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いまだ破られぬ詰将棋の手数最長記録(1525手詰) 作者に聞く「盤上の『ミクロコスモス』はいかにして生まれたか」(4/5 ページ)

約30年前、22歳の若者が打ち立てた詰将棋界の金字塔。

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詰将棋作家としての藤井聡太七段

―― 若くして「ミクロコスモス」をものにされましたが、詰将棋創作のピーク年齢などは存在するのでしょうか

 単純に頭の回転だけを考えると、私の場合、ピークは22歳ごろだったと思います。ただ、そのころは頭は働いても技量が不足していました。本来であれば、技量の向上により20代後半ごろに総合力のピークを迎えるのが自然に思えますが、社会人になると、今度は創作の時間が取れなくなります。従って詰将棋作家のピークは、おおむね学生生活の最終盤に来るのでは。

 ただ、作家としてのピークと生み出される作品のピークは必ずしも一致しません。優秀な作家は高い品質を持った作品を作ることができますが、高い独創性を持つ作品は、優秀な作家といえども、そう多く作れるわけではありません。記念碑的な作品の登場には予測不可能な要素が働きます。

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―― よい詰将棋作家になるための資質は何でしょうか

 とにかく詰将棋が好きであることが一番だと思います。創作初期には作品を完全作として仕上げるだけでも大変ですし、先例との衝突、自己評価と他者評価との乖離にも悩まされるでしょう。好きでなくては、こうしたいくつもの困難を乗り越えることはできません。

―― 詰将棋を趣味にするメリットを教えてください。指し将棋では「頭が良くなる」などとアピールされることがあります

 私としては詰将棋を楽しむために詰将棋をしてほしいと思います。例えば音楽に関しても、無理やり実用的なメリットを挙げようとすれば、「リラックスできますよ」「情操教育に良いですよ」ともっともらしい言葉を並べることはできますが、実益のために聴きたくない音楽を聴くのはその人にとって苦行でしかありません。

 詰将棋の魅力に気付くには、一定の壁を乗り越える必要があるので、なかなか難しい面もありますが、一度楽しみ方を知ってしまえば、そこから先は無限に楽しめる世界が広がっています。

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―― プロ棋士では藤井聡太七段も詰将棋作家として有名です。彼をどのように評価されていますか

 藤井聡太氏は優秀な中編作家だと思います。実際、2018年刊行された「現代詰将棋 中編名作選」にも3作収録されています。手数分類では短編(17手以下)の作品もありますが、それらの作品でも中編的な濃密な攻防を味わえるものが多いですね。

 藤井氏は非常に高い棋力を持っていますが、作品をむやみに難解にすることはありません。仮に難解な変化・紛れがあったとしても、それは作品の主題を明確にしたり、構図を洗練するために必要なものであり、煩雑な印象はありません。若い作家は短期間で作風が変わることがあるので、「中編作家」というのは、あくまで現時点での暫定的なイメージに過ぎないことを強調しておきます。

 『詰将棋パラダイス2017年5月号』に載った藤井氏の作品(15手詰)を見たときには、「プロになったので、詰将棋創作が解禁されたのか」と期待したのですが、その後の作品発表のペースを見ると、本格的な解禁はまだ先みたいですね。詰将棋愛好家としては「指し将棋は多少手を抜いてよいから、もっと作品を見せてほしい」と思ってしまうところもありますが、それは当面叶いそうにないので、心置きなく詰将棋創作に時間を掛けられる日が来るのを気長に待ちたいと思います。

―― 人間史、文化史、芸術史における長編詰将棋の価値について教えてください。それと、詰将棋はパズルなのでしょうか、それとも芸術なのでしょうか

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 詰将棋は、国際的な交流が比較的少なかった江戸時代に花開いた、日本独自の文化です。その点では和算などと似ているかもしれません。

 パズルか芸術かという点についてですが、詰将棋はパズルと芸術の両面を備えています。論理だけでは味気ないですが、論理を無視して好き勝手な手順を作意にすることはできません。「知」と「情」のバランスの上に成り立つ文化。それが詰将棋だと思います。

 「知」と「情」のどちらに重心を置くかは、作品の狙いや作者の作風によって異なります。手順の流れや、手触りといった言語化しにくい感覚を重視する人もいれば、論理的な構造に重きを置く人、解答者へ挑む難解作を追求する人もいます。作者の個性が作品に反映されるという点では、詰将棋は芸術に分類されるでしょう。

 これは長編詰将棋もほぼ同じです。現在の定義では50手を越える作品が「長編」と呼ばれることが多いですが、50手から200手の間は非常に表現の自由度が高く、作者の意思を作品に反映させやすいと思います。200手を超えると、手数が長くなるに従って、事情が異なってきます。

 極めて長い手数の作品を作るには、特別な仕組みが必要になります。オリジナリティーを求めず、既存の手法を組み合わせるなら別ですが、新しい仕組みで超長手数作品の実現を目指すと、その仕組を実現するだけで手いっぱいになり、作者の好みを反映させる余裕がなくなります。仮に余裕があったとしたら、その余裕を作品の高度化のために使うことになるでしょう。

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 ある詰将棋が、どの配置を変更しても必ず作品価値が下がる状態になると、それは「完成品」となり、作者の個性を反映させる余地はありません。そのような詰将棋は、パズルでも芸術でもなく、人の意思を離れた「自然」と呼ぶべき存在になります。自然の造形に人が手を加えて台無しにしてしまうことは避けねばなりません。

 これは人によって価値観が異なると思いますが、長編に限らず、究極の詰将棋は「創る」ものではなく「発見する」ものになると私は思います。

将棋とは400年かけても解けない“王手義務のない詰将棋”

―― 現在、詰将棋で取り組まれていることを教えてください

 私は今、主に変則詰将棋の世界で「解説者」として活動しています。

 最も力を割いているのが、WFP(Web Fairy Paradise)というネット上で閲覧できる変則詰将棋専門誌における常設作品展の担当業務です。もちろん詰将棋作家としての活動は続けていますが、詰将棋の世界では優秀な若い作家が途切れることなく登場しています。従って、自分自身が創作する時間を多少削ってでも、裏方的な役割を果たすことが重要だと考えています。

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 解説者の仕事は、あるルールで作られた優れた作品を、できるだけ丁寧に分かりやすく説明し、そのルールをあまり知らない人にも理解できるようにすることです。とはいえ、その解説者自身が多様化するルール群についていけない面があるので、年々状況は厳しくなっています。ただ、新しい作家や解答者が登場したり、面白い作品が投稿されて来たりすると、喜びが苦労を忘れさせてくれます。

―― 橋本さんにとって詰将棋とはどんな存在ですか

 詰将棋解説者としての仕事もいつかは他の人に任せなくてはならないでしょう。それでも確実に言えるのは「詰将棋との接し方が変わっても、何らかの形で自分は詰将棋と関わり続けるだろう」ということです。先人の多くが、世を去る間際まで詰将棋を作ったり解いたりしていました。私がそれを語るのは少し気が早いかもしれませんが、最後の最後まで関わっていたい、それが詰将棋という存在です。

 橋本孝治さんは長年、詰将棋に取り組んできたが、金銭的な報酬はない。詰将棋作家は一体何のために作品を作るのか? 同氏の話を聞き、ミクロコスモスを並べることで1つの答えが得られたような気がする。1つのことをとことん考える楽しさが、人を何かに没頭させるのだ。

 筆者は小説を生業としているが一流ではない。どこの世界でも一流と呼ばれる人間は本当に細かなところまで考え抜く。そして、誰よりも楽しんでやりとげる。


 インタビュー中、最も心に残った橋本さんの言葉でしめたい。

 「変則詰将棋の観点で『将棋』を見ると、『将棋』は『攻方王手義務のない詰将棋』に見えます。人類はこの『攻方王手義務のない詰将棋』のたった1問を解こうと400年も奮闘してきましたが、最高級の頭脳を持つ人間を送り込んでも、最新の人工知能を投入しても、今のところ、このたった1問が解ける気配はありません。まったく、とんでもない難問を見つけてしまったものです。将来その『解答』を人類が手にする日は、来るのでしょうか?」

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