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「今のマンガ家って売れても儲からないんですか?」 『アホガール』のヒロユキ先生に聞く、マンガの現状かーずSPのインターネット回顧録(番外編)(2/3 ページ)

他にも「同人の方がいいってホント?」「電子書籍よりも紙の本で買ってほしいのが本音?」など聞いてみました。

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―― SNSでは近年、商業デビューするよりも同人を描いていたほうが稼げる時代だという意見も見受けられます。

ヒロユキ:特別最近そうなったということではないです。僕が同人をはじめた15年くらい前でもそんな感じでした。100%断言できます。同人は連載を取るまでの紆余曲折がありませんし、Twitterに投稿してバズったら、それを本にして売れるっていう速さもメリットです。

 コミックスだったら200ページ描かなくちゃいけないところ、同人は2〜30ページくらいでも良かったりします。どちらも500円で売る場合、商業は1冊50円しか得られないのに比べて、同人誌は印刷費を引いても1冊3〜400円くらいは入ってきます。


かーずSP ヒロユキ先生インタビュー ヒロユキ先生の商業漫画第1作『ドージンワーク』も、同人誌作家を題材にしたものだった

―― 冊数と印刷会社、紙質で露骨に変わってくる部分ではありますが、概算でそのくらいってことですね。

ヒロユキ:売れた部数が10分の1だとしても、描く枚数も10分の1なのでページ単価としては圧倒的に同人誌の方が実入りがいい。それはもう構造的な事実としてあります。

―― ヒロユキ先生が有名だから同人誌も売れるのであって、ピコ手(無名)サークルだったらそこまでうまくはいかないのでは?

ヒロユキ:僕も無名の同人からスタートしています。デビュー前になんとなく描いていたマンガが全部ボツで、普通にやっていても駄目なら頭を使うしかないなってところから、いろいろ考えました。

 で、1から自分のサイトを立ち上げて、登録サイトに入って登録して、かーずSPさんのような個人サイトに見つけてもらったり(笑)。

―― 懐かしい。2000年代前半はそういう文化でした(笑)。

ヒロユキ:昔だったらCG定点観測さんとかの個人サイトに見つけてもらわないと絶対に拡散しなかった。今はSNSがあるので拡散しやすい。そういう点ではむしろ知名度・認知度にあまり差は出ない、実力があれば伸びていける良い時代になっています。


かーずSP ヒロユキ先生インタビュー 老舗個人サイトの1つ「CG定点観測

―― 雑誌で賞を獲る以外にも、マンガ家として成功するルートが昔よりも増えたということでしょうか。

ヒロユキ:それは確実に増えています。しかも昔は、同人で数字を出そうと思ったら基本的に二次創作しか考えられませんでした。今の同人業界はオリジナルの方が強いこともよくあるようです。Twitterでバズって、それを本にした方が普通に二次創作を出すよりも売れたという話もよく聞きます。

 オリジナルだったら商業にも持っていけますし、やれることも増えています。もちろんお客さんの層が違うので、そのために世間で流行ってるマンガやネタを見て、読者が何を楽しんでいるのかを肌感覚として鍛えていく必要があると思います。

―― 同人をやるメリットは他にありますか?

ヒロユキ:同人で面白いネタが描ければ商業にもフィードバックできますし、商業で面白いマンガを描けば、同人にも人がきてくれます。どちらか片方だけよりも、両方やった方が相互効果が大きいんです。

―― なるほど。

ヒロユキ:同人はすごく勉強になります。Twitterに投稿するのも同じですが、目の前にお客さんがいて、反応があるかないかが露骨に判明します。

 それが商業誌で連載を取るときに「こういうことをした時は反応がなかった」「これは反応が良かった」とか、自分の中で判定基準ができるのが強いです。

―― 商業と同人の2本立てだと、収入も安定しますしね。

ヒロユキ:商業連載していると年間の収入の予測がつくじゃないですか。税理士さんと相談して目標を立てて、目標値に足りないと思ったら同人活動を増やして年間の帳尻合わせをすることもあります。

―― そこまでされているとは、すごいですね。

ヒロユキ:マンガ家は運が絡んでくる商売であることは間違いありませんが、人生を完全に運任せにするわけにはいきません。運が悪かった時の準備をしておくべきで、商業が売れないときでもダメージが少ないやり方を常に模索しています。


かーずSP ヒロユキ先生インタビュー ヒロユキ先生ももともとは同人出身だった

商業マンガのメリットは「スケール感」

―― 同人のメリットは分かりました。逆に商業に進出するメリットはなんでしょうか?

ヒロユキ:スケール感ですね。同人で1万人に売るよりも、商業で10万人に売ったほうが大勢の人に届きます。1冊1冊の実入りが少なくても、10万人が自分のマンガを読んでくれるのはうれしいです。

 それに僕は編集者、編集長、営業の人たちと大勢でマンガを作るのも好きなんです。分かりやすい例としてはアニメ化ですよね。たくさんの人数が関わって、自分のタイトルのアニメを作り上げてくれる。マンガを描いているときは常に孤独なので、だからこそ成功した時に、みんなで喜びを分かち合えることが魅力です。

―― 昨今、編集者不要論というのもささやかれています。

ヒロユキ:僕の場合は、早いペースで生産するには編集さんがどうしても必要です。1話完結だからというのもあるんですが、毎週締め切りがあると自分だけではアイデアが出し切れなくなります。打ち合わせで「今週どうしましょうか」ってアイデア出しをしてもらえることで描けるんです。

―― 編集者からの指示で迷走したりとか、そういう側面についてはどう思われますか? 人気が出ないからテコ入れで「美少女出しましょう」って言われて出したけど結局打ち切られたりとか。

ヒロユキ:その提案を受け入れるかどうかはマンガ家さんの判断ですから、それは編集者だけのせいにはできないと思います。編集長から「このマンガは人気がないから何か考えろ」って言われたら、なんとかするように提案するのが編集者の仕事ですから。

―― 手厳しい。

ヒロユキ:本来そのマンガが持っている面白さを上げる要素以外は、基本的にテコ入れって失敗すると思うんです。だからマンガ家としては「それをやって、このマンガ的に意味がありますか?」と言えるように、自分のマンガのどこが面白いのか、ちゃんと把握しておきたいですね。

 そのマンガの面白さをより伸ばすことを考える時に、別ベクトルの要素を出されたら「このマンガの面白いところはそこですか?」と反論し、いい方向を探るしかないですね。

―― 『バクマン』で、途中から引っかき回す編集者が出てくるじゃないですか。

ヒロユキ:港浦さん(笑)。


かーずSP ヒロユキ先生インタビュー 『バクマン』(小畑健/大場つぐみ)第1巻

―― ああいう人に当たったら苦労するだろうなと感じました(笑)。

ヒロユキ:そのために、マンガの面白さをちゃんと自分で理解できているのか、自分の能力を上げておく必要があるんです。

 編集者の意見で多少は上下するとしても、それに振り回されないくらいの目線は持っていないと厳しいです。『バクマン』の服部さんみたいに優秀な編集者に当たればいいんですけど、当たらなかった時にどうしようもならないんじゃ、仕事として続けるのは難しくなってきますから。

 マンガ家として生きていくなら、1人の編集さんと一生ずっとやっていくことは基本的にありえません。編集者が変わってもマンガを描き続けられるように、常に準備をしておかないといけないというのが僕の心構えです。

―― 編集者からひどい目に遭ったというマンガ家の話がバズったりします。こういう時、マンガ家としてはどういう対応をすればいいと思いますか。

ヒロユキ:自分が聞いた話では、編集長に直訴して「編集者を変えてくれ」って言うとか。でも担当さんに不満があるといっても、別の面で良いところや相性などもあるでしょうし、それは普通のことなんだろうなって思います。

―― 確かに、仕事相手に良いところも悪いところもあるというのは、他の仕事でも同じことがいえそうです。

ヒロユキ:でもトラブルが編集者の側から語られることはないので、あまりうのみにしない方がいいかも、とは思います。出どころが怪しい情報もありますので、それがマンガ業界の真実であるかのように騒がれるのは、なんとかならないのかな……って感じます。

―― 編集者とうまくやっている人は、わざわざそれを言いませんからね。変な人が一定の割合でいるのはどの業界も一緒だと。

ヒロユキ:ええ。それに編集者とうまくやれない人は、同人や個人の電子書籍という選択肢もあります。ですから、ことさら出版社を一方的な悪役にしなくてもいいのになっていう気持ちはあります。


かーずSP ヒロユキ先生インタビュー 「月刊連載でも、長く続けていくと編集者の意見がやはり欲しくなってくる」とヒロユキ先生

電子と紙、どっちで買う方が作者のためになる?


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