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インタビュー

2018年は「百合の多様性の時代」 『裏世界ピクニック』宮澤伊織×「最悪にも程がある」いとうに聞く、激動する百合の現在地(1/3 ページ)

これからの「百合」の話をしよう。

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 読者のみなさんは百合についてどのような印象を抱いているでしょうか。「少女同士の淡い恋心」? 「友情以上恋人未満」? 「学生時代のはかない思い出」? ――もしそういった印象だとすれば、その“百合観”はアップデートする余地があります。

 いま、百合は激動の時代を迎えています。百合レーベルからだけではなく、一般作品から次から次へと百合作品が生まれている「百合爆発」ともいえる状態なのです。

 百合に何が起こっているのか。『裏世界ピクニック』の宮澤伊織さんに、「最悪にも程がある」のいとうさんとともに「百合」「SF」について聞くインタビュー後編では、「百合の現在地」をあますことなく聞いていきます。

百合トーク
「百合の現在」を全力で聞いていきます

2018年、百合の時代

――おふたりの百合観について、もっともっと聞いていきたいです。

いとう 2018年は、「百合の多様性の時代」だと思っています。10年前は「ここに百合があるぞー!」と誰かが叫べば、百合好きたちは「百合があるのか!」と大移動していた。そんな落穂拾いのような状況だったわけです。でも今は書き手も読み手も増えて、みんなが1つのジャンルに集まることはない。「拾っている」場合ではなく、「やっていく」という状態になっているのではないでしょうか。

宮澤 だいぶいい時代になりました……。

いとう 少し前は、百合をパワーワードで表す流れがあったように思います。例えばアニメ「ヴァルキリードライヴマーメイド」(2015)のころは、「顔がいい」という言葉を言い出す人が増えていました。

百合トーク
「ヴァルキリードライヴマーメイド」は男性向けアニメにも思えるが、百合好きからも高い評価を得た作品

※「顔がいい」:キャラクターの魅力を言い表す際に、まず第一に顔面偏差値の高さを挙げること。

宮澤 けっこう広まりましたよね。ある意味ルッキズムを体現したような露悪的な言葉ではあるので、批判する人もいると思います。必ずしも僕はルッキズムだとは思わないし、あと僕はルッキズムという単語自体が粗雑に思えて使いたくないんですけど、それはそれとして我々は「顔の良さ」という概念に向き合っていくしかない。「顔の良さ」はある種の「力」なので、「メチャクチャ強いヤツ」に暴力を振るわれたら一方的にボコボコにされるしかないのと同じように、「メチャクチャ顔がいいヤツ」が目の前に現れたら人生がメチャクチャになるしかないんですよ。

いとう 「Undertale」というゲームに、半魚人の女騎士アンダインと、恐竜のような姿をしたデブの科学者アルフィーの百合があるんです。2人はわかりやすい美少女ではないけれど、百合カップリングとして素晴らしい。オタク的なルッキズムに縛られていない百合はいいな〜と思いつつも、暴力的な“顔の良さ”に惹かれてしまう気持ちもあります。

百合トーク
ゲーム性やストーリーの評価が高い海外ゲーム「Undertale」。個性的なキャラクターの中に、百合要素が含まれている

――「顔がいい」のようなパワーワードをみんなが使うようになると、かえって陳腐化するということもあるのでは。個人的には2013年ごろに生まれた「クレイジーサイコレズ」は「どうなんだろうこれ」と思ってしまいました。

※クレイジーサイコレズ:病的なまでに特定の女キャラクターに対して愛情を示す女キャラクターをこのように称することがあった。

いとう あれは最初に出てきたときはそれなりに意味があったと思います。それまで長い間、「百合=きれい」「レズ=AVやエロ」という嫌な腑分けがなされていた。でも二次元のキャラクターが「クレイジーサイコレズ」と評されることで、レズ=AVやエロという図式が崩れたわけです。

宮澤 でも、おっしゃるように、パワーワードと「正しさ」の関係ってきっとありますね。みんなが使い続けることで、だんだんと正しくなくなってくる感覚はあります。パワーワードはうんこのようなものなので、どんどん捨てていっていいんじゃないでしょうか。強い概念をみんなが理解できたら、こだわらずに捨てて、あとはディテールに落としていければいい。

いとう そろそろ捨ててもいいのではないかと思っている言葉のひとつに、「女と女の関係性」「女の感情がすごい」があります。昔だったら「この作品には女と女の関係性があります!」と言われたら、喜んで見に行っていた。でも、今はもうそういう時代ではない。女の感情がすごいのは当たり前として、どうすごいのか言葉を尽くすべきではないかと思います。

※「女と女の関係性」「女の感情がすごい」:恋愛と明言されておらずとも、女キャラが女キャラに対して特別な感情を募らせている状態、もしくは関係性。特に百合レーベル以外から出ている作品についてこのように表現されることが多い。

宮澤 そこはちょっと難しいなと思っていて……もちろん百合ジャンルの中にいる人には、具体的な話が必要とされているタイミングです。でも百合ジャンルの外にいる方には、まだ「百合とはなんぞや」がアップデートされていないのではないでしょうか。アップデートの入り口として、まだ「女と女の関係性」という言葉は必要とされていると思うんです。

 以前、SFセミナーというイベントに呼んでいただいて、百合を知らない来場者に対して百合について語ってくれとムチャ振りされたんですよね。わかった、そっちがその気なら、俺が死ぬか皆殺しにするか二つに一つだと思って、なんとか生き延びましたけど……あのとき話した内容は後日noteにも「百合が俺を人間にしてくれた――宮澤伊織インタビュー」という形でまとまったのですが、あれには僕オリジナルの言葉はほとんどなくて、だいたい観測範囲の現状をまとめただけだったんです。でも聞いている人や、ネットの読者にとっては、新しい話として受け止められた。やはりジャンルのざっくりとした説明をする上で、「関係性なんですよ」という言葉は必要なんじゃないかと。

いとう 確かに、外周で使うべき言葉と、内側で使うべき言葉は違う必要があるかもしれない……。

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