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他人を信じたいけど信じられない人生と、その傍らにあった少女漫画について 人魚と詐欺師とスリの冒険譚『パールガーデン』が示す希望

打ちのめされながら必死に生きている人へ。

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 少女漫画。それは多くの女性が出会い、ふれあい、どっぷりと浸かり、あるいは反発し、断絶を感じてきた、不思議な文化です。自分の物語を見つけられた人も居場所がなかった人もいますが、人生のどこかで一度はすれ違うものではないかと思います。

 今回ねとらぼGirlSideでは、連載企画『少女漫画を語ろう』を立ち上げました。少女漫画について語る言葉が、この世にはまだ少なすぎるように思われたからです。さまざまな人たちに、自分の人生と交差した少女漫画、そして少女漫画と交差した自分の人生について、漫画と文章で語っていただきます。

 第2回は、漫画家の山内尚さんです。中学時代に少女漫画を貸してくれた友達との「胸がきゅうっとする」経験についての漫画と、山内さんにとっての名作漫画について語るエッセイを、一緒にお送りします。

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書いた人:山内尚

 犬を愛する漫画家。読み切り「帰る家」(ミステリーボニータ2019年1月号掲載)で第4回ロイヤル少女まんが賞入選。「わたしの歯」でアフタヌーン四季賞2018年秋で佳作を受賞。「エレガンスイブ」(秋田書店)2020年6月号から「クイーン舶来雑貨店のおやつ」を連載中。

Twitter:@yamauchinao

少女漫画を語る漫画「胸がきゅうっとする」

 お金もなく、漫画の情報収集も難しかった中学生のころは、よく友達から漫画を借りて読んでいました。お人形さんのようなちょっと浮世離れした友達が「この漫画読むとね、胸がきゅうっとするの……」と言って渡してくれた筑波さくら『ペンギン革命』(白泉社)は印象深い漫画です。『ペンギン革命』を自分の本棚で見つけるたびに、「わ、私のほうがきゅうっとしたが……!?」とあの時を思い出します。

山内尚さんが語る少女漫画:萩岩睦美『パールガーデン』

 いま私の目の前に、萩岩睦美『パールガーデン』(朝日新聞出版)という漫画があります。祖母が今際の際に言い残した言葉を胸に、自分の父親が暮らすというデンマークへ行くことを決意した人魚の少女・ピア、ピアから王子様だと誤解されたままロンドンを経由してデンマークまで連れて行くと約束してしまった結婚詐欺師のグリーン、彼らとロンドンで出会い行動を共にすることになるスリ常習犯の少年・マルコの3人組が、さまざまな立場の人間に追われながらもピアの夢を叶えるために奔走する話です。

山内尚さんが描く『パールガーデン』の主人公3人組

人魚と結婚詐欺師

 人魚の話をしますね。人魚といえば海を住処に自由気ままに暮らし、伝わる話によってはしばしば人間を溺れされたり座礁させたりするために歌い、その肉は一口食べたなら不老不死を得ることができると人間のあいだで囁かれ、しばしば彼らは人間のことを迫害してくるものとして認識しており、同じ人魚が人間と親しくしたり懸想をしようものなら全力で引き離そうとする、そんな生き物として語られています。

 私は特に海中へ人間を引きずり込んで命を奪う人魚たちに憧れていて、小さい私はいつか人魚になってそんなお祭りに参加する自分を夢見たものでした。私にとっては、アンデルセン童話の「人魚姫」に出てくる人魚はあまりにも王子や他の人間に対してやさしすぎたし、ディズニーの「リトル・マーメイド」に出てくる人魚にも不満を持っていました。どうしてあんなつまらない王子のために地上に残ろうとするんだろう。王子が飼っている犬がふさふさの毛むくじゃらでかわいくて最高だから海に帰りたくないっていうなら分かるけど、犬とはきっと人魚のままでも仲良くできるし、早く王子なんて捨てちゃって年上のセクシーな蛸の魔女と一緒になりなよ、というようなことをぼんやりと考えていた記憶がうっすらとあります。

『パールガーデン』前編(Amazonより)

 『パールガーデン』のピアは、ずっとオーストラリア沖の海で暮らしていたため人間の暮らしぶりには疎く、序盤は他者を疑うことを知らない人魚の子どもとして描かれています。もしピアがグリーンを王子様だと信じて疑わないまま、そしてグリーンも王子様を演じたまま終わる話だったならば、私は「リトル・マーメイド」と同じように「そんなつまらない男なんて捨てちゃってさ……」と言いながらこの漫画を閉じて、自分の世界に戻ったでしょう。

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 しかしピアはグリーンのことを「王子様」と呼び慕うものの、最初にピアが思い浮かべた「王子様」と実際のグリーンとはどうやら少し違う人間なのだと、話が進んでいくなかでいろいろなかたちで語られていきます。ピアと一緒に過ごすのは、つまらない王子様ではなく、人間たちのなかでじたばたともがき苦しみながら生きているグリーンという結婚詐欺師なのです。それにピアもまたなかなかに強情ですてきな女の子だと分かってきました。それはそれはなんと、最後まで様子を見なくちゃいけません。

 どうやら私はお話のなかに出てくる「結婚詐欺をやっている男」がなかなかに好みで、出てくるとどんなジャンルの作品であれ心惹かれてしまうらしいのです。普段の生活でさんざん「女は結婚すれば大丈夫なんだからいいよな」とかそれに類する言葉を聞いている身からすると、あらゆる手を尽くして女性の関心を惹いてお金を得て暮らしていこうとする男性の存在が、とても無力で馬鹿げていて愛おしいように思えてくるからです。「結婚すれば大丈夫なんだからいい」わけないでしょう、ねえ。そんなことを目的にして誰かと過ごすのって大変だよね。もっと苦しんでくれたら私も君を好きになれるかもしれないな、と考えながらページをめくり、めくり、めくり、そしていつしか私は『パールガーデン』の世界に頭の先までずぶりと浸かってしまっていたのでした。なんてことでしょう。

 『パールガーデン』では、他人を信じられないものたちが、自分の思う幸せとともに生き延びるために、頼りない希望の糸を切れないように必死で手繰り寄せながら息をしているのです。そんなの応援しないでいられようか。「もっと苦しんでくれたら」なんてもう言わないから早くみんな幸せになってくれ、と、嗚咽を漏らしながらページを次々めくることしかできなくなり、自分の世界に戻ろうなんて気持ちはすでにどこかに飛んでしまっています。

『パールガーデン』後編(Amazonより)

他者を信じる希望を、他者へ渡していく

 人間のことが信じられなくてどうしようもないときってあるじゃないですか。普段は深いところに沈めたことにして見てみぬふりをしていても、ふとした瞬間にぶわりと広がってまとわりついてくるやつら。単純な生命活動、息を吸って吐いて物を食べて身体を動かす上では別に他人を信じる必要はないのですが、「生きる」となると、私にはどうにも他人を信じることが必要らしいです。

 ここで「人間のことが信じられない」ってなんだろうと立ち止まってみるわけですが、たぶん「人間不信」とは、自分の中にあるいちばんひりつくことを相手に笑われたり気味悪がられたり無視されたりするだろうという確信なんじゃないかしらと考えています。その確信は残念ながら正解のときも、嬉しいことに間違っているときもあるものです。この人は信じて大丈夫だろうか、心を預けられるだろうか。他者と出会うとき、このような信頼についての希望と不安はいつもつきまといます。

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 私はふだん漫画を描いてお金をもらっているのですが、私が描くものは心を預けても大丈夫だと確信できる相手と出会ったり、そうしていくための一歩を踏み出す力を誰かにもらう話であることがよくあります。誰かを信じてもいいかもしれないという希望が描かれたものを読みふけり、自分の手によっても描くまでしてしつこく追い求めるのは、現実において人間を信じ続けるということがやはりとても難しいことだからなのでしょう。

 でも、もしもお話のなかであっても、他者を信じる希望を真珠の粒ほどでも見つけられたなら、私はその希望を現実で生きる人へと渡せるような気がします。それは私にとって、生きるために必要なことのひとつです。この文章を書くにあたって「少女漫画」というものが指し示すものがあまりにも広大すぎるために、幾日もなにをどうやって書くべきか悩み続けたのですが、私の愛する少女漫画たちはおそらくそういうものの周囲にぷかぷかと漂っています。

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