その映像は、どこで止めても美しい――小林雅仁監督に聞く「リラックマとカオルさん」の実在性と普遍性
こま撮りアニメで4Kという挑戦しかない作品ながら、肩の力を抜いて見るのが大正解です。
Netflixのオリジナルアニメシリーズ「リラックマとカオルさん」が4月19日から配信されました。
2003年のシリーズ展開以後、「都内に住むOL・カオルさんの家に住みつく、背中にチャックのついたクマ」というシュールな設定と、どんなときでもマイペースな生き方が女性を中心に長年にわたって親しまれ、サンエックスを代表する人気キャラクターとなったリラックマ。その歴史で初となるアニメシリーズは、原作では後ろ姿のみ登場する“カオルさん”が、リラックマたちと過ごす12カ月を11分×13話の構成で描き出す物語です。
今作は、被写体をこま撮りし、動いているように見せる撮影技法「ストップモーションアニメ」で製作。NHKキャラクター「どーもくん」や「こまねこ」などでも知られるスタジオのドワーフが気の遠くなるような手間暇を掛けて生み出した今作は、ストップモーションアニメならではのアナログ感や味わい深さに満ちています。
以下では、同作の監督である小林雅仁さんに話を聞きました。
―― ついに「リラックマとカオルさん」が公開ですね。
小林 まずは完成できたことが本当によかったです。2年ほど前にこの企画がスタートした時点では、先の見えない戦いが始まったなという感じでしたから、「終わりは必ずやってくるんだ」とホッとした気持ちが正直なところです。この作品に世界中の人がどういう反応をくれるのかが楽しみですし、すごくドキドキする部分でもあります。
―― 先の見えない戦いとお感じになったのは、制作手法がストップモーションアニメだからですか? 経験やノウハウも豊かだと思いますが、それでもそう感じるのでしょうか。
小林 ざっくりと言うと、ほとんど初めてのことに挑んだからです。分かりやすいところでいうと、Netflixでは4K画質での配信ですが、こま撮りアニメで4K作品というのは、企画がスタートした当時はもちろん、今でも今作を除けば恐らく世界のどこにもありません。
製作に当たっては、撮ったフィルムのデータ変換のやり方をはじめ、色をきちんと再現するためのライティングの最適な絞り値など、どこにも答えがないところで歩みを進めていた気分でした。
―― ストップモーションアニメは1日に数秒しか進まないことも珍しくない気の遠くなるような作業だと聞きます。照明や光の反射による映像への影響を避けるため、撮影スタッフは黒い服を着るのが基本で、振動を防ぐために移動は静かに行うなど、忍者かと思うような撮影になるそうですね。撮影は12人のアニメーターを含む50人規模の10班体制で臨んだと聞きました。
小林 はい。10班体制というのはこれまでやったことがない規模でしたので、撮影に入る前には、チーフアニメーターの峰岸裕和がキャラクターそれぞれの動き方や食べ方といった特徴的な動きのレファレンスとなるアニメーションをつくり、他のアニメーターはその動きを同じように身につけてから撮影に臨みました。
それでも、全体の整合性をどうコントロールするかは苦労しましたね。マニュアルがあるものではないので、試行錯誤の連続でした。優秀なスタッフたちが前向きに取り組んでくれてなし得たと思います。
―― ストップモーションアニメと感じさせないくらい会話や動きの流れに違和感がないのが特に驚きでしたし、ストップモーションアニメに自然光の美しさがもたらされていて、実写撮影の豊富な経験も今作の絵作りに一役買っているのだなと感じました。小林さんが考えるストップモーションアニメの魅力は?
小林 うち(ドワーフ)でそういう話をするときによく出てくるのは、ストップモーションアニメは昔からある古典的な手法ですが、それ故に、何年たっても古びれない普遍性のある映像となる点です。技術発展がめざましいCGだと、数年前の作品でも古さを感じてしまいがちです。今作についていえば、何年たっても古びない映像で見てほしいとの思いがサンエックス、Netflix、ドワーフの三者に共通していたと思います。
僕は、ストップモーションアニメというのは、全て表現しきれないところに見る人の感情や想像の入り込む余地があると感じています。今作でも、基本は2コマ打ちの1秒12コマですが、表現しすぎず人に優しくない分、没入できるところが見る人の想像力を膨らませる表現方法だと思います。
―― 過去にはトヨタのCMでCG合成のリラックマが登場したこともあります。CGと比較した場合のストップモーションアニメにはどんな考えをお持ちですか。
小林 CGという技術がストップモーションアニメの表現を変えたところがあるようには思います。現代では、CGがすごい質感を出せるようになり、同時に、ストップモーションだけどCGと思ってしまうほどのモデルも存在しています。そしてものの質感を出すために、CGでも実際に“ブツ”を作って取り込んだりし出したときに、もともとブツを作っていたコマ撮りに、ぐるっと回って戻ってきたような感覚もあります。ストップモーションアニメがまた注目されるようになったのはそういう背景もあるかもしれませんね。
―― 作品としては、リラックマたちの日常を描きつつも、一緒に暮らすカオルさんを主人公に据え、ごく普通に暮らす30代女性の身に起こるようなことが描かれていますよね。これは脚本を手掛けられた「かもめ食堂」「彼らが本気で編むときは、」などでも知られる荻上直子さんらしい感じもしました。
小林 そうですね。カオルさんとリラックマたちが東京のどこかの街で暮らしているように思ってもらえるものを作りたいと考えていました。一番気を配ったのは“実在性”で、架空の生き物がいるのではなく実在するものとして描けているかどうか。リラックマがいて、アラサーOLが対面したらどういう生活、立ち振る舞いになるのかには気を遣いましたね。だから、カオルさんがどこに勤めていて、どんな生活をしているのかなど細かな設定を決めた上で造形を決めていきました。
―― 実在性というキーワードは分かる気がします。リラックマたちが人間の生活に溶け込んで、普通に暮らしている空気感がありますし。ところで、ファンとしてはカオルさんが初めてビジュアル化されたことに驚きもあります。原作では後ろ姿だけ登場し、ファンの分身的存在ともいえるカオルさんのルックはどのように決まっていったのでしょうか。
小林 (実写の)人間がやった方がいいという極端なアプローチがあるとして、そこから一歩引いて、今作のカオルさんのようなルックがあってもいいわけで、つまりは、どこが一番ストップモーションの魅力を引き出しつつ実在感が出るか、そのグラデーションの中で決まっていきました。あらゆる質感の人形を並べて見比べたりしましたね。
―― カオルさんには機械仕掛けのメカニカルヘッドが採用されていて、笑ったりしゃべったりする動きを細かく調整可能だそうですね。これもチャレンジでしたか?
小林 そうですね。ものすごく。英国の工房で作成したメカニカルヘッドを使っているのですが、恐らく日本では初めてではないかと思います。作品の性格上、言葉の応酬で感情を表現するものではないので、表情がとても大事になると感じていて、メカニカルヘッドは表情や感情の機微をよく表現してくれ、実存性を出すことに寄与したと思います。
―― 「リラックマ」の生みの親であるコンドウアキさんはクリエイティブアドバイザーとしてクレジットされていますが、アドバイスや要望で印象的だったものはありますか?
小林 リラックマがつまみ食いしようとするコリラックマをいさめるシーンがありますが、当初は少し強めにいさめるイメージだったんです。コンドウさんはリラックマはのんびりしているので、そうした強い感情を持たないキャラクター設定だとおっしゃられていて、そういう対話を僕、荻上さん、コンドウさん、サンエックスのチームで繰り返すことで作り手の中でもキャラクターが固まっていきました。
―― 作品としては11分の尺で13話構成となっています。1話が月ごとのエピソードで、日本の四季が織り込まれているのも印象的ですね。
小林 ストーリーの主軸はカオルさんとリラックマたちの日常ですから、季節感はスパイスの一つですが、日本の四季を意識した光を細かく作りました。ルックから日本の四季を感じてもらえるとうれしいですし、日本にはお花見や夏祭りといった季節のイベントが身近にあることを発信したいなと。肩の力を抜いてお団子食べながらみてもらいたいです。
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