インタビュー

ドラクエやモンハンの世界をどう訳す? 「教会の十字架の形まで変える」ゲーム翻訳の奥深き世界(1/4 ページ)

「最初の1カ月はまずゲームをしてくださいって言われました」

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 RPGで「はい」か「いいえ」を選ぶとき、私は必ず「いいえ」を選ぶ。

 大抵は「はい」で先に進むところを、一発で進めたくないのである。どうせ「はい」しか選べないのだから、まずは「いいえ」を選んだときのテキストをきちんと読みたいのだ(ごくまれに取り返しのつかないことがあり、頭を抱える)。

 それだけではない。RPGでは必ず一人残らず街中の人に話しかけ、当然「ここは始まりの村だよ」と案内するだけの人とだって話す。世界を救ったら、「勇者様、王様がお待ちです! 今すぐ城へお越しください!」という兵士の言葉なんて無視。王様に会いに行く前に全ての街を巡り、世界中の人に話しかけに行く。どうだ、世界が平和になっただろう、君はいま何を思う、と。人だけじゃない、ニャーと鳴くだけの猫にだって話しかけるのを忘れない。

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 私はとにかくゲーム内のテキストを全て読みたい、活字中毒型ゲーマーなのだ。おかげでいつもクリアまでの総時間は、ほかの人の3倍はかかる。

 日本のRPGは、テキストのディテールにこそあると私は思う。ほとんどの人が話しかけないであろう端のほうにいるモブに、クスッとする仕掛けが施されているのを発見すると、最高にうれしくなる。たとえ読む人が少なくても、開発者は一言一言真剣に考えてセリフを作っている。セリフを通してその息遣いが伝わってくるのが、テキストオタクとしての醍醐味なのだ。

 けれど同時に、この感じ、日本特有のものなのではないかとも思う。日本のゲームを面白くさせているテキストは、海外版ではどうなっているのだろう。多数のゲーム翻訳を手掛けてきたアルトジャパンのお二人に、ゲーム翻訳の知られざる事情について聞いてみた。

アルトジャパン

依田寛子(よだひろこ)、Matt Alt(マット・アルト)の二人によるローカライゼーション会社。ゲーム、映画、マニュアル、商品のパッケージ等の翻訳から、音声収録スタジオの手配、キャスティング、ボイス録音までのローカライゼーション一括業務、日本企業と外国企業間の合作プロジェクトの仲介業務などを手掛ける。2018年夏ローンチ予定の新作『World of Demons』では、ストーリーの構築や脚本の執筆にも携わる。

アルトジャパン公式サイト


アルトジャパンの依田さん(左)とアルトさん(右)

お二人が翻訳(ローカライゼーション)してきたゲームソフトの一部。『ドラクエ8』などの超ビッグタイトルも

日本人とアメリカ人、二人だからできる仕事

――ゲーム翻訳のお仕事って実はかなり謎に包まれていると思っていまして。アルトジャパンさんは『ドラゴンクエスト8』などの有名作品の翻訳も手掛けられているんですよね。てっきりスクウェア・エニックスなどのゲーム会社の中に翻訳の部署があるものだと思っていました。

依田:スクエニさんくらい大きな会社の場合は、もちろん社内に翻訳の部署もあります。ドラクエ8については、スクエニさんから発注を受けて、そのチームに入るという形で関わらせていただきました。

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――もともとはどのようなきっかけでゲーム翻訳のお仕事を始められたんですか?

アルト:友人の紹介で『LUNAR ザ・シルバースター』というゲームの翻訳をしたのが最初です。僕はガンダム好きで、日本のアニメやゲームもずっと大好きだったからぜひやりたいと引き受けたのですが、その当時、米政府の公務員として働いていて。週末や夜に一人で作業するだけではとても間に合わなかったので、依田と一緒にやることにしました。

依田:ここは私たちが今でもずっとこだわっているところなのですが、異なる言語を母国語とするネイティブのチームワークは非常に大事です。例えば英訳する場合、アメリカ人が一人で翻訳すると、アメリカナイズされすぎて、日本の良さが消えてしまうんですよね。

 この重要性に気がつき、すぐにアメリカでAltJapan, Inc.として会社を立ち上げました。その数年後東京に移り、アルトジャパンを改めて起業して今に至っています。

アルト:昔はなかなかそこを分かってもらえなくて、まわりから「なぜ日本人と二人でやってるの?」とよく聞かれました。翻訳自体もあくまでも脇役的な認識で、日本人とアメリカ人両方の意見を取り入れて丁寧に訳した作品は前例がありませんでした。ただ英訳しただけだったり、直訳だったり、おかしな翻訳もたくさんあったんですよ。

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依田:それに、システムも整ってなかったから、ゲームのコードがそのまま送られてきて、そのコードの中からちまちまとセリフ部分を探し出す、なんてこともしていました(笑)。

――気が遠くなる作業ですね……。

「~だべ」「~だぜ」。日本語は一文字の違いだけで表現できる言葉

――ゲーム翻訳において、一番頭を悩まされるのはどういう部分なのでしょうか?

依田:翻訳する上でとにかく苦労するのが文字数制限ですね。例えば、日本語では「紫」と一文字で済むのに、英語にすると「Purple」と6文字も使います。だから、たまごっちなんかは究極に難しいんですよ。一行に表示できる文字数が8文字とかなので。

――うわぁ……それは大変ですね。そういう場合は、ページ送りで見せるんですか?

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依田:基本的には工夫して短く収めるようにします。あくまでもエンターテインメントなので、翻訳することで読むのがわずらわしい長文になったらいけないんです。

アルト:読むのが面倒くさいと、“エンターテインする”(楽しませる)ものじゃなくなっちゃいますからね。それが大前提です。

アルト:あと、キャラクターの特徴を限られた文字数の中で表現するのも難しいです。日本語って語尾のたった一文字の違いでキャラクターに変化を出せてしまうんですよ。語尾が「~だべ」なのか、「~だぜ」なのか、「~だよ」なのかだけで、どんなキャラクターかがすぐ分かるでしょう?

――言われてみれば確かに!

アルト:英語にはこういう表現方法がありません。語尾だけでなく、一人称もですね。英語は「I」しかないけれど、日本語なら「私」「俺」「拙者」「僕」「オラ」とかたくさんあります。

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――英語ではどうやってキャラクターの違いを表現するのですか?

アルト:Oh, I love you.」とか「Hey! I love you.」とかで、どうにかして無理やりバリエーションをひねり出しています(笑)。

依田:「you」を「ya」にしてみたり、末尾に「!」や「?」をつけたりね。

――そんなに涙ぐましい努力をされていたとは……。

アルト:ゲームの進化とともに大画面になるにつれて、文字数を気にしなくてよくなって喜んだのですが、それもつかの間でしたね。ここ数年はスマホゲームが増えたので、結局また文字数制限と格闘しています(笑)

「コタツでみかん」のシーンは通じない

――日本と海外の文化の違いが、翻訳にも影響することはありますか?

依田:それはめちゃくちゃたくさんあります! 多いのが、そのシーンに日本特有のものが出てくるケースです。日本人にとっては当たり前すぎるようなことでも、説明を入れてあげなければなりません。

アルト:『ドラえもん』で“コタツに入っているシーン”が出てくるのですが、これがそのいい例ですね。これはゲームじゃなくてマンガでしたが。

依田:私たちはマンガの翻訳もしていて、海外向け電子書籍版としてマンガ『ドラえもん』を全巻英訳しました。そのなかで、コタツにみかんが置いてあり、テレビには獅子舞が映っている、というシーンがあるんですよ。日本人なら絵を見ただけで、お正月なんだなって分かります。

 けれど、獅子舞もコタツも分からないアメリカ人には、コタツに入っているドラえもんが布団で休んでいるように見えて、「ドラえもんは病気なの?」と勘違いしてしまうんです。

――なるほど、確かに……。ひとつの絵から受け取れる情報量に差があるんですね。

依田:どこかで「今はお正月だよ」ということを入れなければならないので、日本語版の『ドラえもん』にないセリフだとしても、「It's the New Year!」とかを話の流れで自然に付け加えるようにするんです。

アルト:ページの下に脚注で入れるやり方もありますが、脚注って基本的に読まれないので、できる限り避けたいですね。

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