オタクの夢「オタク仲間とルームシェア」を叶えた“先輩”の記録 『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』が参考になる(2/2 ページ)
「いつかオタク仲間と暮らしたい」、そんな夢を見たことがある人へ。【試し読みあり】
オタク女子が、4人で暮らしてみたら。(試し読み)
はじめに
2020年、夏。平日のある蒸し暑い夜、私は自宅のリビングで肉が焼けるのを見ていた。焼いているのは同居人たちだ。なぜ平日に自宅焼き肉が行われているのか。理由は「『おそ松さん』第3期の放送が決定したから」だ。
同居人は3人。私も含めて全員30代、そして全員オタクの女性が4人、この家には暮らしている。大好きなアニメの新作がつくられる、その期待と不安に襲われた同居人たちが、「カロリーをとらないと、この事実を呑(の)み込めない」と、続々と肉とケーキを買って帰ってきた。「オタクと暮らしてないと、こういうイベントは発生しないな~」と思いながら、焼ける肉を見てる。
このルームシェアは、昨年の頭から始まった。
オタクの定義はいろいろあるが、ここでは「なんらかの“推し文化”に片足、いや両足を突っ込んでいる人間」くらいの意味合いだ。たとえば先述のように、好きなアニメの新作放送の報に肉を焼く人間も「オタク」だし、ソシャゲに入れ込んでいる人も「オタク」だし、三次元のアイドルオーディション番組に情緒を乱されている人も「オタク」だし、近年ではロックバンドのファンも消費の仕方によっては、「オタク」とくくられることが増えた。私自身、ヴィジュアル系バンドのファンをかれこれ四半世紀以上やっている。
私も同居人のみんなも深夜アニメの放送を毎週楽しみに待っていたり、マンガを一気に全巻読破してみたり、ソシャゲのガチャに一喜一憂したり、やたらと観劇に行ったり、ライブやコンサートではしゃいだりと、家の中でも外でも忙しくしている。オタクはコンプリート欲が強い。趣味が増えるとモノが増える。推しは無限に増やすことができるけれど、東京の土地は有限で家賃は高いし、年収はそう簡単に増えてはくれない。そもそもライブ遠征などで家を空ける時間が多いのに、オタクグッズ置き場と化した部屋にバカ高い家賃を払うのは無駄な気すらする。
だったら、同じ悩みを抱える人間たちで集まって暮らして、生活コストを下げればいい。それが私がルームシェアを始めた理由のひとつだ。
ルームシェアやシェアハウスという暮らし方は、都市部ではある程度浸透しているように感じる。でもまだまだ若者同士のケースがほとんどで、世間的には、未婚・アラフォー・女性複数人の暮らしは珍しいのか、「どうなの?」と聞かれることは少なくない。
「どうなの?」の内容は、「同居のきっかけは?」「同居人はどんな人?」「ケンカはしないの?」「プライバシーは?」「お金の管理は?」「誰かが転勤したら?」「誰かに恋人ができたり結婚したりしたら?」くらいに分類できる。
そして、それと同じくらい、「私もやってみたい」という言葉をよくもらう。そこで、我々の生活で溜まった“知見”を何度かウェブメディアにエッセイとして寄稿したところ、反響が上々だったため、どうせならまとめてみましょう、というのが本書の試みだ。
我々4人は、さきほど述べた通り、生活コストを下げたいという目的のもとに集まった。1年半以上暮らしてみて、思っていたよりトラブルは少なく、ケンカも起きてない。私はフリーランスのライター、そしてほかの同居人は私と同じくフリーランスの服飾作家だったり、堅めの企業勤めだったりと、わりと生活サイクルはバラバラなものの、先述のように突発的に焼き肉イベントが発生するなど、なんだかんだで楽しくやっている。新型コロナウイルス感染症問題で揺れる社会の中でも、「つつがなく」という言葉がピッタリの暮らしぶりだ。
血縁で結ばれた家族や、愛情で結ばれたパートナーでなく、趣味の傾向と利害関係が一致した友人同士でも、なんとな~く暮らしていけるというケースは、高齢化だったり非婚化だったり、なにかと課題の多い今後の社会において、希望の持てる話になるんじゃないかと思う。
ひとりで暮らしていると、わけもなく寂しくなったり不安になったりすることはある。それを解消する手段として、誰かと暮らす、たとえば同棲や結婚を考える人も多いだろう。もちろん、そうしたい人はそうするのがベストだけど、アラフォーが誰かと暮らすための選択肢は、結婚だけではないと思う。友人同士でのルームシェアも、結構快適で楽しいぞ、と言いたい。
ただ、誰にでも適用できる汎用性の高いハウツーではないとも思う。同居人の気質だったり、住んでいる地域だったり、物件事情などの「運要素」は大きい。とはいえ、前例がなくとも意外と頼めばなんとかなることも多かったし、ひとつの例として参考にしていただければ幸いだ。このご時世、個人情報に関わる部分は伏せていたりするけれど、家探しや契約の過程、生活スタイルに関してはだいたい現実に即している。では、我々のゆるい試行錯誤と戦いの記録が開演します(ここでブザーの音)。
アラフォー、夜泣きに至る
2年前の秋。JR沿線にある自宅マンションの一室で私は泣いていた。駅近という利便性にひかれて借りた部屋だけど、ついでに線路も近いため、深夜になっても電車の音が止まらない。普段はそこまで気にならないけど、この日は急な気温の変化のせいか、たいへんメンタルが落ちていたので、電車の通過音が体にガンガン響いてきて不快に感じる。涙は止まらない。これでは「夜泣き」である。さて、37歳独身女性がなぜ夜泣きを? メンタルの不調? その理由は? そもそも誰? 調べてみました!(トレンドブログ風)
◆肩が痛い
思えば、この年の3月に駅の階段からウッカリ転げ落ちて、肩の筋肉を痛めたところから人生にケチがつきはじめた気がする。最初の病院で「骨に異常がないから」と放り出されるも、あまり快方に向かわず、病院を転々としながらごまかしごまかし生活していた。だが、痛みは一向におさまらない。
痛めたのは利き腕ではなかったけれど、どうしても不便がつきまとうし、体のどこかがよくないと、不安が増すのは1人暮らしあるある。今痛いのは肩だけだけど、今後それ以外の箇所、たとえば足を悪くしてしまったりしたら、日常生活にさらに支障が出てくる可能性もある。そりゃあ「可能性」の話なのだけれど、当時の私はメンタル的にはかなりどん底で、悪い考えがどんどんわいて出てきた。「このまま体が動かなくなってしまったらどうしよう……」と、不安もどんどん広がっていってしまう。え~ん。
◆部屋がヤバい
このとき住んでいた1Kの部屋は約7畳。1人暮らしにありがちな広さだが、なにしろとにかくモノが多い。私の基本マインドは「ミーハーで雑食なオタク」。もともと大好きだったヴィジュアル系バンドに加えて、ソーシャルゲームやアニメ、マンガ、映画などさまざまなコンテンツにハマり続けて幾星霜。“趣味が高じた”系の仕事も多いので、「これはいつか、資料として使えるかもしれない」と、財布の紐も緩みがち。
専業ライターとしては多くはないはず……と言い訳しつつ、壁には高さ180センチのスチール本棚を3つ並べており、本やCDがぎっしりだった。突っ張り棒で地震対策はしているが、「大地震が来たら圧死するのでは?」という不安がぬぐえない。その上、つくりつけの食器棚にまでCDや本をつっこんでいる有様だった。部屋が散らかっていると、自ずと病んでくるものですわ。
◆パートナーと別れた
干支が一周するくらいの期間、一緒に住んでいたパートナーから前年末に別れを切り出された(遠い目)。原因、原因はなんだろうな~(さらに遠い目)。ロックバンドっぽくいうと「方向性の違い」か。同居解消に伴って急遽引越したのが前述の1Kだった。
◆お金が不安
好きでやっているとはいえ、フリーランスのライターは経済的に安定してるとは言い難い。それゆえに「将来どうしよう」という不安はつきまとう。しかも2人暮らしから1人暮らしになると、生活コストの上昇を感じざるを得ない。1人暮らしの部屋の家賃は1カ月8万5000円(共益費込)。あとから冷静になって「ちょっと高いな?」と気づく始末だった。
モノでいっぱいの部屋はとてもじゃないが仕事に集中できる環境ではない。というわけで、近所のシェアオフィス(月額2万5000円)を借りるはめに。家計を圧迫してくる固定費がじわじわとプレッシャーになっていた。
いかがでしたか? そう、これらが渾然一体となって、私の精神を追い詰めていく。結果として、アラフォーの夜泣きが炸裂したのだった。秋の夜は長い……。
逡巡したところで、「誰かに甘えずに、ちゃんと自立しましょう」となるだけだ。精神論で今の部屋が広くなるわけでも、モノが減るわけでも、収入が増えるわけでもない。堂々巡りの結果、夜泣きは止まったけれど、結局解決策は特にない。そのままぼんやりスマホでツイッターの画面をスクロールしていたところ、たまたま古い友人のつぶやきが目に入った。
服飾系のフリーランス業を営んでいる少し年下の彼女も、漠然とした将来の不安を吐露していた。わかる(わかる)。夜泣き(広い意味での)だよね。私もさっきまで夜泣きしてた。似たような悩みを記したツイートに、“わかり”の気持ちを込めて心のなかでそっと「いいね」を押そうとして(なんとなく実際に押すのは、同情してるととられかねないので止めた)、ハッ! と気づいた。
一緒に暮らすのは別に「好きな異性」や「家族」に限らなくてもいいじゃんか。社会でいう明確な名前のついた関係じゃなくても、ある程度気心の知れた相手と暮らせば「精神的不安の解消」「生活コストの削減」は達成できる可能性が高い。もともとの友人なら、「パターン4:再びパートナーを見つけて暮らす」より難易度も低いのでは? オッ、この選択肢めっちゃアリですやん! 天才か!?
時刻はすでに深夜1時を回っていたけれど、思いついた興奮のまま、即座にアプリをツイッターからLINEに切り替え、夜泣き(仮)していた友人へこう送信した。
「ねえねえ、オタクルームシェアしない?」
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