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“独りぼっちの絵描き”が生み出した逸物 中澤一登、「B: The Beginning」を語る(2/2 ページ)

「僕は第一に絵描き」と話す希代のアニメーター、中澤監督が明かす秘話。

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フェラーリの修理工が語った「ある言葉」が示した道

―― 国内外の恐怖と平穏のバランスを意図的に操作する組織や、そこに所属する者たちのバックグラウンド、綿々と続く計画や希望といったものが複雑に絡み合った骨太のストーリーでしたが、ストーリーはどう組み立てていったのでしょう。何か着想になったものはありますか?

B: The Beginning 中澤一登 監督 インタビュー 秘話
狂気をプロデュースする謎の組織「マーケットメーカー」

中澤 あるとき、フェラーリの修理をしている人たちを取り上げた何かの番組を目にしたんです。そこでは「なぜフェラーリはこんなに複雑な作りなのか」という問いに、「複雑に作れるからだ」と答えていたんですよね。

 僕はこれが非常に腑に落ちたというか合点がいったというか。結果的に同じところを目指すとしても、その道はどうあってもいいんじゃないか、近道でも遠回りでも、真っ直ぐ行くことだけが正しいわけではないと思うようになって。

 昨今、シンプルってもてはやされますけど、僕はシンプルか複雑かはジャンルの違いだけじゃないかと思っていて。シンプルで分かりやすいものはたくさんあるので、ちょっと違うものでもいいのかなと。

 「B: The Beginning」は根っここそシンプルな話ですが、それに複雑な着物を着せたら面白いかなと思ったんです。人間関係がこねくり回されているようなアニメを見たことがなかったのも、そうしたものを作りたいと思った背景にあります。

 そういうことを考えていったら、最初は謎を解くだけの話でしたが、人間の感情が入ると不条理がたくさん出てきたりして。だからこそ、きれいに作った絵と音の世界に没入すればよく分からないけどドキドキする心地よい感覚が作れたらいいなと考えたのだと思います。

思わず「ヒャッホー!!」 許された「ある表現」

―― 例えば、舞台となる群島国家クレモナはどこかノスタルジックな雰囲気もあり、中澤さんの絵はやっぱりすごいなとあらためて思ったのですが、モチーフとなるような場所はあったんですか?

中澤 デザインが優れた国や街は世界中にたくさんあって、そうしたものをミックスしていったんですが、最初にモチーフで出たのはイタリアのクレモナという街でした。

B: The Beginning 中澤一登 監督 インタビュー 秘話

―― ストラディバリなどを生み出したバイオリン楽器職人の街ですね。

中澤 はい。あとはキューバ。デザインに優れた旧車が好きなので、今でも当たり前のように旧車が走っているキューバの街並みにしびれます。

―― イメージだけであの世界観を作り上げてしまえるのがすごいですね……。ところで、今作はNetflixのオリジナルアニメですが、従来のテレビアニメなどと異なる制作上のオーダーなどはありましたか?

中澤 何回かNetflixの方と会議もしましたが、僕は“合わせる”タイプなので、オーダーがあってもなくてもそんなに気にならなかったですね。オーダーがあればちゃんと答えたいし、オーダーを満たすものが自分にないものなら、しっかり勉強して得た知識をインテリジェンスに変えアウトプットにつなげていくのは当然だと考えています。先ほどお話に出た「黒子のバスケ」OPのときも、それまでバスケのことを何も知らなかったですけど、バスケの試合をコマ送りで一生懸命見たりしましたし。

B: The Beginning 中澤一登 監督 インタビュー 秘話
賢いだけのリアリストの心と脳がむしばまれていく

―― そんな苦労が! Netflixは表現規制が地上波に比べると緩いとも言われますが、何か影響はありましたか?

中澤 「B: The Beginning」に関して言えば、僕よりも他の方が激しい描写をたくさんやっておられたんですが、仮にシナリオ上で残酷な描写があったとしても、映像にするときに避ける手段はいくらでもあるので、「ダメだったら言ってね、直すから」くらいの気持ちでした。

 ただ、規制周りの話では思わず「ヒャッホー!!」となったこともありました。それまで僕がやられて一番困っていたのが、いわゆる「ポケモンチェック(光感受性発作対策チェック)」。それが問題でないことを知ったときは「懐かしい処理が自由に使えるぞ!」と飛び上がる気持ちになりました。あれが使えると稲妻のかっこよさとかが全然違うんですよ。

―― 「ヒャッホー!!」すごくうれしそうですね! そうしてできあがった物語は結末のその後も想像したくなりました。もしかしてシリーズ構想が?

中澤 僕は、どんな物語も大きな物語の一部でしかない、という考えに立っていて、全てに合点がいって納得のいく物語というのは作っていて違和感を覚えるようになってしまったんですよね。だから、全てがきれいに終わるのは僕にとっては変な世界です。僕の中では「こういう話がこの後続くんだろうな」と思いながらやっていましたね。続くかどうかは別ですが。

―― では少し質問を変えて、制作し終えて苦労のしがいがあった作品となりましたか?

中澤 はい、もちろん。“試したい”ことはたくさんあって、昔のテレビではできたんですが、今はできないことが多くなってしまった中で「やってないことやってみたいよねと」話していたものがやれて、次につなげられることがたくさん増えました。結果ではなく、“やって”よかったなとすごく思います。「こういうやり方もできるんだよ日本のアニメは」というのを少しでも見せられたのならうれしいです。

―― 最後に、あらためて「B: The Beginning」を見る際に注目してほしい箇所があればお聞かせください。

中澤 気楽に見ていただきたいです。全てを見終えた後に第1話を見るとある種の気持ち悪さを感じられるかもしれません。

B: The Beginning 中澤一登 監督 インタビュー 秘話

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