推しがマイナーなオタク女の苦悩を漫画に 『しもべ先生の尊い生活』作者が語る「好きすぎてつらい」の感情(1/2 ページ)
講談社より電子版限定で販売中のオタク女子漫画。制作の裏側を漫画付きでお届けします。
『げんしけん』『となりの801ちゃん』『ヲタクに恋は難しい』――“オタク女子”をフィーチャーしたマンガは、枚挙にいとまがありません。その中でもひときわ異彩を放つ作品が、先日刊行されました。それが『しもべ先生の尊い生活』(少年マガジンエッジ)。主人公である下辺紅子(しもべ・こうこ)は、至って真面目に働く美術教師。憂いを帯びた美女である下辺先生に、生徒たちは興味津々。寡黙に考え事をしている下辺先生を見ては「遠距離恋愛の彼氏がいるらしい」などとウワサしています。
しかし……下辺先生の実際の想い人は二次元の女性キャラ、ベアトリクス様。彼女をひたすら愛し、ふとしたことで萌えまくっているのが、下辺先生の素顔なのでした。そんな女オタクを描いた作者の我妻命(あがつま・みこと)さんにインタビュー。作品が生まれた経緯や、ご自身の「萌え」について伺いました。
「Twitterで書いてることを作品にしてよ」と言われ
――下辺先生面白かったです。オタクを題材にしたマンガのなかでも「女キャラをひたすら愛しぬくオタク女」かつ「マイナーゆえの苦悩と闘うオタク女」(※)を主人公にしているのが相当異例だと思うのですが、発想の経緯を教えてください。
※しもべ先生は女性キャラを推しているだけでなく、男女CP志向であるために、肩身が狭い思いをしているという設定
我妻命(以下、我妻):発想というか……2016年のコミティアの出張編集部に、全然別の読み切りのネームを持っていったんですね。魔法少女がひどい目にあうという内容でした。そこで隅谷さん(担当編集)が対応してくれたんですが、打ち合わせしていくうちに「我妻さんがTwitterとかで吐き出している萌えをそのまま作品にしましょうよ」と言われて。もともとシリアスなファンタジー寄りのネームを持っていったのに、いつのまにか「しもべ先生」が生まれていました。
――まさかの展開! ということは我妻さんご自身が「女キャラをひたすら愛しぬくオタク女」かつ「マイナーゆえの苦悩との闘うオタク女」だったんですね……。
我妻:「絶対やだ!」と思ったんですよ。ギャグも描いたことなかったし、自分の生の感情を描くなんてもってのほかだし。連載を始めてからも、しばらくずっと恥ずかしさのハードルを越えられなかった。
――隅谷さんとしては、どういう思いで提案したんでしょう?
担当編集・隅谷(すみや):最初にネームをいただいたときは「とても画力のある、絵の美しい方だな」と思いました。ストーリーに関しては、一緒に練っていく余地があるなと思って打ち合わせを重ねたのですが、我妻さん自身も「何が描きたいか」がまだ定まってないようでした。そんなときにTwitterを拝見したら、とにかくとてつもない情熱と言葉のセンスで「好き!」を叫んでるじゃないですか。これを是非作品に生かしたいと思ったんです。
――確かに最近のツイートでも「とむふぉーどで4DX」という、とにかくパッションの伝わってくる内容が書かれています。これは……?
我妻:あまりにも恥ずかしいのですが、恥をしのんで説明しますと、現在3次元で推している方の香水が「TOM FORD」のものだと判明しまして、同じ香りのものをお店に買いに行って、つけてみて、「推しが目の前にいる!」とものすごい幸せに包まれた日のツイートですね。
――解説ありがとうございます(笑)。我妻さんの言語センスと、1人妄想を深めていくストイックさが、下辺先生にも反映されていることが伝わってきました。第1話で新しい学校に赴任してきた下辺先生が、ずっと脳内でベアトリクス様の乳首のことを考えている……というネタも面白かったです。
隅谷:あれも我妻さんご自身の話ですよね。
――そうなんですか!?
我妻:そうです……。「キャラクターのどこが見たいか」ってオタクには人それぞれありますよね? 私、男性キャラの乳首に関しては気にならないんですけど、女性キャラだとずっと乳首のことを考えてしまって。
――わからなくはないです。
我妻:初めのネームでは小ネタとして描いていたんですが、隅谷さんから「これ面白いからこのネタをしっかり描こう」と言われ、第1話ができました。同人時代はずっとシリアスな話を描いたのもあり、「これ笑ってもらえるのかな」「読者の方に楽しんでいただけたらいいな」という点にすごく気を使いながら描きました。
「この人はダメなままのほうがいい」
――下辺先生のキャラはパッと生まれたんでしょうか?
隅谷:ぼくが口を出してキャラをつくるというのはほとんどやってないですよね。「どういう立ち位置だったら面白くなるか」の話はしましたが、我妻さんが「こういうキャラだ」と思ったらそれが正解なので、そこはおまかせしました。
我妻:職業については、ギャップ狙いで「生徒会長」もいいんじゃないかとかも話しましたよね。結局、私のなかで「ずっと自分の好きなことを考えて暮らしている」人のイメージとして、学校でお世話になった美術の先生がいたので、それを生かして「美術教師」になりました。ちなみに初期は、「しもべ先生」は“下辺先生が改心する話”にしないといけないと思っていて、そこはかなり悩みました。
――「改心」というと……?
我妻:マンガの主人公っていうのは何かを成し遂げる存在だと思っていたので、下辺先生も誰かと出会って「現状じゃダメだ」と思わないとダメだという先入観があったんですね。1話もそういう方向性で描いていたのですが、隅谷さんから「この人はダメなままのほうがいい」と言われて、今の下辺先生になりました。
――下辺先生はその結果として、「推しへの愛を伝えるために同人活動を始める」キャラになったわけで、それはすごくすてきな方向転換だったと思います。そういえば、下辺先生の名前の由来はありますか?
我妻:「下辺」はそのまま「ベアトリクス様の下僕(しもべ)」ということで、「紅子」は……燃え上がってるイメージです。
――なるほど(笑)。我妻さんご自身は、昔からずっとマイナージャンルやマイナーキャラに燃え上がっちゃうタイプなんですか?
我妻:全然そうじゃないんです。隅谷さんとちょうど知り合ったタイミングでハマり始めたジャンルが初めて、本当に小さい規模のもので。数年前までは人口も多い、王道ジャンルの王道キャラにハマっていたからこそ、落差で心をやられていました。
――急に落ちたからこそ、つらさが際立ったんですね。「しもべ先生」でも、下辺先生が初めてベアトリクス様の同人誌を探してオンリーイベントに参加したときの描写が、本当に胸にきました。
我妻:私がそのマイナーキャラにハマった時点では「そこまで人気キャラではないだろうけど、さすがにオンリーワンではないだろう」と思ってましたからね。
――え、オンリーワンだったんですか?
我妻:数年さかのぼると、中国の方が本を出していたのはわかったのですが、その時点で活動しているサークルはほぼなくて。2、3人描いてくださる方はいたけど、だんだん散ってしまって、最後には私1人に……。そのキャラのことを好きで好きで好きだからこそ、本当につらかった。夜な夜な日記に「好きすぎてつらい」「世界でも滅亡しないとこの気持ちに釣り合わないかもしれない」とか書いてました。
同人誌は「ここにいるよ」と伝えるための手段
――下辺先生のキャラクターは、我妻さんご自身のパーソナリティとは完全に一致してるんですか?
我妻:そんなことは全くありません(笑)。読者の方に応援していただけるよう、良い子になるように心掛けてましたね。私は、何というか呪詛を集めてしまいがちな人間なので。
――呪詛……。
我妻:負の感情がドバっと出てしまう人間なんですよね。日記を書くにしても悪いことは詳細に残しておくんだけど、良いことは書かなくていいと思っちゃう。なんだか「もののけ姫」の「たたり神」みたいだな自分……って思って、「しもべ先生」の作業中はずっと「たたり神」のBGMを聞いていた……。
――我妻さんの普段の生活を「しもべ先生」に落とし込むうえで、ストーリー作りはどうやって進めたんでしょうか?
隅谷:1話1話が短いので毎回「下辺先生がなにをするのか」を話して、それを我妻さんにネームに落とし込んでいただく形でしたね。僕の方では「下辺先生が池袋に行ったら?」「下辺先生がオンリーイベントに行ったら?」という問いを投げるだけです。
――そこから我妻さんがプロットを?
我妻:私、実はプロットを書くのが苦手で……。文字で考えるよりも、絵として考えたほうが思考が進むんです。無理して書いていた時期もありましたが、「しもべ先生」では最初からネームを出していました。これは描き下ろしで描いた、しもべ先生が初めてイベントにサークル参加するときのエピソードのネームですね。
――この時点でめちゃくちゃきちんと描きこまれている! ネームまではアナログなんですか?
我妻:連載初期は、ペン入れまでアナログで、原稿をスキャンしてその後の作業をデジタルで行っていました。途中からオールデジタルに切り替えました。「CLIP STUDIO」を使っています。
――隅谷さんからは原稿に対してどういった指摘を入れたんでしょう。
隅谷:「わかりやすいように」「前提がわかるように」など、過不足なく情報を入れていただくようにはお願いしましたね。でも後半はそんなに入れなかったと思います。
我妻:ちょっと作品の方向性を巡って険悪になった時期があって、連載の最後あんまり連絡とってなかったのもあります(笑)。ただ、後半にいくにつれて自分でも納得いくネームが出せるようになったのも事実ですね。納得いっているネームには赤が入らない!
――それはさっき言っていた「恥ずかしさのハードル」を越えたタイミングと同じくらいでしょうか。
我妻:そうだと思います。単行本だと順番が入れ替わっての収録になっているので、時期があいまいな部分もあるのですが、「しもべ先生と池袋」を描いたあたりから、迷わなくなってきました。
――言われてみると、確かにエンジンかかってきてますよね。特に気に入っているというエピソードはありますか?
我妻:オンリーイベントに参加した下辺先生の同人誌が全く売れなくて、閉会間際にまわりの声がやたら鮮明に聞こえてくる……というシーンですね。嫌なことばかり記憶してしまう自分の性格が役にたちました(笑)。
――あそこは『しもべ先生』のなかでも涙なしには読めないシーンでした。下辺先生は、あそこで心が折れなくてすごい。
我妻:「ここにいるよ」っていう気持ちをちょっとでも表現したくて同人誌を描いたんだと思うので、まだ頑張るはずです。
――しもべ先生が同人道をつきすすんでいくところ、もっと見守りたかったです。
我妻:私ももう少し描きたかったですよ! 作中でベアトリクス様たちの舞台化が発表されましたが、もう少し続きを描いていいなら、下辺先生が実際に舞台に行くエピソードも描きたかったです。きっとフラワースタンド出しただろうし、すごく楽しんだ帰り道で「でも、あのキャラの解釈……あのセリフ必要だったかな……」とか、「運営」の力の働き加減にモヤモヤしたりとかして。
――読みたかった!
「神風怪盗ジャンヌ」に魅了されて
――隅谷さんもお話していましたが、我妻さんの絵は本当に繊細で美麗ですよね。憧れの作家さんなどはいらっしゃるんですか?
我妻:子供のころから種村有菜先生の大ファンで。『神風怪盗ジャンヌ』などを見ながら、一生懸命練習していました。画集なんて、何百回読んだかわからないです。日下部まろんちゃん、本当に好きな女の子です。
――強くてかっこよくて美しい女の子が出てくるコンテンツが好きなんですか?
我妻:女の子が頑張って生きている姿は好きですね。最近、ストリップの踊り子さんに一目惚れして、通うようになりました。その推しがある公演でつけてたのがTOM FORDの香水なんです。
――いいな〜!
我妻:あと、ドラマだとHuluの「ハンドメイズ・テイル」(※)にめちゃくちゃハマっていて。
※:マーガレット・アトウッドのディストピア小説『侍女の物語』を原作としたドラマ。出生率の激減により、女性が支配階級の子供を産むための「侍女」とされた近未来を描く
――ものすごく重いドラマの名前出てきた……。確かに女の子が頑張って生きる話ではあるのか。
我妻:普段生きていたら聞かないような話を深く掘り下げていく番組とかも好きですね。「ねほりんぱほりん」(※)、いっつも見てました。
※:NHK Eテレで放映されているトークバラエティ番組。顔出しNGの訳ありゲストから、YOUと山里亮太がねほりはほり裏事情を聞き出す
――「ねほりんぱほりん」も、確かにがむしゃらに頑張ってる女が出てきますね(笑)。でも我妻さんは推しキャラが男性のときもあるんですよね?
我妻:自分としては、たまたま男の子が好きなときとたまたま女の子が好きなときがあるという認識です。「好きな男の子いないの?」とかの言葉は少し違和感もあります。
――下辺先生も、ベアトリクス様が女子だから好きなわけではない?
我妻:そうですね。あくまで「好きな存在」として描いています。
――下辺先生は、ベアトリクス様に対してどういう気持ちなんでしょう? 夢女子なのか何なのか……。
我妻:「自分は壁や空気でいたい」人ですね。近くにいるけれど、ベアトリクス様の視界に入りたくはない。そして、ベアトリクス様を支えてくれるような人間が彼女のそばにいたらいいと思ってます。いつでもベアトリクス様の幸せを願っているので。
――下辺先生の祈りがベアトリクス様に届いていたら、読んでいる私達も励まされます。我妻さんがこれから描いてみたい作品の構想はありますか?
我妻:個人的に書きためているものなどはありますね。下辺先生もまだまだ続きを描きたい気持ちは持っていますし、これからも、楽しく描けるマンガを世に出せたらいいなと思います。
――下辺先生のことも、我妻さんのことも、今後も応援しています!
(おわり)
出張掲載:しもべ先生と池袋
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