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アニメ「イジらないで、長瀞さん」は怖くない 原作を読んで、キツめないじりの裏にある長瀞さんの淡い思いにニヤニヤしようあのキャラに花束を

センパイがどんどんかっこよく見えてくる作品です。

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 「イジらないで、長瀞さん」のアニメが現在放映中。褐色肌に、にやけた顔、活発なスポーツ系少女で、それでいて割と一途。原作の新しい話がアップされる度にニヤニヤして幸せな気持ちになっちゃう作品。さぞかしアニメ化したら長瀞(ながとろ)さんにみんなメロメロだろう、と思っていた。

 ところがどっこい、アニメ1話がスタートしたら真っ二つに賛否両論。原作を知っている人からは「イメージ通りの声と動き」と好意的に見られていたようだ。特に上坂すみれのデレとサディスティックの入り交じる演技は好評。

 しかし初めて見る人からは、長瀞さんの性格について「怖い」「きつい」という感想が、ネット上ではめちゃくちゃ多かった。

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まあ確かに怖いか……かわいいんだけどね(第1話) (C)ナナシ・講談社/「イジらないで、長瀞さん」製作委員会

 待ってくれ、長瀞さんは、確かにキツそうに見えるけど彼女は実は……うん、序盤だけ見ると長瀞さんの性格は、だいぶキツいね! 1話だけだと「いじめやんけ」と受け取る人がいるのも仕方がない。長瀞さん本人ですらも「キツめないじり」だと言っているくらいだし。

 ただこの作品、第一印象で見るのをやめるのは、あまりにももったいない。アニメの出来のよさが現時点でめちゃくちゃよいので、原作の今進んでいるあたりまで、いや半分くらいまででもきたらデレデレな長瀞さんのちょっとピリ辛で激甘な気持ちダダ漏れラブコメディーを最高級に楽しめるはずだ。その布石が、きつさの強い1話にちゃんと描かれている。

 多分2話をもう見た人は、今後どうなるのかの空気感は読めていると思う。でもまだきつい、という人がいるのも分かるが、この作品は加速度的に長瀞さんのイジりのデレ度が高くなる。今はまだその序章だ。

 主に押さえておきたいのは3点。

  • この作品はセンパイの強さが魅力
  • 人の一生懸命を笑うな
  • 名脇役、長瀞さんフレンズ

 いずれも1話だと「真逆じゃん!」という感じの部分。だからこそ、分かってくると1話の裏にある本心パートのすごさが伝わってくる。

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センパイは強い

 アニメ版長瀞さんに対して起こる意見で言われる「怖い」という反応。「オタクに話しかけてくれるギャル物」をイメージすると、大体はギャル側がオタクの領域に入ってきてしゃがみこんで視点をあわせてくれる優しさがある。しかし、長瀞さんはギャル側の上から目線でオタクのセンパイをボコボコにする。力関係が明白すぎて、逃げ場なしに追い詰めるから、一方的ないじめに見えてしまう。

 ただ、センパイは長瀞さんにあれこれされて涙を流しても、反撃をしない。怖いからではない。「私けっこーキツいことしてると思いますけれど…」と長瀞さんが言ったとき、彼は「正直……イラッとしたりムカムカしたりはする……けど そ そこまで嫌じゃないからかな…キミと…話したりするのは…」と答えている。

 ここが「いじめ」と「イジり」の大きな差だ。センパイは自分をバカにして見くびり謗る他の人の行動は、幾度も経験済みで人一倍敏感。今までは本人いわく「目を逸らし心を閉じてやり過ご」してきた。決してドMなわけではない、痛いのも怖いのもいやがる。

 けれども長瀞さんのかけてくるちょっかいに対しては、だいぶキツいものの、目をそらしていない。そらしていないから泣いてしまうけれども、向き合おうとしている。

 「バカにする対象(誰でもいい)にマウントをとっていじめる」のと「その人とコミュニケーションを取りたいからイジってくる」の違いを、センパイはきちんと感づいている。

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実は逃げたり反撃したりする余地は残している長瀞さん(第1話) (C)ナナシ・講談社/「イジらないで、長瀞さん」製作委員会

 センパイは長瀞さんにだいぶ振り回されはするが、彼女に夢中になりすぎてデレデレになることはそんなにない。彼は一人で美術部で描き続けるくらい絵が大好きで、描き始めると尋常じゃない集中力で打ち込み始める。長瀞さんが来たら意識はするし大騒ぎはするけれども、描き始めた彼は本気になる。

 まだアニメ化されていない部分で、今後どんどんセンパイのぶれない熱意が描かれていくはずだ。長瀞さんが自身をモデルに絵を描けと煽る回もあるものの、描くとなったら彼はちゃんと、長瀞さんの美しい肢体を、魂を込めて絵で表現していく。

 彼は確かに、気が弱い。でも誰よりも義が強い。たとえ自分が謗られようとも、人が謗られることや傷つくことは絶対に許さない。許せないけれども、まあそこに立ち向かうまでの勇気があるわけでもない。だから彼が必死になって一言いうためにふらふら立ち上がるとき、長瀞さんの心は揺れる。読者の心も揺さぶられる。

 まだセンパイのことを知らない長瀞さんの友達のギャルたちが「奴隷通り越して虫」「男として有り得ない」など、センパイの悪口を限りなくいじめに近いレベルで言って、長瀞さんがキレるシーンがある。それを見たセンパイは長瀞さんが「俺の為に怒ってる」と気付き、彼女を守りたくて、自らはじめて反論をする。

 「お 俺は…長瀞の彼氏じゃないけどさ…」

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今まで顔を伏せていた彼が、人のためになら意見を言えるようになる(第3話) (C)ナナシ・講談社/「イジらないで、長瀞さん」製作委員会

 そこからかっこいいことを言えればいいけれども、彼は言えない。まわりのギャルからは突っ込まれまくるけれども、長瀞さんは彼の行動をちゃんと見ていた。ダサダサでも、自分のために一歩踏み出してくれる人間、いいじゃん。

 以降も自身の作品に対して、長瀞さんに対して、彼は3歩進んで2歩下がるレベルのゆっくりな成長を見せていく。彼の本質がどんどんあらわになっていくにつれて、なぜ長瀞さんがセンパイに引かれたのかも分かりやすくなっていく。

 原作4巻27話のセンパイのかっこよさは見てほしい。長瀞さんたち含むギャルメンツが、ウェイ系男子に絡まれて、遊びに行かないと言っているのに強引に誘われるシーンがある。そのときセンパイは、ギャルもウェイ系も怖くて仕方ないのに、長瀞さんが困っているのを見て横から言う。

 「帰ろう」

明確に長瀞さんを助けようと彼が動いたシーン。本当にかっこいい(4巻) (C)ナナシ・講談社

 手に汗を握り、身体がこわばり、つっかえながらも、その4文字だけを長瀞さんに言った。

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 ウェイ系に煽られる中、長瀞さんは「帰りましょう センパイ」ととても爽やかな顔で返す。長瀞さんとセンパイの関係を知っているギャルたちも、これには笑顔。

 すごく不格好で、はっきりステキなことを言えるわけでもなくて、威勢もほとんどない。ダサダサだけども、センパイは長瀞さんのためなら、誰かのためなら立ち向かえる、いい男だ。

 一応原作での主人公はセンパイだ。しかし回を重ねるごとに「長瀞さんから見たセンパイ」の魅力を表現することで、ふたりの関係のステキさが伝わるような構造になっている。

人の努力を笑うな

 アニメ1話の一番きついところは、センパイが描いたマンガをギャルメンツがバカにするシーンだと思う。好きなもの、特にオタク的なものを笑われた事がある人の心の傷をごっそりえぐるシーンなので、ここで「もうだめだー!」と見られなくなった人は正直いると思う。でも後につながる重要なシーンなので、ここばかりは省くわけには行かない。

心が痛い。原作でもめいっちゃった人がいるであろう試金石的なシーン(1巻) (C)ナナシ・講談社

 しかしこの作品、全体的に「人の頑張りを笑うな」は大きなテーマになっている。実はこの1話でも、長瀞さんはセンパイのマンガのディテールにダメ出しをしてはいるものの、マンガを描いていること、作品を作っていることに対しては一つも笑っていない。それどころか自身でそれを演じて見せるほどに、読み込んでいる。

 センパイ視点(=マンガやアニメで描かれる視点)だと「それが笑われている」と見えてしまうのだが、実際は長瀞さんも自分が「頑張ってきた」ことである格闘技を見せて、同等の立ち位置に並んでいる。本気に対して本気で応えている。

 絵に関しての頑張りの話がより膨らむのは、7巻50話だ。動物園に言った長瀞さんとセンパイ。ふたりで写生をする中で、長瀞さんは真剣に打ち込んでいるセンパイに感化されて、かなり頑張って絵を描いていた。ところが長瀞さんが席を離れていたとき、知人のウェイ系カップルが長瀞さんの絵をそれと知らずに「下手じゃん」「小学生の宿題じゃねー」とゲラゲラ笑う。

 それを聞いて、センパイはブチ切れる。「が…頑張って描いた絵を…バ バカにするなよ!!」

最初はセンパイ視点で、その後長瀞さん視点で描かれている重要なシーン(7巻) (C)ナナシ・講談社

 結局それ以上は言えないのだけれども、長瀞さんの心をわしづかみにするには、十分すぎる。大事なのはうまいか下手かではないところだ。頑張ったこと、本気なことへの思いがセンパイも長瀞さんも、とても強い。特に自分のものではなく、人の頑張ったものに対しての侮辱が許せない。ふたりの信念は、この部分で強く呼応している。

長瀞さんは本気ではない人に対して、極めて無関心だ(1巻) (C)ナナシ・講談社

 アニメ2話(原作1巻6話)は、他であまり描かれない長瀞さんの感性がはっきりと描かれた回だった。「アート」を自称する男子生徒の音楽を聞いて、彼女の顔は感情を完全に失う。「何も感じないっスねー あんまり本気でやってない感じ…違います?」

 長瀞さんは「つまんねー奴」に全く興味を示さない。嫌悪ではない、無関心だ。これを見れば、なぜセンパイにだけ絡むかは、一目瞭然。彼女はセンパイの「本気」を初めて出会ったときから、既に見抜いている。1話の泣かせる泣かされたの時点で、共鳴していた。

 ちなみに現在進行形で、長瀞さんがかつて本気で頑張ってきた格闘技・柔道関係の話が明かされている。ここでは長瀞さんがセンパイの本気の「絵」に踏み込んでいるように、センパイが長瀞さんの本気の「柔道」に踏み込むことになる。加えてギャルの仲間の子の一人ガモちゃんも、チャラく見えていて実はここでしっかり格闘技に打ち込んでいるのも描かれているので、そこを見てから読み直すとだいぶ雰囲気が変わって見える。

長瀞さんのフレンズは最高だぜ

ヨッシーとガモちゃんは、長瀞さんの心情のさじ加減を分かりやすくしてくれる名脇役(4話) (C)ナナシ・講談社/「イジらないで、長瀞さん」製作委員会

 長瀞さんの友達のギャルたち、ガモちゃん(セミロングの子)ヨッシー(ツインテール天然)桜(褐色ウエーブ)は序盤では、心底よろしくないギャルとして描かれている。もっとも彼女たち自身は「実は良い子でした!」というほどでもなく、まあまあ遊んでいるし、結構性格もきついまま。特に桜は話が進むごとに、腹黒なところが出てくるドロドロっとした子で、パンチが効いていて面白い。

 彼女たちの客観視点は作品のバランスを保つ上で非常に重要だ。まず、長瀞さんがいかにセンパイにデレデレに引かれているかは、この3人の言動で深度の判断ができる。一応長瀞さん自体はセンパイを「イジる(not いじめる)」スタンスなのでふたりきりだと分かりづらい部分も多い。しかしギャル3人は長瀞さんの性格を熟知しているため、彼女がセンパイにデレを見せているときには、フォローを投げたり、あるいはあえて嫉妬させるムーブを取ったりする。あとヨッシーや桜がやりすぎると長瀞さんが怒るため、踏みこんでいいかどうかの線引も分かりやすい。

困った時にヒントを与えてくれるいい女、ガモちゃん(5話) (C)ナナシ・講談社/「イジらないで、長瀞さん」製作委員会

 特にガモちゃんは長瀞さんの良き理解者。センパイにちょっかいをかけては、長瀞さんが怒るのを見て楽しんでいる節があるのは、ガモちゃん側が長瀞さんのことを気に入っているから。ふたりの背中を押しているところもある。

 3人は別にセンパイに興味はないのだが、それでも長瀞さんといることでちょっとずつ成長しているセンパイを認めてはいる、というのも熱い。ガモちゃんはセンパイのことを、長瀞さんの相手としてふさわしいかどうか見極めようとしている節すらある。センパイのところに駆け寄る長瀞さんを、3人がどんな気持ちで長瀞さんを見ていることか。

 それでいてキャラ立ちやスタンスが変わるわけでもなく、流されないままのギャルでいるあたりも非常によい脇役だ。多分1話で、センパイのマンガをバカにしたあの軽いノリ自体は、今も変わらないんだろう。センパイもフレンズとは、長瀞さん抜きでは会話することができないらしい。それがちょうどいい具合に、俯瞰ポジションになっている。

長瀞さん経由で一緒にいる時間は増えても、お互い興味がないこの距離感が面白い(8巻) (C)ナナシ・講談社

 ほれこみ方が濃厚なのは長瀞さん側の方なので、できれば原作を見てからあらためてアニメ1話を見直してほしい。センパイが一歩かっこよくなるとガラッと空気が変わる作品でもあるので、長瀞さんの方に感情移入すると見やすさとニヤニヤ度が格段にかわる。

 元からのファンで、アニメを見続けている人は「長瀞さんはドMじゃないと楽しめない作品ではない」というのが既に見えてきていると思う。だから安心して、センパイがかっこよくて、フレンズがいいやつらなのを描いてくれるのも、期待できる。アニメがどう長瀞さんの心の機微とセンパイの本気を描いてくれるのか、楽しみにしよう。

自分をネタにしたと思われるセンパイの落書きを見つけた時の、この彼女の表情! 乙女!(2巻) (C)ナナシ・講談社

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