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「THE FIRST SLAM DUNK」ネタバレレビュー これは井上雄彦が語り直した『リアル』だ!(1/2 ページ)

「問題児」同士の物語。

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 「THE FIRST SLAM DUNK」が公開から1カ月で興行収入67億円を突破する超大ヒット街道を駆け抜けている。

「THE FIRST SLAM DUNK」ポスター

 公開前は情報を隠した宣伝、特に声優交代の発表のタイミングが批判のまとになったものの、上映開始後は口コミによる絶賛に次ぐ絶賛がネガティブな反応を覆し、さらなる動員の後押しになったのは間違いない。

 原作そのままの絵が動いているという衝撃、3DCGだからこそ「空間」で表現される試合の迫力、こだわり抜かれた「音」の表現など絶賛ポイントは多岐にわたるが、ここでは「映画で語られるべき物語」に注目する。

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 その上であらためて思ったのは、今回の映画は良い意味で「熱血スポ根もの」ではなく、監督と脚本を務めた井上雄彦の作品で言えば『リアル』の印象に近い、いや『リアル』があったからこそ「語り直す」ことができた『スラムダンク』だった、ということだ。その理由を記していこう。

映画「THE FIRST SLAM DUNK」公開後PV(30秒)

※以下、「THE FIRST SLAM DUNK」の結末を含むネタバレに触れています。観賞後にお読みください。

痛みを抱えた者たちが、一歩前へ出る物語

 本作で描かれるのは、原作クライマックスの山王戦であり、宮城リョータの物語だ。彼は原作では他キャラクターよりも比較的掘り下げが控えめであり、その時点で彼の視点で語り直す意義があったといえる。

映画版の主人公・宮城リョータ(画像は公開後PVより

 今回の映画では、リョータが兄のソータを海の事故で亡くし、「兄のようにはなれない」ことがコンプレックスになっていたと語られる。心に傷を抱えた者がスポーツをよりどころとする、あるいはスポーツが生きる理由そのものになるという物語は、車いすバスケットボールを主に描く『リアル』と共通している。加えて、リョータには兄と同じくバスケを続けることが、母を苦しめているのではないか、という葛藤ものしかかる。

 公式サイトのインタビューで、井上は「20代の時には無限の可能性がある主人公の物語がすごくハマった」「だが、そこから26年たって、痛みだったり、うまくいかないことを経験したからこそ、今はそうした存在の視点で描きたかった」と語っている。

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 さらに、今回のリョータの設定の原型となった短編読み切り「ピアス」を再録し、製作過程を事細かに収録した書籍『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』にて、井上は「一人一人が一歩でいいから前へ出ることで変われることを描きたかったんだ。痛みを経験して、それでもなお一歩前へ出て殻を破る。この視点こそ、今自分がやる意味になる」とも語っている。

 こうしたメッセージや心境の変化は『リアル』に通ずるものでもあり、スポーツ選手に限らない、誰の人生にとっても糧になり得るものだろう。

 湘北メンバーのそれぞれの過去、特に兄を亡くした心の傷を抱え「一歩も進めなかった」リョータのエピソードを語った後、文字通りリョータが試合中にドリブルで「前に出る」姿を描くことに、本作のカタルシスがある。その(はじめの)一歩は、「THE FIRST」と銘打たれたタイトルにもつながっている。

対照的だが「問題児」同士のリョータと花道

 今回の映画の主人公である宮城リョータと、原作の主人公の桜木花道は対照的な存在ともいえるだろう。

 何しろ花道は自称「天才」。もちろん自意識過剰なところもあるし、活躍が本人の努力によるところも大いにあるのだが、バスケを始めてわずか4カ月のシロートにもかかわらず大舞台に立てた事実は、彼の紛れもない才能を表している。それも含めて花道は魅力的であり、バスケに詳しくない人でも共感しやすい、急激に成長していく少年漫画の主人公としてふさわしい人物だった。

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桜木花道は原作漫画の主人公であり、映画版ではリョータと呼応する存在としても描かれる(画像は公開後PVより

 一方で、リョータは今回の映画で語られている通り、幼い頃からバスケをはじめていたものの、兄を亡くした喪失感をずっと抱え、どこにも居場所がなさそうにも思える人物である。

 そして、高校1年時に2年生の赤木剛憲に「宮城はパスができます」と言われたときの表情や、彼自身のモノローグ「ドリブルこそチビの生きる道なんだよ!」からも分かる通り、バスケにおいてハンデになりやすい低身長のリョータは「ドリブル(だけ)が武器」という、前述した井上の言う「無限の可能性」を秘めた花道とはやはり正反対なのだ。 他方で、原作でのリョータと花道は「似た者同士」としても描かれている。初登場時から花道と同じく女の子にフラれているし、ほれた女性(リョータはマネジャーの彩子、花道は赤木キャプテンの妹の晴子)について語り合うことで意気投合していた。

 今回の映画でこうした出会いの場面は描かれなかったが、2人は試合の序盤から「イッ!」と顔をゆがめるサインで抜群のコンビネーションを見せる。そして、リョータが交代から戻った花道に「待ってたぜ、問題児」と言って迎える一幕もあった。

 リョータもまた“問題児”だったことは、今回の映画でも周りとなじめない様子や、三井寿との関係をもって描かれている。この「待ってたぜ、問題児」は「そうだ、2人とも(原作から)問題児だったんだ」と、あらためてリョータと花道の共通点を強調し、だからこそ2人は通じ合っていると思える、とても尊いシーンでもあった。

シロートの花道が少年の心を動かした

 本作で、ぜひ「試合に興味なさそうに携帯ゲームで遊んでいた観客の少年」に注目をしてほしい。

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 少年は、花道が机の上に立ち「ヤマオーは俺が倒す! by天才・桜木!」と宣言したときに、驚いたように前を向く。そして、またも花道が机の場所に行く……いや、ボールを全力で取りに行って突っ込んだそのときから、アウェイであったはずの湘北チームにも多くの声援が沸き起こる。そして、携帯ゲームで遊んでいた少年も両手の拳を握り締め試合を応援するようになる。

 つまり、花道は型破りでめちゃくちゃ、「おめーらバスケかぶれの常識はオレには通用しねえ! シロートだからよ!」という自身の言葉通りの行動をしてみせるのだが、それこそが携帯ゲームで遊んでいた少年や、観客全員の心を動かしたのだ。

 そして、この映画を見ている観客は、誰よりも目立つ花道だけでなく、リョータもまた(問題児であり)試合に大きく寄与したこと、そしてつらい過去があっても頑張り続け、その結果声援が沸き起こったことを知っている。

 映画において「映画の中の登場人物は知らなくて、観客だけが知っていること」は往々にして見どころとなるのだが、今回は「共に問題児でありながら、試合で目立つ花道と、目立たないリョータ」の双方の視点を描くことが、大きな感動につながっているのだ。

必要な経験をしたリョータと沢北

 試合でシュートの多くを決めるのは花道や他メンバーであり、あくまでリョータはポイントガードというポジションだ。でも、だからこそ、やはりリョータがチームの面々にパスを回し、試合全体を「見渡していた」からこそ、多くの得点があるということに、あらためて気付かせられる。安西先生の「宮城くん、ここは君の舞台ですよ」という言葉通りに。

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 そして、リョータは兄・ソータの言う「俺たちはキツくても……心臓バクバクでも……めいっぱい平気なふりをする」という言葉通りのプレッシャーを感じても、彩子が手のひらに書いてくれた「No.1ガード」の文字を胸に、頑張り続けた。その精神的なプレッシャーあるいは兄を失った心の傷も、花道が背中に物理的な痛みを覚えても死闘を戦い抜いたことに呼応している。

 劇中ではリョータの心境を反映するかのように「曇り空」「一人きりのビーチ」の場面も多かったが、試合に勝ちメンバーと抱き合ったときにリョータは上を見上げ、その後に母と再会するビーチにはたくさんの人がいて、そして空は雲はあるものの晴天だった。彼の心は文字通りに晴れ、他者を遠ざけ孤独だった心境にも変化が表れたことが分かる演出となっていたのだ。

 映画の最後では、現実で日本人のNBA選手が誕生したのと同様に、リョータと、湘北チームに負けた沢北栄治がアメリカへと進出した姿が描かれる。「必要な経験をした」彼ら2人も呼応しており、きっと目覚ましい活躍をするのだろう。

 「THE FIRST SLAM DUNK」は、リョータの視点で語り直したことで、伝説的な漫画『スラムダンク』を26年の時を経て完結させた、と言っても過言ではないだろう。本作が『リアル』を経てこその映画になったように、この映画が「THE FIRST」と銘打たれていることからも、次(SECOND)の井上作品のさらなる進化に期待したい。

(ヒナタカ)

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