4 ガンダムとZガンダムを1日で見ろ
ガンダムファーストとZガンダムの全94話を見ろと言う。
「ガンダム初期を1日でみるんだああああああああああッ! みればわかるッ! おまえにかけているもんがわかるッ! それじゃよろしくプチッ」
そう言って一方的に通話を切った。
太田克史という人間は、1日が何時間なのかわかっていないらしい。
初期ガンダムと逆襲のシャア(※その後追加された)を24時間で見ろって物理的に無理だろ。
馬鹿?
しかし、背に腹は代えられない。
僕はすぐにTSUTAYA……が高すぎるので、当時住んでいた目白のゲオに行って、大量のガンダムを借りた。それからセブンイレブンで、大量のプリングルズを買い込んだ。1.5リットルのコカ・コーラも常備した。
そして――ガンダムを見た。
富野由悠季先生の魂の結晶を見た。
まず全50話のガンダムファーストをぶっ続けて見た。
そしてZガンダムで、シャアがシャワーを浴びているところで……
力尽きた。
アニメの耐久レースをしたことのある方なら
ご理解いただけるのではないだろうか?
映像は、10時間を超えたあたりからキツくなる。
具体的には、眩暈が止まらなくなる。めまぐるしく変わる映像に、三半規管が狂ってくるのか、だんだん吐き気がしてくる。
映像の情報量に脳が耐えられなくなるのだ。
「うーん」
あまりの頭痛にベッドに横になっていると、ケータイが鳴った。
太田・ガンダム・克史だった。
「ガンダム……!」
はい?
「ガンダムは、ガンダムはどうだった……!?」
よかったですよ。
「全部見た?」
「Zガンダムの途中まで……」
冷たい沈黙が流れた。
突如、絶叫が聞こえた。
「はあああああなんで1日でみねえええええええええええええええええんだおオオオオッ! このゴミがあああああああああああああ! もういい! もういいいいい! それが西尾とお前の違いだああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。お前がブレイクできない理由はそれなんだよおおおおおおおおおおおおおおお、プチッ」
僕は通話を切った。
「うーん」
翌日、高熱をだしてうなされた。
インフルエンザかと思ったが違った。
知恵熱……いや、ジフテリア太田熱だった。
5 西尾維新はガンダムとZガンダムを1日で全話見た
西尾維新という作家については、誰もが知っている。
大好きな作家だ。文体面でも影響を受けた。僕の文学的守護神は川端康成と三島由紀夫とサリンジャーである。現代の作家で言うと、奈須きのこさんとの類似も、しばしば指摘される。
しかし、小説を書き始めの頃の僕は、西尾維新に多大な影響を受けた。
西尾さんは、現在、最も売り上げの多い作家の一人であることは間違いない。
アニメの大ヒットだけでなく、『掟上今日子の備忘録』が新垣結衣さん主演で土曜のゴールデンタイムで実写ドラマ化され、ライト層だけでなく、一般層にも広く受け容れられる作品を――量産している。
ひらたくいうと超がつくほどの売れっ子作家だ。
1日に原稿用紙換算で200枚以上執筆できるという逸話も残っている。連載を数本かかえ、さらには『少年ジャンプ』で週刊連載の漫画原作(ネームすら切るらしい)をこなす。
その化け物じみた活躍に、氏のメフィスト賞受賞作、『クビキリサイクル』の推薦文を書いた清涼院流水氏は、「太田さん、われわれはフランケンシュタインをつくってしまったんだよ」と、担当編集のガンダム田さんに告げたという。
そんな西尾維新を育てた太田ダブルゼータ克史さんは、
何故か最近西尾さんと仕事をしていない。
これは業界タブーなのかどうなのかわからないけれど、きっと喧嘩したんだと思う。太田さんというとつねに喧嘩なイメージがある。
僕は尋ねた。
「喧嘩って……いい大人なんだから……。なんでどちらかが折れるということをしないんですか?」
すると両者と親交の深い、ある先輩作家が教えてくれた。
「うーん……幼稚園児と小学生に何を言っても無駄でしょ?」
ちなみに幼稚園児が副社長だという。
断っておくが、作家にとって、小学生という言葉は褒め言葉である。
『バクマン。』の新妻エイジのイメージそのものだという別の先輩作家もいる。天才となんとかは紙一重というではないか。しかし編集者が幼稚園児というのは、果たしていいのだろうか。
とはいえ、作家志望の方、クリエイティブ志望の方、仕事で悩んでいる方につたえたいのは、精神年齢の話(先輩調べ)ではないのである。
当代一の人気作家は、ガンダム初期二部作を、1日で見た。
もちろん、それは物理的に不可能なので(1話20分としても30時間はかかる)、1日と少しという区分が正しいのだろうが――30時間ぶっ続けてみたらしい。
その驚異的な集中力と、即座に、編集に言われたままに素直に実行する行動力。
それが売れる作家と売れない作家の違いである、と、あの日、編集長に言われたのだ。
僕は3日かかって、ようやくガンダムを視聴した。だがそれでは遅いのだ。
生き残りたいなら、3倍速で生きる必要がある。
それは飯野賢治であり、紀里谷和明であり、太田克史といった存在と、一瞬だけでも関わることの出来た自分が、皮膚感覚で学んだことでもある。
ところで、僕に死亡宣告を告げた副社長だが、つい最近連絡が来た。
「かがみん。おまえが死にそうになったら――俺はどこにだって駆けつけるよ」
忘れる力も、最前線で生きる人間の重要な資質らしい。
作者プロフィール
鏡征爾:小説家。東京大学大学院博士課程在籍。
『白の断章』講談社BOX新人賞で初の大賞を受賞。
『少女ドグマ』第2回カクヨム小説コンテスト読者投票1位(ジャンル別)。他『ロデオボーイの憂鬱』(『群像』)など。
― 花無心招蝶蝶無心尋花 花開時蝶来蝶来時花開 ―
最新作―― https://kakuyomu.jp/users/kagamisa/works
Twitter:@kagamisa_yousei
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