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朝本浩文さん53歳で死去 UAなどの音楽プロデューサーとして活躍

妻の由美さんがFacebookで報告しました。

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 歌手のUAをはじめ数多くのアーティストの作品を手掛けた音楽プロデューサーの朝本浩文さんが 11月30日に亡くなりました。妻の由美さんが12月3日、「AID FOR Asamoto」Facebookページで報告しました。葬儀は密葬で執り行われ、後日、見送る会を開催する予定とのこと。

朝本
朝本浩文さんの公式フェイスブックで報告されました(画像はAID for Asamotoから)


 朝本さんは2014年9月に自宅付近を自転車で走行中に転倒し頭部を強打。以来、意識不明の状態が続いており、2年2カ月に及ぶ長い療養生活が続いていました。朝本さんの最期を看取ったという妻の由美さんは「長い療養生活でしたがとても安らかな旅立ちでした」と最期の様子をつづっています。

 事故以前、朝本さんから「何かがあった時にこうして欲しい」という願いがいくつかあったとし、その中の1つとして「呼吸をするだけの体になった時には喉の管を外して欲しい」という願いがあったことを報告する由美さん。「その願いだけは……叶える事ができませんでしたが、この長い療養生活の間に私達は学び合い、お互いに一生懸命戦い抜き、悔いを一切残さず、別々に歩む事になりました」と長い療養生活を振り返りました。

 由美さんは「朝本浩文の美しい楽曲の数々が、彼の魂と共に生き続ける事を願っております。これまでの主人に対する皆様のご厚情、ご配慮、そしてあたたかくお見守り下さいました深い愛情に、心より感謝申し上げます」とファンや関係者への感謝の言葉で締めくくっています。

朝本
AID for Asamoto(画像はAID for Asamotoから)

 朝本さんは1985年にロックバンド・AUTO-MODのメンバーとして音楽活動を開始。こだま和文さんや屋敷豪太さんが在籍していたダブバンド・MUTE BEATにも参加し、1991年の脱退後は音楽ユニット・Ram Jam Worldを結成。その後はUAを始め数々のアーティストの作品を手掛ける音楽プロデューサーとして活躍しました。

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