炎上したゲーム保存活動の今――騒ぎなどに踊らされず、海外の事例に学ぶべき
国内外のゲームアーカイブ実施内容が紹介された「京都ゲームカンファレンス〜ゲーム・スタディーズの諸相〜」で何が語られたのか。
ゲームアーカイブの必要性
ゲーム保存とゲーム・スタディーズ(ゲーム学)をテーマにしたユニークなカンファレンス、題して「京都ゲームカンファレンス〜ゲーム・スタディーズの諸相〜」が3月8日に京都市のみやこメッセにて行われました。
カンファレンスの第一部にあたる「国際ゲーム保存とコミュニティ・ビルディング」と題したセッション冒頭に登壇したのは、日本で唯一ゲーム研究のための学術機関である立命館大学ゲーム研究センターのセンター長を務める上村雅之氏。ファミコン時代からゲームに親しんでいるみなさんには、任天堂でファミコンやスーパーファミコンのハード設計を手掛けた技術者と言ったほうが分かりやすいでしょう。
「立命館大学から声がかかるまで大学に呼ばれたことがなく、ゲームは大学とは無縁のものだと思っていましたが今ではかなりゲームの研究を評価する環境が整ってきました。現在のゲームを後世に伝えるためにはみなさんの協力が必要です」と上村氏の挨拶で開幕した。
海外事例:ストロング・ナショナル・ミュージアム・オブ・プレイの場合
海外でのゲームアーカイブを紹介したのは、アメリカにある世界最大級のデジタルゲームコレクション「ストロング・ナショナル・ミュージアム・オブ・プレイ」の副社長で、同ミュージアム電子ゲーム史国際センター所長のジョン-ポール C.ダイソン氏(以下、JP氏)と、イギリスでナショナルビデオゲームアーカイブの創立に参加したゲームジャーナリストのイアン・サイモンズ氏の2人でした。
JP氏の説明によると、同ミュージアムはオンタリオ湖の南側にあるロチェスターという町にあり、ゲームソフト・ハード以外にもゲームメーカーの記録や設定資料まで集めているそうです。さらにアナログゲームやおしゃべり人形のようなオモチャも含めると、所蔵点数の合計は実に40万点以上とも。「ゲームの歴史を語るには、日本のゲーム抜きには語れません」(JP氏)という考えを持ち、日本版のゲームソフトもなんと7000本、さらにはゲーム雑誌をも多数保有しているという報告がありました。
また、「ゲームを持っているだけではつまらないのでLook、Like、Playをテーマにした体験の場も用意したり、約5000タイトル分のゲームのプレイ動画を保存したりもしています。ゲームそのものではなく、『歴史』を保存することが大事なのです」とJP氏。
単なるコレクションの範ちゅうを超え、文化あるいは遊びの幅広い保存活動をしている本ミュージアムは、ゲームの保存・アーカイブが遅れに遅れている我が国においても大いに参考となるのではないでしょうか。特に、サービス・配信が終了すると個人で保存するのは不可能なソーシャルゲームにおいては、プレイ動画を利用してアーカイブ化しておくと文化保存や後々の研究に役立ちそうです。
海外事例:Game Cityの場合
一方、イアン・サイモンズ氏の講演はゲームアーカイブ活動とともに毎年1回開催している「Game City」というフェスティバルの内容についてでした。小さな町のノッティンガムを活性化させたいと思ったのがきっかけで始めたという本フェスティバルには誰でも参加が可能で、「開催中は町ごとジャックしたよう」(サイモンズ氏)なんだそうです。会場には巨大なスクリーンを設置して、ゲーム開発者を招いてこれを使ったゲームを作ってもらうなど数々の試みを実施し、過去には日本からも「パラッパラッパー」の開発者として有名な松浦雅也氏や、「塊魂」を手がけた高橋慶太氏も参加したことがあるそうです。
「音楽や映画の作者は顔や名前が分かるのに、ゲーム開発者は昔からずっと顔が見えない状況が続いています。ゲームは人が作ったものですから、フェスティバルは開発者が表舞台に立てる、つまり人が中心になるようにしています」というサイモンズ氏の説明も実に印象深いものでした。さらに、フェスティバルは他のいろいろな業界との橋渡しをする役目も果たしており、例えばゲーム開発者とシェフがいっしょになったらどんなものが作れるか、あるいは図書館のデザインコンペをしたらどんなものが出来上がるかを披露するなど、お互いの持つノウハウを学び合う場を設ける企画も実施しているとのことでした。
最近は「聖地巡礼」と称して、マンガ・アニメなどの舞台となった場所を訪れて楽しむ方々が増えているようですが、「Game City」での事例を学びつつゲームあるいはゲーム文化を利用して不況に苦しむ地方の活性化を図っても面白いかもしれませんね。
日本国内の状況は?
一方、日本国内はと言いますと、立命館大学教授の細井浩一氏、および同大学の非常勤講師で文化庁メディア芸術デジタルアーカイブ事業ゲーム分野ディレクターを務める福田一史氏から現状報告がありました。「国立国会図書館でもゲームソフトを納本という形で収集を行っていますが、納本率は約30パーセントというのが現状。しかも、この数字にはアーケードやPC用ソフトは含まれていません。また、現物を網羅的に保存・収集する機関や施設がありません」(福田氏)とのこと。ゲームの文化および歴史を持ちながら海外に比べて大きく遅れをとっていると言わざるを得ないでしょう。
そこで、文化庁は平成22(2010)年度よりメディア芸術デジタルアーカイブ事業の一環としてゲームのアーカイブを始め、平成24(2012)年度より立命館大学ゲーム研究センターも2年間協力しました。また、ゲーム保存のスキームは「1:将来の散逸劣化に備える基本情報のデータベース構築」「2:ゲーム保存と活用の基盤となるデジタルアーカイブ」「3:ゲームおよび関連資料の保存と活用」の3段階に分けて実施する計画で、現在はスキームの第1段階として国内で発売された2万7350本ものゲームソフト(※アーケードやPCゲームも含む)のデータベースが完成したところだそうです。
なお、上記データは将来的にはインターネット上で公開する予定もあるとのこと。もし実現すれば、例えばメーカーや年代、ジャンルなどのキーワードからゲームのタイトルを瞬時に検索することが可能となりますので、今から実用化されるのが本当に待ち遠しいですね!
炎上した立命館大学のゲームアーカイブプロジェクトの現在
パネルディスカッションの席では、細井氏が携わる立命館大学のゲームアーカイブプロジェクト(※筆者注:立命館大学ゲーム研究センター内でのゲームアーカイブ研究を担当するプロジェクトの1つ)についての説明もありました。本プロジェクトの名前は、昨年末にゲームソフトの寄贈をサイトで募集していることを曲解した、一部のまとめサイトがきっかけで知った方もおそらくいることでしょう。また、大変残念なことに騒ぎのドサクサに紛れて「税金のムダ使い」などと批判して売名行為に走ったり、不要になったゲームソフトを無断あるいは着払いで送るといった(例えそれが善意であっても)迷惑行為をする人が現れるという事態になりました(関連記事)。
ディスカッションの「ゲーム保存:ゲームは商品? 文化?」というテーマにおいて細井氏はこの問題にも触れ、「本プロジェクトはゲーム保存ではなく研究を目的としているものであり、ゲーム保存はあくまで研究の一環というスタンスです。保存するにもキャパシティには限界がありますので、本研究については我々なりの方法でさせてください」との説明がありました。つまり、一般のコレクターや企業とは立場や目的、方法がそもそも異なるというわけですね。ですから、例えば「ソフトをタダでよこせなんてムシがよすぎる」とか、「ソフトを保管する容器が気に入らない」などといった批判は的外れであることがご理解いただけることでしょう。
「ネット上での騒ぎがきっかけで本プロジェクトの存在を知り、貴重な資料を寄贈した方も何人かいらっしゃいました」(細井氏)という怪我の功名的な成果があったとはいえ、一部の不確かなネット上の情報をもとにして、当事者以外の人間が安易に批判することは慎みたいものです。ましてや、寄贈とはあくまで個人や団体が善意で行うものですから……。
そういう意味において、JP氏の「ゲーム保存は個人の情熱からスタートし、やがてそれが発展してミュージアムができるのだと思います。しかしゲームはもはや無数に存在し、個人レベルでは寿命や情熱の衰えなどが理由で失われてしまう場合がありますから、多くの人たちとのパートナーシップを結んで行うことが必要だと思います」というコメントは、ゲームアーカイブの先駆者からの提言として肝に銘じたいものです。
なお、カンファレンス終了後に筆者が福田一史さんにたずねてみたところ、現在でも立命館大学ゲーム研究センターではゲームソフト類の寄贈を受け付けているそうです。「寄贈していただく際は、まずはどのようなものをいただけるのかをご連絡ください。事前に申込書の記入などの手続きが必要となりますので、詳しくはホームページをご覧ください」(福田氏)とのことでした。また、「PCおよびアーケードゲーム関連の資料とゲーム攻略本は全般的に不足していますので、もしいただけるようであればたいへんありがたいですね」(同)とのことです。
いつまでも不確かな情報に安易に踊らされ、足の引っ張り合いをしているようではゲームアーカイブ事業の進んだ海外からは笑いのネタにされるだけでしょう。今後もゲーム保存およびゲームに関する研究活動が進み、将来は国立国会図書館で書籍・雑誌が参照できるのと同様にあらゆるゲームの閲覧やプレイがいつでもできたり、研究資料として活用できる環境が出来上がることを筆者は願ってやみません。そのためにも、みんなが足ではなく手を取り合うことこそが今は最も大切なのではないでしょうか?
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