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日常の不可解さをよく噛んで味わう“新しい女子校漫画” 和山やま『女の園の星』が謎だけど面白い理由(1/2 ページ)

【1話試し読みつき】好きな人は絶対好きな、女子校日常コメディです。

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新しい女子校漫画

 派手な作品ではありません。世間を揺るがす大事件も、斬新な世界観設定も、ドラマティックな人間関係も登場しません。なのに、とても新鮮に面白く、つい声を上げて笑ってしまう。それが和山やま『女の園の星』(祥伝社)です。

 『女の園の星』の「星」とは、とある女子校の無表情で陰気な現国教師・星先生のことです。星先生はいつもどんよりとした目もとにうっすらとくまをたたえ、常に同じスタンドカラーのシャツを着ています。一部の生徒からはなみなみならぬ関心の対象とされていますが、だいたいの生徒からは覇気がない地味な先生として雑に認識されているようです。同作は星先生を主人公に、生徒たち、星先生の同僚・小林先生など、女子校をとりまく人たちの日常を描いています。

 筆者は女子校出身ですが、インターネットでしばしばネタにされている女子校像は、ノリのよさ、仲の良さといった明るい部分が強調されすぎる傾向にあるように感じています。「変顔に全力」「球技大会が異常に盛り上がる」「おじいちゃん先生が人気者になる」といったよく見かける「あるある」は、確かにあることなのですが、「それは輪に混じれる側の人から見た話なんだよな……」「女子校ってそれだけじゃないよな……」という疎外感を、どうにも感じずにいられません。

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 『女の園の星』で描かれる女子校の日常は、そのような一面的な女子校像とはまったく違います。同作は「明るい人たち」に偏らずに、絶妙に「ある」場面を、ちょっと多すぎるぐらいの情報量で切り取るのです。「女子校にはいろいろな人がいる」というごく当たり前のことが、さまざまな形で伝わってきます。

 例えば第1話は、放課後の教室でひとり居眠りをしている香川さんという生徒が、クラスメイトに起こされるシーンから始まります。香川さんはローファーを脱ぎ、靴下を半分脱いだ状態で無防備に眠っており、クラスメイトはそれを「香~川さん」と言いながら髪の毛を持ち上げて起こします。

 それだけで、まず香川さんが全く几帳面ではないこと、そしてクラス内では、他人の髪を勝手に触ってくるタイプのクラスメイト――個人的な経験から言うと、「明るい人」です――から「さん」付けで呼ばれるぐらいの位置にいることがわかるのです。さらにほかの話に書き込まれた香川さんの姿を追いかけていくと、香川さんが夏でもずっと長袖シャツを愛用していることが見えてきます。この点も個人的には「そういうやついた!」と思わされるポイントでした。

香川さんの寝相

 主人公である星先生も、例えば職員室でファンシーなクマ柄のコップを愛用していたり、居酒屋で酒を飲む際にジョッキの底にハンカチを当てていたり、隣の小林先生に比べてデスクがやけに整とんされていたりと、星先生の癖や性格を伝える要素がそこかしこに出てくるのです。読者は思わず1コマ1コマ立ち止まり、誰がどんな仕草をしているのか確認したくなってしまいます。このような細かさが、「人がそこにいる」という感覚を喚起するのです。

 同作の女子校像が立体的なのは、話に関与しない人物ひとりひとりの佇まいまで丁寧に描く和山やまさんの絵の力でもあり、生徒ではなく教師にフォーカスする物語設計も影響しているのでしょう。そして同時に、和山やま作品らしい距離感と温度感のおかげであるとも思います。

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ハンカチを当てながらジョッキをあおる星先生

ドタバタしないコメディ

 『女の園の星』はドライな漫画です。おそらく同じ題材について、もっと登場人物の気持ちや主観をデフォルメして劇的に描き、「ドタバタコメディ」にすることも可能なのではないかと思います。しかし作者の筆致は、定点カメラのような静けさと距離感を常に欠かしません。言ってしまえば「ドタバタしないコメディ」なのです。少し離れた場所からじっと対象の動きを見つめ、一見どうでもよさそうな言葉や行動を冷静に拾い続ける。この姿勢によって、女子校の日常が内輪的な空気を形成しないまま、気持ちのいい不可解さのある風景として立ち上がってきます。

 例えば第4話は、小林先生が陰で生徒から「ポロシャツアンバサダー」と呼ばれていることが発覚するシーンから始まります。いつもポロシャツを着ているから、という理由だけで決まったむごいあだ名です。この名前が生徒の間で小林先生をいじる会話が盛り上がった結果生じたものであることは想像に難くないですし、その会話は実際面白そうですが、同作にポロシャツアンバサダーの命名過程が出てくることはありません。いつのまにか存在している「よくわからない現実」として、そのまま描かれるのです。

ポロシャツアンバサダーになってしまった

 この「よくわからない現実」をそのまま丁寧に咀嚼(そしゃく)するような手つきは、もっとこまごまとした場面にも見えています。キャスター付きの椅子に腰かけようとした小林先生が、勢いをつけすぎて椅子に座ったまま滑っていき、背後の戸棚にぶつかって静止するシーンや、星先生が考えごとをしながらじっとコピー機を見つめるシーンなど、本当にどうでもいいのに何度も見返したくなってしまう仕草がいくつも出てくるのです。

 誰の意思があるわけでもなく、なんとなくの流れやその場の雰囲気、まったくの偶然などが積み重なって生じる「日常」の丁寧な抜粋が、『女の園の星』の最大の魅力であると言えます。

勢いあまった
コピー機を見つめながら考える星先生

和山やまワールドの広がり

 もっともこの姿勢は、和山やまの単行本デビュー作『夢中さ、きみに。』(KADOKAWA)にも通底しているものです。こちらは主に男子校の日常を描いており、授業中に『クマに遭遇したら』というタイトルの本をこっそり読む謎の同級生・林くんをめぐる事件や、関わると呪われると噂の暗い同級生・二階堂とのスクールライフなど、さまざまな人間模様が描かれます。なお同作は、第24回手塚治虫文化賞の短編賞、そして第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門の新人賞を受賞しています。

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 単行本化されている和山やま作品は、現在この『夢中さ、きみに。』(全1巻)と『女の園の星』(既刊1巻、以下続刊)の2作のみです。好きな人は絶対に好きな作品だと思います。あなたも星先生のいる職員室を、少しのぞいてみてはいかがでしょうか。

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