初音ミクが演じたメディアアートと演劇の新境地 「THE END」初演(2/2 ページ)
ルイ・ヴィトンが衣装デザインを担当したことでも注目された同作。「初音ミクがいなければ出来なかった新時代オペラ」の中身に迫る。
メディアアート/演劇/建築のスーパースターが実現のために集結
これらのプロフェッショナルな仕事についても言及しておきたい。会場のYCAMは、山口市の文化行政の一環で運営されており、「THE END」は世界トップレベルのアーティストを迎えてアート作品を作る滞在制作事業として誕生した。
プロデュースを担当したのはA4A。メディアアートを広告などの演出に生かすスペシャリストを束ねた企業だ。YCAM InterLabとともに造り上げた今回のステージ――「オペラ」としての感動を催すだけの変幻自在の3D映像空間――には、そのスペシャリストたちの技が現れている。
ステージ上では、美しい構造物としてデザインされた3面(正面と左右)のスクリーンに、“圧倒的な密度”を持った映像を投影し、様々なシーンに幻想的な新たなリアリティーをもたらすかような奥行きを与えていた。また、前面に半透明のスクリーンを配し、そこに「演者」たちを投影することで、複数のレイヤーによる立体の奥行きを与えていた。さらに、床への投影でより実在感を高めていく。合計5面+渋谷氏の演奏ブースへの投影によって、あたかも存在するかのような異空間をステージに実現させた。
「THE END」のシーンより。ill., dir. by YKBX (C) Crypton Future Media, Inc. www.piapro.net 撮影:丸尾隆一 写真提供:山口情報芸術センター [YCAM]
映像やキャラクターデザインといった視覚面における演出を担当したYKBX氏は、偶然ながら山口出身者として初のYCAMへの登場となった。舞台美術を担当したのは重松象平氏。世界的な建築家であるレム・コールハースが自身の建築事務所OMAのニューヨーク支社長に抜てきした人物で、北京の中国中央電視台新社屋などの設計で知られている。
重松氏は今回、映像という限りない表現が出来る空間の中で“演じる”ことを可能にする密室作りと変幻自在な場の展開という、立体映像表現だからこそできる可能性を追求したとのこと。初音ミクであることやこのオペラの特性を思うと、ともすればサイバーな舞台作りに表現が傾きそうだが、コンクリートと蛍光灯が配された奥行きが読めないミクが住む素材感のある密室はまさに、演じるための場の有限性とデジタル映像が持つ無限性が融合した、デジタル表現における建築からの舞台づくりと捉えられた。
渋谷氏が演奏するともに、アクセントのある立体投影を兼ねる、スクエアなブースのデザインは、投影されなくとも清潔感のある美しさを持っており、巨大な宝石のアクセサリのようなアクセントを醸し出していた。
音響を創り出したのはevala氏。最後、初音ミクは無限の空間を跳びまわって行くのだが、どこまでも続くかのような音の伸び、一方でオペラとして耳に残る美しい音の響きは、「電子音楽を生音として聞かせる挑戦」とevala氏が語るように、機械的な音の再現を超越した体験を与えてくれた。
ボーカルや発話の生成を担当したのはピノキオP氏。本人にとってはこのオペラ、新鮮なチャレンジだったという。なぜならば、今までは自らが初音ミクに歌わせたい曲を作っていたのに対し、THE ENDではいかに初音ミクが演出に沿って話し、歌うようにするかの挑戦であったからとのこと。自らの表現の道具としてではなく、演出としての表現力を高めるために「初音ミク」に向き合うという体験であったと振り返った。
さらに、ルイ・ヴィトンがこのような革新的な取り組みを高く評価、初音ミクが纏う衣装のデザインに協力、2013年の春夏コレクションをもとに、オリジナルの衣装を制作した。
初音ミクがいなければ出来なかった新時代オペラ
「THE END」をつくる契機となり主導的役割を果たした渋谷氏、物語を書き演出にあたった岡田氏、そして舞台美術を手掛けた重松氏、この3人は偶然にもともに1973年生まれ。デジタルとともに世界や表現が再構成されてきた時代を背負ってきた世代だからこそ共有できる意識、そしてクリエイティビティがチームとして開花して生まれた表現の新境地ということが出来る。
「THE END」を制作した、演劇、ミュージック、建築、クリエイティブのスーパースターたち。右から、岡田利規(脚本・演出)、渋谷慶一郎(音楽・演出)、YKBX(映像)、重松象平(舞台美術)。撮影:岡田智博
初音ミクはボーカル生成ソフトウェアの中でもひとつ抜き出た表現力を持っていると渋谷氏は見る。初音ミクという存在があって初めて、音楽という質の意味でも、人が歌唱しないオペラが可能になった。対役として動物のようなキャラクターを置いたのは、まだ男性のボーカル生成ソフトウェアで満足のいく表現力を得るものが無かったが故の演出上の策――人ではない存在として語らせることでリアリティーを担保させる――であったという。
evala氏によると、YCAM以外での上演、例えば旧式のオペラホールでも上演できるよう、圧倒的な音響でありながら5.1chの二階層からなる10.1chでまとめ上げたとのこと。立体でのビジュアル表現を実現する装置とともに、メディアアート時代の新たな上演フォーマットとして、再演のみならず国内や世界での展開を視野に入れ始めている。
今回の初演には、筆者のような文化イベントを作る立場や有力ホールのプロデュース担当の方々が東京からも集まり、早くもその可能性が公演後熱く語られていた。ミクの魅力は、ポピュラーカルチャーを超え、音楽史に新たな革新をもたらしつつある。その歴史的な瞬間を、各地での再演を通じて、多くの人と共有できることを期待したい。
YCAMでは「THE END」の設定集が来年1月7日まで展示中。YKBXが描いた「初音ミク」のドローイングや絵コンテ、重松象平による舞台美術プランの資料を公開。 ill., dir. by YKBX (C) Crypton Future Media, Inc. www.piapro.net 撮影:丸尾隆一 写真提供:山口情報芸術センター [YCAM]
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著者紹介
岡田智博(@OKADATOMOHIRO)は、新しいクリエイティブを社会やビジネス、地域に生かすためのプロデューサーであり、メディアアートとデザインのキュレーター。一方で、ネットやクリエイティブから生まれる世界中の新たな動きを現場から硬軟あわせて紹介する記事を様々なメディアや政府等のリポートにあげている。自身が代表を務めるクリエイティブクラスターほか全国各地の機関やNPOの理事等を兼務、様々な人が新しく始められる「こと」づくりに跳び回っている。
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