連載

意味がわかると怖い話:「階下の男」(1/2 ページ)

足音をめぐるトラブル。

advertisement

 ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。

「階下の男」

 ある日の夕方、アパートの下の部屋の住人だという中年男が訪ねてきて、最近、足音がうるさいと言われた。

 もっとも「クレーム」という居丈高な感じではなく、玄関の前に立っていた男は、ずいぶんオドオドした様子で、

「文句って訳じゃないんですけどね……歩くなという訳にもいきませんしね……そこまでうるさいってことでもないんですが……すいませんね、できれば、ちょっとだけ気を遣ってもらえたら……」

 などと、もごもご愛想笑いを浮かべながら言うばかりだったので、こちらとしては「気をつけますね」と謝るしかなかった。

 腹は立たなかったが、とはいえ足音が響くような運動をしていたり、人を何人も招いたりした覚えはなく、文句を言われる心当たりはなかった。床や壁が薄いのだろうかと思ったが、俺自身は2階建ての上階のこの部屋に越してきてからの半年、隣人の生活音が気になったことは一度もなかった。

 それから1週間ほどして、また下の部屋の男がやってきた。変わらず伏し目がちでヘラヘラと笑いながら、

「足音、気をつけていただいてます? ……いや、怒ってる訳じゃないんですけどね、ただ最近、眠れなくて……私が過敏なんだと思うんですけどね……もう少し、どうにかできないかな、って……」

 と消え入るような声で言ってくる。少しイラっとしたが、相手の態度が態度だけに喧嘩もできない。いっそ、怒鳴ってでも来られた方が気分が良かった。

 次に下の男が訪ねてきたのは、その2週間後だった。大きな紙袋を抱えたその姿をドアスコープ越しに認め、ひとつ舌打ちして玄関を開ける。サークルの合宿帰りで楽しい気分だったのに台無しだ。

 男はまた、不格好な愛想笑いを浮かべた。

「あの……いい解決方法を思いついたんです……これ、」

 紙袋を俺の前に突き出す。中に入っていたのは、新品の分厚い防音カーペットだった。

「これ……部屋に敷いてもらえたらと思って……ちゃんとサイズは計ってます……ほら、真下だから間取り一緒でしょ?」

 俺に紙袋を押し付け、男は足早に帰っていった。

 調べてみるとホテルなんかで使われる業務用の高級品で、3万円もするものらしい。「気色悪い」より「儲かった」が勝った俺は、言われたとおり部屋にカーペットを敷いた。

 3日後、また荷物を抱えた下の男が俺の家のチャイムを鳴らした。その日、男が持ってきたのは壁に貼る吸音シートだった。ギターを弾く友人の部屋で見たことがあり、これも2万円ほどする値の張るモノだと知っていたのでありがたく頂戴し、部屋に取り付けた。

 あいつのお陰でクオリティオブライフがずいぶん上がってしまった。せっかくだから何か楽器でも始めようかなどと思っていた1週間後の夜、また部屋のチャイムが鳴らされた。

 「今度は何をくれるんだろう」とドアを開けると、今夜は紙袋も段ボール箱も持っていない下の男が、雨でもないのにすっぽりとレインコートを着て立っていた。

「部屋の中……見せてもらっていいですかね? あげたもの……ちゃんと使ってくれてるか……確認したくて」

 何万も散財してるんだから、それくらいの権利はあるだろうと俺は男を部屋に上がらせた。不思議なもので、何度も来訪を迎えているうちに、それほど彼を気味悪く思わなくなっていたのだ。

「ちゃんとマットも敷いてるし、壁だってほら」

 俺が言うと、男はニッコリと笑った。ふと……彼がずっと、右手をコートのポケットに突っ込んだままなのが気にかかった。

「良かった……この頃は足音もしなくなりました」

「そりゃ何よりです」

 俺は心から言ってやった。男は笑顔のまま、

「でもね……もう遅かったんです。2週間くらい前になりますか、再就職の面接で落とされちゃいましてね……あなたが真夜中までずーっとうるさくするから……一睡もできないまま試験に行ったんですぅ……」

 そんなはずはない。2週間前と言えば……ちょうど、合宿に行っていた頃だ。俺はそもそもこのアパートにも居なかった。男は続ける。

「分かってるんですよぉ? あなた、女房に頼まれて私の人生を滅茶苦茶にしようとしてるんでしょ? 足音だってわざとやってるんだ」

「ちょっと、何言ってるんですか?」

 俺は強張る頬で、無理に笑顔をつくろうとする。男は真っ黒な目でこちらを見た。

「だから解決方法はこれしかないんです。ありがとう、準備に協力してくれて」

       | 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

記事ランキング

  1. そうはならんやろ “0円の画材”と“4万円の画材”、それぞれでジョーカーを描いてみた結果に驚き【海外】
  2. マクドナルド、兎田ぺこらとのコラボ匂わせ→斜め上の解釈で生まれた“架空のキャラ”に爆笑 「それにしか見えないw」
  3. 「ジオング」を“貴婦人風”に徹底アレンジした結果…… 2年がかりの“超大作3DCG”に反響 「立体化してほしい」
  4. 心身不調の壇蜜、1年の“30%以上が入退院”な難事に本音吐露 次々襲うネガティブ変化に「難所は多種多様」「長生きって難しい」
  5. 100均のクッションゴム、まさかの使い方に目からウロコ 家中の“プチストレス解消法”に「思いつかなかった!」「これはすごい」
  6. 「普通に失礼だとか思わないんかな」 小浜線公認キャラの展示パネルを覆うように“貼り紙”で謝罪 観光協会「不快な思いをさせた」
  7. 売上7億円超の人気漫画『小悪魔教師サイコ』作画家・合田蛍冬氏が出版社を提訴した訴訟が和解 同一原作の後発漫画が出版されトラブルに 出版社は謝罪
  8. 大竹しのぶ、お別れ近づく“孫娘”と笑顔のペアルック 10年後の17歳でも「私達の事覚えていてくれるかなぁ」
  9. 荒れ放題の庭を、3年間ひたすら草刈りし続けたら…… 感動のビフォーアフターに「劇的に変わってる」「素晴らしい」
  10. 患者から「相談しづらい」と言われた男性医師が決断→イメチェンした爽やかな姿に「うぇ!? 同じ人!?!?」「髪型変えると表情も変わる」