東京造形大学の2013年度入学式で、学長の諏訪敦彦さんが入学生に贈ったメッセージが胸を打つと評判になっています。同大学のサイトで全文が公開されています。
諏訪さんの式辞は、自身の学生時代のエピソードから始まります。高校生の時に、1台のカメラを手に入れ、自分の表現として映画作りを志したこと、希望に溢れて造形大に入学するも、学外での活動に夢中になったこと……。気がつくと諏訪さんは大学を休学し、数十本の映画の助監督を務めていました。現場での経験を重ねるうちに、プロとして仕事ができるようになってる自分を発見し、「もはや大学で学ぶことなどない」とすら思えましたが、その頃ふと大学に戻ります。
そこで、初めて自分の映画作りに挑戦しました。同級生たちに比べ「多くの経験がある」という自信があったそうです。ところが、いざその経験に基づいて作られた作品は惨憺(さんたん)たる出来で、まったく評価されなかったのだとか。一方、同級生たちの作品は、経験も技術もなく荒削りの映画でしたが、現場という現実の社会常識にとらわれることのない自由な発想にあふれていました。この時、諏訪さんは、大学の授業に出ることは、「自分が自分で考えること、つまり人間の自由を追求する営みであること」であり、自身が「経験という牢屋に閉じ込められていたこと」を理解したと語ります。
「経験という牢屋」とは何か。仕事の現場経験で身につけた能力は、仕事の作法のようなものです。その作法が有効に機能しているシステムでは能力を発揮しますが、誰も経験したことのない事態に出会った時はその限りではありません。そして、「クリエイション(探求)は誰も経験したことない跳躍を必要とする」のであり、大学においては未知の価値を探求する自由が与えられていると続けます。飛躍は“経験”では得られず、“知(インテリジェンス)”によって可能になるからです。
その後、諏訪さんは大学に戻り、現場の常識では考えられない作品つくりに取り掛かったそうです。「普通はそんなことはしない」ことを疑う時、「自由」への探求がスタートし、「大学においてこの自由が探求されていることによって、社会は大学を必要としている」と述べます。このほかに、自分の内にあるアイデアは、一旦表現して形になると、社会の関係性の中でさまざまな連鎖を生み出すことについて語っていました。
最後は、一昨年の東日本大震災と原発事故に触れ、これまで当然とされてきた作法を根本から見直さなくてはならない時を迎えているとした上で、「共によりよい社会を作りだす探求を始めましょう」と締めくくっています。
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当時米国の新聞などでも報じられたそうです。