「武安」、「馬克太」、「善均」……これ、何を指しているかお分かりでしょうか。答えはそれぞれ「ブリアン」「バクスター」「ゼンキンス」(ジェンキンス)で、すべてジュール・ベルヌ『十五少年漂流記』のキャラクター名です。
1888年に刊行された『十五少年漂流記』は、明治29(1896)年の邦訳『十五少年』(国立国会図書館で公開されています)で、上記のような当て字を用いて登場人物を表記していました。現代から見ると強引に感じられますが、当時の人にはこちらのほうが読みやすかったのでしょう。「読みやすい翻訳」の姿は、時代や状況に応じて変化していくのです。
「武安」から120年以上経った2019年6月6日、学研プラスの児童書シリーズ『10歳までに読みたい世界名作』より、『ナルニア国物語 ライオンと魔女』(原作/C.S.ルイス、編訳/那須田淳、絵/佐々木メエ、監修/横山洋子)『十五少年漂流記』(原作/ジュール・べルヌ、編訳/芦辺拓、絵/丸谷朋弘、監修/横山洋子)が刊行されました。価格は各880円(税別)です。
表紙にはアニメ風のイラストとポップなロゴがあしらわれ、さらにふりがなの入った簡潔なあらすじが入れられています。一目で誰が主人公なのか、どのようなジャンルの物語なのかが伝わってくるデザインです。
これまで26冊を刊行している『10歳までに読みたい世界名作』シリーズは、「読みやすい児童書」を作るためにどのような工夫をしているのでしょうか? ねとらぼ編集部では学研プラス編集部に取材を行い、子どもたちに受け入れられる本作りについて話を聞きました。
シリーズのねらい
――本シリーズで目指していることは何ですか?
世界のベストセラーである世界名作の面白さを、より多くのこどもたちに届けることです。
完訳本を読むことは素晴らしいことですが、まずは世界名作と出合うことが大事であると考え、敷居を低くすることを目指しています。
――ミリオンセラーの大ヒットシリーズですが、子どもたちに人気がある理由は何だと思いますか。
(1)親しみやすいアニメ風のカラーイラスト、(2)巻頭の図解「物語ナビ」、(3)読み進めやすい文章、の3つだと思います。
(1)に関して、アニメ風イラストの児童書は色々と出ていますが、10歳名作シリーズでは、本文の挿絵も全てカラーです。世界名作は物語の舞台となる国も時代もさまざまなので、読者にとっては文章だけだとイメージしにくくなります。例えば1900年頃のパリの街が舞台だとして、なかなか想像がつきにくいですよね。そこでカラーの挿絵をたくさん入れることで、すっと物語の世界に入りこめるようにしています。イラストレーターさんのお力によるものが大変大きいところです。
(2)の「物語ナビ」は、本文への導入ページです。世界名作の物語や登場人物をあらかじめ紹介することで、読者を物語の世界へと導いています。また、これから始まるお話が楽しみになるような工夫をしています。
(3)の文章については、章立てが多めという点が特徴です。原作に沿いながらも、読者が読み進める楽しさを味わえるようにしています。
――シリーズの中で最も反響の大きかった作品はどれですか?
それぞれ色々なタイミングで反響があるので「最も」というのは難しいのですが、『名探偵シャーロック・ホームズ』『怪盗アルセーヌ・ルパン』については、「ミステリーをはじめて読んだけど、おもしろい!」「続きが読みたい!」という声が多く寄せられました。
そのため、「10歳までに読みたい名作ミステリー」という派生シリーズを刊行し、各5巻ずつ出しています。
子どもの知らない言葉を子どもに伝えるには?
――編訳する際にはどのようなことに注意しているのでしょうか。
編集部から作家さんに対しては、「原作に沿いながら、その魅力を凝縮するイメージで」とお願いしています。2巻『トム・ソーヤの冒険』や19巻『フランダースの犬』、25巻『ナルニア国物語』編訳の那須田淳さんは、3作を編訳するにあたっての留意ポイントとして「原作をわかりやすく、ドキドキを大事にしつつ、そのオリジナルの魅力や世界観をそこなわないようにした」とおっしゃっていました。
――古い訳には現代の子どもには伝わらない表現や問題のある表現がたくさん出てくるかと思いますが、具体的な変更例があれば教えてください。
おっしゃる通りで、「電報」や「貴族」など、(古い訳には)当時ならではの言葉や、今の子どもにはイメージがつきにくいものが多く登場しますので、文中で自然に説明を入れるか、注釈やイラストでフォローしています。
例えば『ナルニア国物語 ライオンと魔女』では、ターキッシュ・ディライトという、トルコ原産のお菓子が登場します。原作にはお菓子についての説明はないのですが、編訳の那須田淳さんは、「『これは、ターキッシュ・ディライトというナルニアの名物ですよ。』…(略)…とびっきりあまくて、口に入れると、とろけるようなさとう菓子が、いっぱいつまっていました。」のように、想像しやすい描写を入れこんでくださっています。
また、『海底二万マイル』では、本来はアロナクスという博士の目線で描かれていますが、読者が感情移入しやすくなるように、博士の助手、コンセイユの語りに変更しています。これは編訳の芦辺拓さんのご提案です。
アニメ風に変えていても、設定自体は変えていない
――カラーイラストを発注する際、イラストレーターさんにはどのようなイメージでお願いしているのでしょうか? ナルニア国物語のタムナスさん(※)など、従来の挿絵からはかなり印象が変わっているキャラクターもいるかと思います。
※タムナスさん……『ナルニア国物語 ライオンと魔女』主人公のルーシーがナルニアの世界に迷い込んだとき、最初に出会ったナルニア人。ナルニアの外から来た人間に好意的で、ルーシーをお茶に誘う。
現代風にアレンジしていると思われるかもしれませんが、実は原作の描写や、物語の時代設定にできる限り沿っています。一部アレンジもありますが、服や小物も時代考証をしています。その上でこどもたちに親しみやすく、また親御さんから見ても安心なイラストをお願いしています。タムナスさんについても、「首には赤いニットのマフラーを巻き〜」などの原作の描写や、神話に出てくるフォーンの設定を基にしています。
ただ、タムナスさんと仲良くなるペベンシー家の末っ子ルーシーは9歳です。9歳の女の子というと、ちょうど読者世代に当たります。読者が思わず友だちになりたくなるような雰囲気を目指して描いていただいています。(学研プラス編集部)
現在学研プラスからは『10歳までに読みたい世界名作』のほか、『10歳までに読みたい日本名作』『10歳までに読みたい名作ミステリー』が刊行されています。
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