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2000万部超えのラノベ王子、子猫になった重版童貞に語る王者のアドバイス「俺には彼女がいない」東大ラノベ作家の悲劇――鏡征爾(3/3 ページ)

彼の名は、講談社ラノベ文庫編集部の副編集長・庄司智。

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7 他で売れないと思った奴を俺が売ったら最高にクール!

「例えばむかし最終選考にすらひっかからなかった作者さんがいました。二次選考こそ通過したものの、三次選考で落選。しかし俺は、彼に強烈な『何か』を感じたんです」
「その『何か』とは具体的に何だったのでしょう?」
「目次です」
 え?
目次にGLAYと黒夢の曲のタイトルが並んでいたんですよ」
 う、うーん……。
「……それはどんなものだったのですか?」
『第三章/千ノナイフガ胸ヲ刺ス』『第四章/BAD SPEED PLAY』という感じで……」
 ちょっとカッコイイと思ってしまった……。
「でしょう? でも、おそらく一般の方には意味の分からないチョイスだったと思うんですよね」
「小説の中身は、本当によくなかったんですか?」
「そうですね……初投稿ということもあり、完成度はまだまだ荒削りでした。でも俺は目次をみたときに強烈なパッションを感じたんですよ
「何かを感じた、と」
「ええ。それですぐに連絡したんです。いまではアニメ化もされたベストセラー作家さんですよ」
 それが『まよチキ!』のあさのハジメさんだという。

「目次がカッコイイ。それ以外に、パッションを感じたものはありますか? 例えばタイトルとか」
「ありますよ」
 どんな?
「最近担当させていただいた作品ですと、『黒ギャルが異世界に転生してダークエルフと勘違いされました』とかですね」
 あれもアンタか……。
「そのタイトルは面白いと思いますけれど、これまで、とうてい売れそうにないものを、売ってこられたわけじゃないですか」
 詳細は書けないけれど、庄司さんは、他社から「到底ムリだ!」とさじを投げられた作品を、ヒットさせてきた過去がある。
「普通、売れそうもない作品をよこされたら、誰だって逃げるんじゃないでしょうか?」

 沈黙が流れた。
 ラノベ王子のヴォイドが爆発した。

「はあああああああああああああああああ!? 何をッ、何を言ってんですかあああああああああああああああああ! 他で売れねえと思われた作家をこの俺が売ったら最高にクールじゃないかああああああああああああああああああああああ!!」

 ふえぇ……。


8 ヒット作連発の理由は、「意識は低く、志は高く」

 非常に礼儀正しい常識人の部分と、エキセントリックな部分。
 怜悧な顔立ちの、内側に秘められた情熱と、にじみ出るように放出されるオーラ……。

 それが、ラノベ王子・庄司智の魅力であり、作家さんがついてくる要因なのだろう。この御方、謎である。先日の講談社ラノベ文庫さんの6周年記念式典では、副編集長の枠に留まらない、七面六臂の活躍を見せている。

東大ラノベ作家の悲劇 庄司智 ラノベ王子 講談社ラノベ文庫編集部
式典のライブで熱唱するラノベ王子

 最後に、僕は、率直な感想をぶつけた。
 ラノベ王子は、ヒット作連発の理由を語ってくれた。
「思春期の自意識――そういったものが受けたゼロ年代の作品群が、軒並み売り上げが厳しくなっています。ある種の高尚さ、難解さを、読者さんが求めなくなっているような気がします」
「それはそう思います。その代わりに、葛藤なく戦いの場に放り込まれ、ハーレムする異世界転生ものが流行ったわけですよね」
 そして、それが自分の悩みでもあった。
 僕は、ある種の詩的な表現、文体の美しさを求める傾向にある。それは時として、難解な形式を取ることが多い。
 そういった悩みをもつ作家志望者の方も、たくさん知っている。
「僕は文章のオーラを凄く大事にします」
 そう前置きした上で、ラノベ王子は言った。
「文章は美しくあってほしい。しかし、読みにくくあってはならない」
「それは、物語の構造に関してもいえると?」
物語をハードにするのは簡単なんです。だから、多くの人に手にとってもらえるように、作者さんは工夫をめぐらせなければならない」
「意識が高すぎると、読者さんがついていけないと」
「ええ。だから、意識は低く、志は高く。すべてを受けいれて、ありのままを曝け出していきましょう
「乳首さえも?」
 沈黙が流れた。
 ラノベ王子はダークマターのように答えなかった。

 その後、講談社を出た僕は、『ブレードランナー2049』を観劇した。
 素晴らしい映画だった。興業は、予想以上に苦戦しているようだった。
 坂を降りた先の喫茶店で、いつもの珈琲を注文する。
 その珈琲に投下されたミルクの白斑が、泡のように浮かび上がるのを眺めながら、思った。

 確かに、執筆にかけた時間と、この東大ラノベ作家の悲劇のPVは、見事に逆比例している。

作者プロフィール

鏡征爾:小説家。東京大学大学院博士課程在籍。

『白の断章』講談社BOX新人賞で初の大賞を受賞。

『少女ドグマ』第2回カクヨム小説コンテスト読者投票1位(ジャンル別)。他『ロデオボーイの憂鬱』(『群像』)など。

― 花無心招蝶蝶無心尋花 花開時蝶来蝶来時花開 ―

最新作―― https://kakuyomu.jp/users/kagamisa/works

Twitter:@kagamisa_yousei



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