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「大学1年生の恋愛」の生々しい質感が刺さる 青春ガールズラブ漫画『付き合ってあげてもいいかな』のリアル(1/3 ページ)

18歳の生々しいエネルギー。【1話試し読みあり】

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「大学生の恋愛」

 「うっわ、こういう子いたわ!」……コミックアプリ「マンガワン」で連載中のガールズラブ漫画『付き合ってあげてもいいかな』(たみふる著/小学館)を読んで最初に感じたのは、「質感」に対する恐怖に近い感情であった。

 今作は主人公の大学生カップル・みわと冴子の恋愛を描く青春物語だ。みわは奥手でおとなしく、一人で考え込むタイプである。服装はどことなく身構えたような赤文字系ファッションである。高校時代に女性の先輩に片思いしていたが、関係が壊れるのを恐れて思いを告げることまではできなかった。

 冴子はみわとは逆に、性別関係なく距離の近いコミュニケーションを積極的に取れる女の子だ。バンドTやジーンズなど、ライブハウスがよく似合う格好を好む。その一方で、過去には「普通」になるために男の人と付き合った経験を持つなど、女の子も含めて恋愛がうまくいった試しはなかった。

付き合ってあげてもいいかな
『付き合ってあげてもいいかな』1巻(たみふる/小学館)。左がみわ、右が冴子

 2人は本当にありふれた出会いを遂げた。入ったばかりの大学で、新入生同士として、不意に出会ったのだ。友達になった2人は、これまたありふれたきっかけ――軽音楽サークルの新入生歓迎会で、お酒を飲んでオープンな気持ちになった――から、お互いが「女の子が好きな女の子」であると知る。

付き合ってあげてもいいかな
みわが好きなのは女の子。「私の中では女の人を好きなのが当たり前で…」だから飲み会での「どんな男がタイプ?」という質問がちょっと苦しい
付き合ってあげてもいいかな
2人きりの飲み会帰り、冴子の言葉にみわは驚きます

 ここから「あの子好きな人いるのかな」「好き、だけどやっぱり気持ちを伝えられない」がうずうずと続くのか? いや、『付き合ってあげてもいいかな』はそうならない。タイトルを見よ。何といっても「付き合ってあげてもいいかな」なのである。「付き合ってあげてもいい」のだ。冴子は「せっかくだからあたしたち、付き合ってみない?」という。みわは「付き合ってあげてもいい」という。2人は付き合い始める。

18歳のエネルギー

 大学生、最高の時期であり最低の時期だ。若い。エネルギーがみなぎっている。行動力は大人とほとんど同じだけ持っている。自分のお金もある程度持っている。時間も作れる。これから何をしようか、みな多かれ少なかれうずいている。夜遊びしようが授業をフケようが気持ち1つで暴走しようが思いのまま、好きなだけ堕落できる。そんな季節に出会ってしまって、告白してしまって、OKしてしまって、こんなの、こんなの何だってできてしまうじゃないか! みわも冴子もお互いに興味津々だった。あなたのことがもっと知りたい!

 今作の最大の魅力は「大学生の恋愛」のリアルにすさまじい熱量で取り組んでいる点だ。ああ、本当にこの子たち何でもできるじゃん、とうらやましく思ってしまう自分に気づいてハッとするぐらい、登場人物が自分の未来に対して抱いている期待が生々しいのだ。18歳の人間特有の浮ついたパワーが、怖いくらい充満している。自分が大学生だった頃、こういうエネルギーと確かにすれちがっていた。そしてこの青々した力が、冒頭のモノローグに直結している――〈女の人が好き。女の人と付き合いたい。想いが叶ってしまった今、人生が楽しくってしょうがない〉

 願いを叶えた2人は、お腹の底がふわふわするようなハッピーなムードは保持しつつ、恋人同士としてのドタバタを乗り越えることになるのだ。リアルであるがゆえに、「こんなの最強じゃん」と言いたくなるような2人の恋愛が大人の心臓をギュッと詰まらせる。それがもう……気持ちよく、怖い!

周囲の人々と冴子の葛藤

 みわと冴子を取り巻く人たちも魅力的だ。一緒にバンドを組むことになるボーカルのみっくん、ギターのルチャ、ドラムの鶴田くんは、当初ルックスのよいみわに興味津々であったが、2人の恋愛を知ると素直に祝福するようになる。華麗な男性遍歴をけろりと表明するおしゃべりな金髪美少女・リカちゃん(一人称も「リカちゃん」である)や、リカちゃんのストッパーでありみんなのよき相談役・うっしーも、みわと冴子がうまくいくように応援してくれた。

 特にみっくんへのカミングアウトのシーンはとても印象深い。冴子はみっくんに「みわと付き合っている」と明かしたのち、「キモいとか、ありえないとか、生理的に無理とか」思わないのかと怒鳴る。冴子は自分が理解されるわけがないだろうと思っていたのだ。

 しかしみっくんはそれを聞き、「俺、お前にそんなこと思わなきゃいけないわけ?」「まあ、心配すんなって! 俺は味方だから!」と言って冴子の肩を叩いた。思いもよらない反応だった。全力で叩くなよ、と文句を垂れつつ、冴子の眼には涙が浮かぶ。中学のころ女の子との交際をアウティング(その人のセクシュアリティを同意なく勝手にばらすこと)され、恋人がつらい目にあった経験を持つ冴子は、みっくんの率直な肯定に救われたのだった。

付き合ってあげてもいいかな
みっくんのストレートな言葉に救われる冴子
付き合ってあげてもいいかな
みっくんに受け入れられたことで、2人はサークルメンバーに付き合っていると明かすことを決めました

 こうしてみわと冴子は周囲にすんなり受け入れられる。ただその「すんなり受け入れる」ことの裏側には、もろもろの無自覚な好奇心があり、読者としてはちょっと苦しい。冴子は周囲から何度か「女同士ってどうやってセックスすんの?」と聞かれるのだ。男女カップルならば、付き合っているとわかった瞬間に「どんなセックスすんの」とは聞かれないだろう。冴子はそのたびに言いづらそうに説明したり、あるいは「察して!!」と返したりする。

 2巻以降では、男子メンバーたちがみわと冴子についてとまどい、悩んでいたことが明かされていく。みわと冴子をどう受け入れればよいのか、自分はちゃんと受け入れられているのか。バンドメンバーは他者と向き合い始めたばかりだ。

エンパワーメント

 作者のたみふる先生は、1巻発売時のポップに以下のコメントを寄せている。

「勢いでなんとなく付き合っちゃうことや、同性と付き合うこと、女の子の性欲に関すること。一般的にダメだと思われたり、語ってはいけないと思われたりしがちなことを、何でもないことのようにサラッと肯定的に描くことで、ちょっとでもポジティブな気持ちになってくれる人がいるのなら、この作品を描く意味があるのかなと思っています」

 若い世代ほど同性愛に対する偏見は薄まる傾向にあるものの(日本労働組合総連合会「LGBTに関する職場の実態調査」参照)、いまだに性的マイノリティへの差別は社会の中に温存されている。性に関する語りの中で、女の子の性欲がなかったことにされる場面も少なくない。『付き合ってあげてもいいかな』は社会問題そのものではなく「リアルな大学生の恋愛」にフォーカスし、2人のラブやセックスを肯定することで、これら現実の苦痛を乗り越えるステップを作り出した。みわと冴子が「女の子と付き合ってキスしてエッチなことをする人生」を満喫することは、間違いなく苦境にある人へのエンパワーメントだ。

 『付き合ってあげてもいいかな』は2019年1月にコミックス1巻が発売されたばかり、2巻は6月12日発売予定だ。みわと冴子の恋路はまだまだ前途多難である。「どうか2人のラブができるだけハッピーなまま続きますように」と祈らずにはいられない。そして多分、この祈りは叶う気がする。

『付き合ってもいいかな』1話出張掲載

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