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「人の嫌なところを書くのがすごくうまい」 1年間ダメ出しされ続けた不倫×SFマンガ『あげくの果てのカノン』はなぜエグい世界になったのか(1/3 ページ)

連載までの道のりは決して穏やかではなかったという同作。完結記念インタビューの第2回です。

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 不倫×SFというぶっ飛びすぎる切り口で話題のマンガ『あげくの果てのカノン』(米代恭)。最終巻発売を記念して、ねとらぼでは、米代さんと担当編集の金城さんへのインタビューを実施しました。

 中編となる今回聞いたのは、「カノン」連載開始時の裏話。編集部コンペでの酷評から、実現しなかった裏設定まで、二人三脚で作品をつくりあげてきた二人の、尽きないトークをお届けします。かのんの思い人・境先輩の内心が吐露されるエピソードの出張掲載もあわせてお楽しみください。

前回:「不倫ものって、基本的に腹が立つんですよ」 不倫×SFマンガ『あげくの果てのカノン』完結までの作者の苦悩

あげくの果てのカノン

ダメ出しされ続けて1年

担当編集・金城(以下金城): 今日は連載初期の資料もいろいろ持ってきました。これは、第1回が掲載された『月刊!スピリッツ』です。

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月刊!スピリッツ2015年10月号
金髪のかのん

米代恭(以下米代): 2015年の夏発売でしたよね。懐かしいなあ……。なぜか、表紙のかのんが金髪になってたんです。

――最初は金髪の設定だったんですか?

米代: そんなことはないです(笑)。表紙に、いろいろな作家さんの描いたキャラが一気に載るというオールスター趣向の号だったんですね。塗り師の方がイラストの色塗りをまとめてやってくださることになったのですが、いろいろな手違いなどがあって、かのんの髪色のカラーが金髪にならざるをえなかったという……。

――そんなこともあるんですね。ある意味貴重なイラスト!

米代: かのんの髪色の設定はずっと黒髪なのですが、名前は直前まで「三紀子(みきこ)」でした。

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――えっ、全然違うじゃないですか。

米代: 最初は「子」がつく名前がいいなと思っていたような。でも、作中で、クラシック曲である「パッヘルベルのカノン」が重要なモチーフとして出てくるので、タイトルにも「カノン」を入れたいなと考え始めたんです。

 そのことを担当編集の金城さんに伝えたら、「だったら主人公の名前も”かのん”のほうがいいよ」と提案を受けて、連載開始直前に変えることになりました。連載のための編集部コンペの資料では、「三紀子」になってるんです。ほら、これ。

高月三紀子(23)と書いてある

――すごい。コンペって、こんなに丁寧な資料を出すんですね! 

米代: 二人の間に全体プロット案がバーっと書いてあるんですが、実際に描いたストーリーと全然違いますね(笑)。第1回の扉絵案もたくさん書いたし、ものすごく頑張って準備してたなあ。これでも当時は「もっと準備して」と言われていました。

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――準備期間はどれくらいあったんですか?

金城: 1年はかかりましたね。そんなにかけるつもりではなかったんですが、なかなかコンペを通らなくて……。

米代: 半年くらい2人で話を考えて、それからコンペに出すようになったんです。でも、けちょんけちょんにダメ出しされちゃって。金城さんは「上の人たちにはまだ理解されてないけど、絶対に面白いから。このままいきましょう」と言うので(笑)、それを信じてチャレンジし続けました

金城: あのときは「カノン」の面白さを一向に認めてもらえなくて、カチンと来てしまって。というのも、通してもらえなかった理由の一つに、プロット自体ではなく、「この作家さんにはSF設定で描ききれないんじゃないか」などもあったんです。「米代さんならできるし」って悔しくて

米代: 4人中3人に酷評されたのを覚えていますね。

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裏テーマは「パシフィック・リム」

――コンペに通らない間も、二人の間では「面白い」と思えていた?

米代金城: もちろん!

金城: 私は米代さんの力を信じていたから、絶対面白いと思ってましたよ。だから、コンペの推薦文もすごく長文になっちゃって。

――「若くて勉強熱心、週刊連載への意欲もあります。いたらない箇所も多々ありますが、若くて新しい才能と確信しています」という箇所に、当時の金城さんの気持ちがにじみ出ています。

金城さんの推薦文。仮タイトルは「どっかんLOVE」

金城: 仮タイトルは適当ですけど。小学校のときに好きだったマンガのタイトルをなぜか入れていた……

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――「どっかんLOVE(仮)」ですね(笑)。それにしても、「伊藤けいかく(原文ママ)のように静かに世界観を見せて、また、卑屈な女性特有の恋愛がベースの、敵がはっきりとしたSFをやりたいです」というフレーズ、パワーがありますね。

米代: てんこ盛り過ぎますよね。「不倫にSFに、考えついたこと全部盛りで本当に大丈夫かな!?」って、私は不安でしたもん。でも、金城さんが「いけるいける」と背中をおしてくれて。

――準備にあたって、SFの勉強はしたんでしょうか?

米代: 映画はいくつか観た記憶が。ただ、一口にSFマンガと言っても『少女終末旅行』のような作品もあるわけじゃないですか。だから私も、『夏への扉』や『世界の中心で愛を叫んだけもの』のような王道SFを目指す必要はなくて、「私なりのSF」を描ければいいかなとは思ってました。

 あえて言うなら「パシフィック・リム」が裏テーマなのですが……。SFを描くならエイリアンと戦う話がいいなと思ったのだけど、外から襲われる描写でひっぱれるかわからなくて、「あなたの人生の物語」のように壁の中にエイリアンを囲えばいいのでは?と考えつきました。

――こまかな設定は、どうやって作り込んでいったんですか?

米代: 金城さんからは「この作中世界に存在するエグいシステムを10個書き出すように」と言われました。それを考え出して、不倫のドラマや本を読んで書き出していた「不倫のステップ」をかけあわせて、個々のディテールを考えていきましたね。

エグいシステムについて

――今だから言えるボツ設定とかもありますか?

金城: 「かのん=ゼリー説」とかあったよね

米代: あったあった! ゼリーだから、ゼリーを体内に取り入れている先輩に引き寄せられちゃうという設定について話しましたよね。でも、「そういうはしごの外し方は良くないんじゃないか?」という指摘が金城さんから出て、実現しなかった。

金城: それほどに、かのんという子は怖い子なんだって、当初から思ってたよね。

米代: 他にもいろいろなこと考えてましたね。ネタ帳用ノートも、連載初期は、1話につき1冊使い切ってました。ものすごく考えて書き出したうえで全部ボツにするというのを何度もやっていました

「抑圧と解放」を気持ちよく描きたい

――連載を振り返って、いちばん楽しく描けたシーンはありますか?

米代: 4巻はすごく楽しく描けましたね。とくに、境とかのんの不倫報道が世に出てしまい、不安定になったかのんが、境に対してワーーーーッと自分の気持ちをLINEで送ってしまうシーン。

LINE……

――あれはやばかったですね。人間一度は、あの手のメンヘラムーブをやってしまった苦い記憶があると思います。

米代: あの描き方は、映画の「シング・ストリート」(※)を観た後に思い付いて。

※:2016年公開の青春映画。問題をかかえた家庭で育った冴えない少年が、女の子に話しかける口実のためにバンドを組んで――

――え? とても泣ける映画ですが、いったいどのあたりが反映されているのか、ちっともわからない……。

「シング・ストリート 未来へのうた」(C)2015 Cosmo Films Limited. All Rights Reserved

米代: 私があの映画を観ていてすごく良いなと思ったのが、「抑圧と解放」のバランスなんです。同作では、主人公の家庭だけじゃなくて、他の同級生たちの家にも、それぞれ問題があるじゃないですか。そのなかでも、主人公にやたらちょっかいをかけてくるいじめっ子・バリーに私は感情移入してしまって。

 バリーは主人公を執拗にいじめるんだけど、彼は彼で、家庭で虐げられているんですよね。でも、バンドメンバーにかけられた「ある一言」を機に、バリーも自分の人生を変えることを決意する。誰かの一言でパッと流れが変わるというのが好きで、それを「カノン」にも取り入れました。

――いいなと思った作品の細部をそのままマネするのではなくて、演出のポイントをうまく抽出して、作品に生かしてるんですね。ストーリーを考えるときは、「やってみたい演出」と「描きたいシーン」を考えて、そこから組み立てていくんでしょうか?

米代: そうですね。だいたいシーンから始めます。でも、描きたいシーンをストックしておくのができないんです。思い付くとすぐその次の回で使っちゃう。かのんがLINEを大量に送るシーンも、本当は「これはクライマックスで使えるぞ」と思ったんですよ。クライマックスで描きたいと考えてたことをどんどん前倒しで描いてしまった結果、最終回近辺で苦しんだという経緯がありました(笑)

――そもそも、好きなコンテンツの傾向はありますか?

米代: うーん、手当たり次第読んだり観たりしすぎていて、自分でもわからなくなってるかも。でも、映画にしてもお芝居にしても「演出の効いている」作品が好きですね。役者じゃなくて、脚本家や演出家の名前をチェックして、観る作品を選ぶことが多いです。映画「スリー・ビルボード」で話題になったマーティン・マクドナーが本当に好きで、彼の脚本の舞台は必ず観に行っています。

金城: 米代さんは、観ていてびっくりさせられるようなものが好きだよね。

米代: 逆に結末がぼんやり終わるものとかは苦手ですね。登場人物たちの行く末をはっきりさせるか、予感させるかしてほしい気持ちが強い。それと、人間描写の細かいものが好きで。人間の汚い部分をしっかり描いていると、好きになってしまいます。最近観た映画だと、「タクシー運転手」や「名もなき野良犬の輪舞」がよかったですね。

――コンペの評価でも「人の嫌なところを書くのがすごくうまい」と書かれていました。

米代: 本当はもっと人間を肯定したいと思っています(笑)。

(つづく)

出張掲載:『あげくの果てのカノン』第12話

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