

 1万2000部。

 破格の部数を処女作で刷っていただいたものの、思っていた以上の結果――何かを変革するほどの数字――を起こすようなは出せなかった。
 彼は深夜に迷惑電話をかけてきて、開口一番こう言った。
「ハハハ。太田です。この穀潰しが」
「おっしゃる意味が……」
「じゃあ言おう! あなたはレーベルの看板である西尾さんと奈須さんと竜騎士さんのおかげで本を出せている!」
「おお……」
「売れないあいだは、あなたに人権はない。文句を言う権利すらない。だから早く彼らを超えてください。早く同じような看板作家になってください」
「僕はどうすればいいと思われますか?」
 すると名物編集者は、一瞬の沈黙の後、こう言った。

 

「ガンダムだッ!」
 は?
「ガンダムを見るんだかがみんんんんんん!」

 

「……!?」

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