2000万部超えのラノベ王子、子猫になった重版童貞に語る王者のアドバイス「俺には彼女がいない」:東大ラノベ作家の悲劇――鏡征爾(2/3 ページ)
彼の名は、講談社ラノベ文庫編集部の副編集長・庄司智。
4 風呂・飯・寝るをちゃんと書け
するとラノベ王子は、真剣に自身の編集哲学を語り始めた。
「俺が作家志望者の方にいつも言っているのは、風呂・飯・寝るをちゃんと書け、っていうことですね。日常をきちんと書けと。寝食をともにするではないけれど、キャラクターと一緒にその「現場」を体験することができれば、多くの読者の方にとっても、より身近にキャラクターを感じるでしょう」
「なるほど。昨今はSNSにひっかかりそうなタイトルや、設定ばかりを意識して、その日常の部分がないがしろにされがちですね。人間の部分が欠落しているように思えます。そういえば、榎宮祐さんの『ノーゲーム・ノーライフ』や『クロックワーク・プラネット』も、ツカサさんの『銃皇無尽のファフニール』も、王道の物語展開だと思います。話を変えます。庄司さんには「こういう作品が欲しい」とか、「こんな」作品が読みたい」とか、そういったものはないのですか?」
通常、ライトノベルの編集さんは、企画段階から、かなり作品に介入する、というイメージがあった。
文芸の世界では、正直真逆なのだけれど(むしろ作者の作家性をリスペクトしてくださる)ライトノベル系の作家志望者の方も、そう思われているのではないかと思う。
匿名掲示板に出回っている情報って、かなりデマ多いよ。
「いや、確かにそういう方もいらっしゃいますけど」
そう前置きした上で、ラノベ王子は続けた。
「作家さんが好きだと信じ抜いたものを読みたいんです」
「それは自分の好みとは別だと?」
「はい。誤解を生むかも知れませんが、何でもいいんですよ。俺は」
5 「俺は虚無なんですよ。ヴォイド」「黙れ」
「何でもいい?」
「ええ。俺はこういう作品を求めている、とか、そういうのが一切ないんです。こんな作品が読みたい、という欲望もない。ただ作家さんが魂を削って書いてくれたものを、全身全霊をもってかえす。
作家さんには好きなものを好きなだけ書いていただきたい。好きだと信じるものであれば、それに全力で付き合いますよ。マジで。そして、俺にはよくわからないものでも、その作家さんが本当に面白いと信じているものであれば、全力でそれを出版したい」
太田克史さんと同じことをおっしゃられていた。彼のDNAは、こういった所に、脈々と受け継がれているのだ。
「ご担当なさる方の作風に、一定の傾向というものはないのですか?」
「一切ないです」
「思春期の自意識、とかいうのもないですか?」
「ないですね」
「こういう作品がいいな、というのもない?」
「俺は虚無なんです。ヴォイド」
そう言って庄司さんは両手を広げた。
「ダークマターのようにあらゆるものを取り込み、あらゆるものを吐き出す。俺はそんな編集装置なんです。ある種の有機体、機械的な“器官”だと言っても過言ではない」
また逸材を見つけてしまった……。
6 応募作は全部読みたい
その異様なまでの「広い心」(※ダークマター)が、ヒット作を連発する秘訣なのだろうか。
だがラノベ王子は、必ずしもそうではないと言う。
そこにあるのは、やはり、過剰なまでの熱意である。
「俺は読むのも遅いし、特別な人間でも何でもない。でも、命を削って書いてくださったものは、命を削って返します。だから休みは一日もありません。俺は彼女がいない」
「一体、どれくらいの本数を読まれるんですか?」
最後の発言はスルーして、話を続ける。
「全部読みたいんです」
「全部? それは物理的に不可能ではないですか?」
「ええ。もちろん、時に数千作にも及ぶ原稿を、すべて一人で読むことはできません。時間的な制約もあるし、限界もある。でも、可能な限り、最後まで読みたい」
「下読みに任せてるんじゃないんですか?」
「もちろん、そういった制度を利用することはありますよ。でも、何が引っかかるかわからないじゃないですか。人の好みなんて千差万別ですし。だから可能な限り、応募作は全部読みたい。俺は俺のパッションに訴えかけてくる熱いソウルを手繰り寄せたい。投稿された作品のなかで、ちょっとでもパッションを感じたものがあれば、他の編集者の評価に関係なく、また受賞にもまったく関係なく、即座に連絡をとります」
編集さんからの連絡は、「担当付き」になることを意味する。
そのきっかけを知りたい方は、ノドから手が出るほど、多いのではないだろうか。
「そういった編集さんの存在は、すべての作家志望者の方にとって、希望になると思います。大切なのはソウルですか?」
「ソウルとオーラとパッションですね」
「ちょっとでもそれを感じれば、ラノベ王子が飛んでくる?」
「ええ。俺はぶっ飛びます。フライハイです」
「具体的に、どんな事例があったのですか?」
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