脚本家・坪田文は、なぜキュアマカロンの「弱さ」を描いたのか?:サラリーマン、プリキュアを語る(2/3 ページ)
琴爪ゆかりさん、キラキラ☆プリキュアアラモードで「最も成長した」キャラですよね。
坪田文さんは、キュアマカロンをどう描いたのか?
普通に考えれば、キャラデザインのモチーフが「ネコ」と「マカロン」「美しく気高い高校2年生。上品で気まぐれなところは『ねこ』のよう(公式サイトから)」といったキャラ設定であれば、「ミステリアスなお姉さん」が全面に出てくるキャラになると思います。
実際、キラキラ☆プリキュアアラモードの中盤までは「琴爪ゆかり」はその傾向にありました。
第19話「キケンな急接近!ゆかりとリオ!」では「ウソをついて相手をはめる」という荒業まで使い、敵を翻弄(ほんろう)します。このときの琴爪ゆかりの行動について、暮田シリーズディレクターは雑誌『Febri』のインタビューで「プリキュアにウソをつかせてよいのか?」ということに悩んだ、と語っています。
メタ的に言えば「シリーズディレクターさえも困惑させるほどの行動を起こす」。そんなキャラクターだったのです。
このように琴爪ゆかりは、序盤から中盤にかけては「相手よりも1枚上手のお姉さま」といった描写が目立ちました。
これは「日常に退屈している」「何を考えているのか分からない」という描写とともに琴爪ゆかりを形成するアイデンティティーの1つでした。
「弱さ」を見せる琴爪ゆかり
このまま「ミステリアスな強キャラ設定」で最後までいくのかな? という大きなお友達の期待をよそに、
中盤、坪田さんの手によって、新しい「琴爪ゆかり」像が描かれます。
第25話「電撃結婚!?プリンセスゆかり!」において、琴爪ゆかりを「心の弱い女の子」として描写したのです。
この回では、異国の王子様にプロポーズされた琴爪ゆかりが、剣城あきらに勝ったらプロポーズを受けると宣言。王子と対決するも「もうやめよう」とたしなめる剣城あきらに対し、琴爪ゆかりがいつもとは違う弱さをみせる、といったものでした。
放送終了後、ネット界隈(かいわい)でもこの「急激な琴爪ゆかりの描かれ方の変化」に大きな度惑いが見られ、さまざまな「琴爪ゆかり論」が繰り広げられることとなりました。
その後、第29話「大ピンチ!闇に染まったキュアマカロン!」において、自分の弱さと向き合い、克服し「楽しいことは与えられるものではなく、自分で作り出すものである」と理解します。
「察してほしい」から「自分で見つける」へ心の成長が描かれたのです。
しかし、坪田さんによる琴爪ゆかりの描写は「こころの成長」を描くことだけにとどまらなかったのです。
「そう、自分で考えて決めました」
第45話「さよならゆかり!トキメキ☆スイーツクリスマス!」で、坪田さんは、さらなる琴爪ゆかりの成長を描きました。
「こころだけではダメ、その上に技術が乗っかることが必要である」とし、茶道に合うスイーツの研究のため海外留学をする、と宣言させたのです。
「自分で考え、自分で決める」。
かつて「大好き」を見つけられなかった女の子が、宇佐美いちかと出会い「大好き」を見つける。
「大好き」と思うだけではなく、それを実行するために、行動を起こす。
行動するためには「大好きな場所」を離れなくてはならない。
だけど、どんなに距離が離れようと、ずっと心は一緒にいる。
それが分かったからこそ、この場所を離れる。
それは、「自分で考えた」選択肢。
「何か面白いことはないか」とずっと受け身だった少女が「自分で考え、行動する」までに至る。
琴爪ゆかりは、ここまで成長したのです。
第45話終盤で、敵エリシオに向かいキュアカマロンは啖呵(たんか)をきります。
「心がからっぽの道化が何をしようとむなしいだけ」。
この言葉、裏を返せば、
「心が満たされていれば、何をしても楽しい」
になるのですよね。
琴爪ゆかりに必要だったのは「楽しいこと」ではなく「心を満たすこと」だったのです。
そして「心を満たす場所」こそがキラパティであり、仲間のプリキュアたちだったのです。
だからこそ、第45話の変身シーンは「キュアマカロン単独変身」ではなく、「6人での変身シーン」が選ばれたのだと思います。みんなと一緒にいることこそが、琴爪ゆかりの成長の証なのです。
琴爪ゆかりは、なぜ宇佐美いちかに「ギュっと」してもらったのか?
キュアマカロンは、開始当初キラキラ☆プリキュアアラモードの中でも「描写が難しい」キャラクターだと各種媒体のインタビューなどで言及されていました。
第45話の作中セリフでも「繊細さと大胆さが同居するスイーツ、それがマカロン」と言及されるように、
琴爪ゆかりに与えられたロールは「繊細さ」と「大胆さ」でした。
この相反する2つのロールを描き切るのは大変に難しいと思います。
そこで制作者がだしたアイデアこそが琴爪ゆかりを成長させた本人、「宇佐美いちか」にハグをさせる、というものだったのだと思うのです。
宇佐美いちかにギュっとしてもらって「他人の前で甘えられるまでに成長したこと」を示す。
宇佐美いちかにギュっとしてもらって「心が満たされて、次のステップへ進めること」を示す。
琴爪ゆかりには「心を満たされること」が必要であり、「仲間」が必要であるのです。
このハグのシーンこそが「繊細さ」と「大胆さ」を両立させたキュアマカロンを象徴する名シーンだと僕は思うのです。
坪田文さんは、琴爪ゆかりを記号から脱却させた
仮に、坪田さん以外の脚本家さんがキュアマカロン回を担当していたら、
「ミステリアスなお姉さんが、最後に海外留学を決めて良かったね」になっていたかもしれません。
だけど、僕たちは坪田さんの手によって描かれた「キュアマカロン」を知っているのです。
琴爪ゆかりは、決して「理解不可能なミステリアスなお姉さん」ではないのです。
弱くて、繊細で、いつも悩み、ちょっと困ったちゃんで、
それでも、必死に生き、自分の過去と見つめ合い、夢を見つけて、その夢をかなえるために行動できる、
どこにでもいる、そして誰にもまねできない、すてきな女の子である。
そんな彼女のヒミツを知ることができたのです。
坪田さんの一連の脚本により、僕たちは「琴爪ゆかり」というキャラクターを、
「ミステリアスで気まぐれなお姉さまプリキュア」という「記号」ではなく、「一人の女の子」として見ることができたのだと思うのです。
琴爪ゆかりさん。
「茶道のためのスイーツを広めたい」ってすてきな夢をみつけましたよね。海外留学、頑張ってください。応援しています。
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