レビュー

「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」 推しの炎上や裏切りにあった人、宇佐見りん『推し、燃ゆ』を読んで感想を聞かせて(1/2 ページ)

推しを〈背骨〉にしてしまうとは、どういうことなのか?

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 〈推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。〉――宇佐見りんの『推し、燃ゆ』(河出書房新社)は、そんなざらついた一節から始まる。「推し」とは、芸能人や二次元キャラクターなど、応援していたりファンだったりする相手のこと。そんな特別な相手が、ある日スキャンダルで“炎上”する。


宇佐見りん『推し、燃ゆ』

 主人公は高校生の「あかり」。彼女の推しはアイドルグループ「まざま座」のメンバーとして活躍している「上野真幸」。あかりの高校生活も家族生活も、けしてうまくいっていない。でも推しを見ているとき、推しのことを考えているとき、あかりはなんとか生きていける。そんなあかりにとって推しは〈背骨〉なのだ。

 推しが生きている人間の場合、想定していない行動をとることがある。暴力をふるったり、差別や不適切発言をしたり、法に反したり、恋人や配偶者を公表したり(二次元キャラクターの場合も、連載中の作品では思わぬ変化を迎えることがある)。嫌いになれればそれでいい。でも、相手が〈背骨〉だったら……どうすればいいのだろう?

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 他人を自分の背骨にしてしまうとはどういうことなのか。自分の背骨が〈燃え〉たとき、どうすればいいのか。『推し、燃ゆ』のあかりは、推しへの巨大な感情の矢印と、自分の現実的な生活を持てあます。

推しは〈わたし〉を救わない(のか)

 いま、「推し」と「推していること」の周辺では、「オタク活動は〈わたし〉を直接的には救わない」と空気が生まれ始めているように思う。

 これは、「オタク活動によって人生が上向いている」という言説へのカウンターだ。推しがいるから元気になる、ポジティブになれる、人生が変わる。そういった明るい方向性のオタ活の在り方は、オタク(とりわけ女性オタク)への偏見を跳ね返そうという、これもまたカウンターではあった。なにかのカウンターは、いずれ“メジャー”になっていき、それへのカウンターがまた生まれる。この繰り返しだ。

 「オタクであること」をポジティブなアイデンティティとして引き受ける人がいる一方で、「オタクである自分」は単なる趣味やタグのひとつであると考える人もいる。私は年々後者に寄っている。現実の、毎日を暮らしている自分の身体には、「オタク」だけではなく、「性別」「出身地」「年齢」「家族構成」「職業」「経済事情」などさまざまなタグが張り付いていて、そのタグはどんどんふくらんで重くなっていく。「オタク」というだけでわかりあうこと、同じであると思うのは甘い夢に思える。

 あかりの暮らしは、「推していること」でポジティブな方向には向かわない。この話を「推しパワーで大変な人生を乗り越える話」だと思って読むともどかしささえ感じるかも。オタク的な話をしていると、すぐ「わかる」と言いたくなってしまうけれど、『推し、燃ゆ』のあかりに「わかる」なんて言葉を聞かれたら、「わたしの何をわかっているのか」と軽蔑されてしまう気がする。だって私の推しは炎上していないし、私の推しは私の背骨ではないから。

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 推しは私を救わない、でも推さずにはいられない。もしかしたら数年後に「救われた」と振り返れるかもしれない、でも今この瞬間はただ苦しい。『推し、燃ゆ』は、2020年の推しに関する空気を凝縮している。推しが燃えた人、推しに救われなかった人こそ読んでほしいし、感想を聞きたい作品だ。

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