空間をゆがめる能力者「スティーブ・ジョブズ」、怪傑ズバットのようにギターを抱えて登場する天才エンジニア「アラン・ケイ」など、Appleとそれに関わったエンジニアたちを描いたマンガ「スティーブズ」(スペリオールで連載中、既刊4巻)。
同作を手掛ける漫画家のうめ(小沢高広・妹尾朝子)と原作者の松永肇一さんの3人を招いて開催された講演会「チームと漫画づくり」(主催:東京工業大学CBECプログラム)で、同作の制作の秘密をうかがってきました。
同作は、原作者、漫画家(2人)、そして編集者の4人がチームとなって制作。小沢さんがシナリオと総監督として取りまとめを行い、松永さんが事実関係の確認やリサーチと監修、妹尾さんが作画、そして編集者が最初の読者(ファーストリーダー)として客観的な意見をフィードバックしています。
原作を作り上げる工程について、松永さんはスティーブ・ジョブズや周辺の登場人物に関わる書物を片っ端から集め、事実確認を行った上で執筆。しかし、古い書物が多いため電子化されておらず、あらゆる書物に目を通すのが大変とのこと。この段階で検索しても資料が出てこない人物に関しては状況から想像して人物像を構築するのだといいます。
このチームでは4人が密接に連絡を行っていますが、原作者とマンガ(作画)側が顔を合わせないことも多く、その場合は内容について原作者側ともめることもある、と小沢さんは話します。
スティーブズは隔週刊誌での連載なので、1話の制作を2週間のスケジュールで行っており、4人が顔を突き合わせて打ち合わせを行いますが、この時に物語の軸となる人物や出来事、事件などを年表にしたものを基に構成を練ります。
原作者から上がってきた原稿をシナリオ、ネーム(マンガのコマ割りまで行った草案)と練り上げた段階で編集者に読んでもらい、ファーストリーダーとして分かりにくい部分などのフィードバックをもらいます。作画に必要な背景や描き込まれる機材などの資料を原作者にリサーチしてもらい、最終的に20ページのマンガに仕上げます。
キャラを立てる
マンガ化するに当たって、原作では会議室での議論や机に向かって開発している話が多く、それをどうマンガ的演出で描くかに苦心したと語る小沢さん。スティーブ・ジョブズはさまざまな著述でカリスマ的経営者、ビジョナリーとして描かれていますが、むしろ相手をネジ曲がった議論で論破する「現実歪曲空間」と呼ばれる彼の強引な側面を取り上げ、空間をねじ曲げる能力者として描くことで行けると確信。
マンガではこのように登場人物のキャラを立てることが特に重要で、ギタリストでもある天才エンジニアのアラン・ケイも、「チッチッチッ」と指を揺らしながら登場。彼を怪傑ズバットになぞらえることで、「お前は二番目だ」とスティーブズ(ジョブズとウォズニアク)よりもさらに優れた存在であることを表現しています。
この案を主張した小沢さん以外の3人は快傑ズバットを知らず、小沢さんは「ズバットの良さを教育して描かせた」とのことで、雑誌掲載時、ズバットを知る読者からの反応がうれしかったと振り返ります。
また、ジョブズと対立するエンジニアは敵役らしさを際立たせたキャラとして描くことで、絵として描きづらい議論の応酬もさながら能力者同士のバトルシーンとなります。
Macintoshを知らない読者
AppleといえばiPhoneの知名度は高いものの、マンガで描かれている時代はまだApple IIやMacintoshといったコンピュータが主な製品で、マンガの読者には遠い過去の存在です。
コンピュータで作画している関係もあって、制作側にはMacintoshの知識はあるものの、読者にはそれが何かを説明する必要があり、そうした読者の視点をネーム段階で編集者がチェックし、制作側にフィードバックを行います。
ネームから作画に入る時点で描くべき人物や背景、そしてさまざまな小道具などの参考写真が必要になります。Microsoftの創業者ビル・ゲイツが仕事に疲れて机に突っ伏して眠るシーンでは、彼が使った初期のコンピュータ「IMSAI 8080」や端末の「ASR33」などの資料を松永さんが集め、これを基に描きます。
オフィスシーンなどは小沢さんが3DCGで作成し、これをシーンに合わせてカメラを配置、手描きでの効果も加えているそうです。
ジョブズとMacintoshプロジェクトで対立したジェフ・ラスキンも、コンピューターサイエンスを修めた魔導士として描かれ、ジョブズは魔導士の呪文に絡み取られますが(第39話)、この呪文も彼の発表した論文から引用したものと語る松永さん。言葉で表現が困難なシーンも、人物のキャラとそれに付随したマンガ的演出で盛り上げます。
禅とジョブズ
ジョブズに関する著述では、彼が禅に傾倒していたこと、そして製品の中にあるコンピュータのベースとなる基板の美しさなどに言及したものは多く見られますが、ジョブズの言う「美しさ」がどのようなものなのかは指摘されていないと小沢さん。筆者もそれまでジョブズの言う「美しさ」が配線の美しさを意味していると思っていました。
しかし小沢さんによれば、「ジョブズはApple IIの基板を禅の庭に見立て、ウォズニアクに部品の配置を指示した」のだそう。言われてみれば確かにApple IIではふたを開けると手前に配置された水晶発振子を池に見立て、奥に行くにしたがって部品の高さが高くなっており、拡張ボードのスロットが世界につながっているというわけです。Apple IIのふたを開けたとき、ジョブズの眼前には禅の庭が広がって見えていたのです。
講演後、参加者をグループにしてマンガのプロットを作るワークショップとなり、プロット作りの勘所を経験しました。
スティーブズはまだ外国語版は刊行されていませんが、登場人物の下にはそれぞれサイン入りの単行本を贈っており、アラン・ケイ、ダン・インガルスといった天才エンジニアたちのツイートが返ってきています。
スティーブズはいよいよMacintoshプロジェクトにジョブズが加わり、伝説のCM「1984」へとつながっていきます。これからエンジニアたちがどのような能力バトルを見せてくれるのか楽しみですね。
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