レビュー

「もののけ姫」を読み解く3つのポイント 山犬・モロがアシタカやサン以外の人間としゃべらない理由

みんな大好き、サンの「干し肉の口移しシーン」も深掘り。

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 主人公の少年が故郷を守るために神を殺し、代償として死の呪いを受ける。そんな超ダークストーリーの宮崎駿監督作品「もののけ姫」が、7月21日の金曜ロードショーで放送される。


(C)2005-2022 STUDIO GHIBLI Inc

 この映画には、いくら考察しても終わらないぐらい膨大な情報が詰めこまれている。舞台となる室町時代の村の建物、人々の服装、仕事など、描かれるもの全てに由来や意味がある。

 そこで今回の放送は、ぜひ登場人物たちの「口元」の描写に注目して見てほしい。アシタカのマスク、山犬たちがしゃべるアニメーション、そしてサンの歯。以下、宮崎監督が描いた映画の絵コンテを参考にしながら「もののけ姫」のストーリーを読み解く。

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コロナ禍かと思うほどのマスク世界

 コロナ禍がやってきた当初、「風の谷のナウシカ」のようなマスクが手放せない世界が現実になったと話題になった。実は「もののけ姫」もなかなかマスク装着率が高い世界で、怪しい敵キャラたち(ジコ坊率いる石火矢衆や唐傘連)はみんな口元を隠している。

 タタリ神の呪いを解くために旅をする主人公・アシタカも、マスクを着けることが多い。西国の里に下りてきて侍の襲撃に遭遇するシーンや、立ち寄った村でコメを買うシーン。あとは、川で牛飼いの甲六を救助し、巨大な製鉄所・タタラ場へ向うシーンなどだ。


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 どれも見知らぬ人間と会うというタイミングだったから、きっとアシタカは自分の素性を隠したかったのだろう。彼の故郷・エミシの村は大和朝廷との戦に敗れて久しく、一族の居場所を他国に知られるのは危険だった。だからアシタカにとって、マスクは他者への「不信」や「拒絶」であるようにみえる。

 逆に、アシタカがマスクを外すのはどんなときだったか。例えば、彼がもののけ姫・サンと河原で出会うシーン。サンと山犬のモロが、アシタカの気配に気付いてにらんでくる。絵コンテには、「アシタカ 少女の軽蔑を感じ 立ち上がりつつ (中略) マスクをおろし叫ぶ」との説明がある。

 「我が名はアシタカ! 東の果てよりこの地へ来た そなたたちはシシ神の森に住む古い神か?」(『スタジオジブリ絵コンテ全集11 もののけ姫』徳間書店)

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 おそらく、アシタカは神に対して敬意を示し、自分が怪しい者ではないと訴えるためにマスクを外したのだろう。

 あと、アシタカが甲六をタタラ場へ送るシーンも思い出してほしい。底抜けに明るくて気さくなトキや、タタラ場の長のエボシに歓迎され、アシタカはマスクを下ろして一礼する。どうやらこの映画では、口元を隠す、隠さないというのは「心の距離」の象徴になっているようだ。

 ちなみにサンも同じようなことをしている。彼女は土偶の顔に似た仮面を2種類持っており、映画前半では顔全体を覆うタイプ、後半では口元が見えるタイプを着ける。ひょっとしたら、彼女がアシタカと出会い、人間に心を開きはじめたことを暗示しているのかもしれない。


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セリフと合わないモロの口の動き

 次はモロや猪の乙事主(オッコトヌシ)など、もののけたちの口元に注目してほしい。よく見ると、せりふと口の開閉のタイミングが全く合っておらず、これでは発話できないだろうという動きになっている。

 絵コンテによれば、どうやら監督が意図してつけたアニメーションだったらしい。モロや子どもの山犬たちがしゃべるシーンで、「口パクパクさせず ゆっくり開閉させる」とか、「ニタっと笑う感じがセリフ口となる」というト書きがある。

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 さらに、映画冒頭で死に際のタタリ神が「けがらわしい人間どもめ……」としゃべるシーンでも、巨大な猪の口が非常にゆっくりと開閉する。なぜこのような動きなのか、考えてみよう。

 映画を振り返ると、モロがしゃべる相手は必ずアシタカか、サン、あるいは他のもののけたちだった。不思議なことに、タタラ場の人間と会話するシーンは一切出てこない。


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 そこで、会話しなかったというより、できなかったと考えるのはどうだろう。もののけたちは実際には人の言葉を話しておらず、「グルルル」とか「ブヒー」とかいう声を発していたと解釈するのだ。この映画がアシタカの視点で描かれ、彼にはもののけの吠える声が人の言葉に聞こえていたとしたら、なぜセリフが口の動きと合わなかったのか説明がつく。

 なお、映画冒頭のタタリ神の言葉は、アシタカだけでなく、エミシの村の巫女(みこ)・ヒイ様の耳にも届いていたと思われる。では、このエミシの人々とタタラ場の住人の違いは何だろうか。

 それは、森の神への信仰心を持ち続けていたか否かである。タタラ場の人々は、山犬や神獣・シシ神を恐れはするが、敬意を示すべき相手とはみていない。一方で、アシタカはタタリ神に対してすら敬語で話すし、ヒイ様は塚を築いて祀ろうとする。

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 近代産業を手にしたタタラ場の人々にとっては、もはや森は鉄を作るための資源にすぎない。そして、森に住むもののけの叫びは意味のある言葉ではなく、ただ大きな野獣が吠えているようにしか聞こえなくなった。

 このような人間社会の変化は、高畑勲監督作品「平成狸合戦ぽんぽこ」でも描かれた。昭和40年代の多摩丘陵の開発を止めようと、森のタヌキたちは恐ろしい妖怪や幽霊に化けて人間を懲らしめようとする。しかし人間はそれを怖がるどころか、遊園地の宣伝だと勘違いして喜んでしまう。もうこのころの日本人は、「森のタヌキが化けて出る」なんてことを忘れてしまったのだ。


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 「ぽんぽこ」や「もののけ姫」で描かれるのは、人間が森に生かされているという自覚を失う歴史だ。ここでも浮き彫りになるのが「心の距離」であり、人間と森、互いの声は徐々に遠のいていく。アシタカはその狭間に立つ唯一の存在で、モロが思いの丈をぶちまけられる相手はもう彼しかいない。

 やがて憎悪がぶつかりあう最終決戦がはじまり、アシタカは森を去れと迫られる。クライマックスで描かれる彼の決断に注目だ。

サンの強靭(きょうじん)な歯が気になる

 最後にもうひとつ、われらがヒロイン・サンの口元についての小ネタを紹介しよう。

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 彼女がアシタカに口移しで干し肉を与えるシーンを思い出してほしい。この肉は、シシ神の力で一命をとりとめたアシタカにとっては絶望的に硬く、絵コンテをみると「ビーフジャーキーの3倍の硬さ」と書かれている。そして「健康な歯でモリモリかむ」とか「こんどはすじ肉 そんなの全然平気」とあるから、「もののけ姫」随一のドキドキシチュエーションは、人間離れしたサンの歯のおかげで実現したといえる。


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 となると、タタラ場でサンとエボシが一騎打ちし、割り込んだアシタカにサンがかみつくシーンが気になってくる。右腕をかまれたアシタカは平然とした表情だったが、実は超痛いのを我慢していたのではないか?

 このあとに口移しシーンがあるわけで、アシタカがひとすじの涙を流していたのは、「さっきかみつかれたのは痛かったなー」と泣いただけだったのかもしれない。サンの歯が強靭なのが、果たして良かったのか悪かったのか……。

 そこでシシ神にお願いしたい。アシタカの腹の傷だけではなく、サンにガブリとやられた歯形も治してあげてくれ!

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