世論が「こわい話」を後押しする
「口裂け女」のウワサが最初に流行したのは、いわゆる「受験戦争」が過熱し学習塾・予備校が一種のブームになる一方で、社会問題化していた1979年のことでした。当時は「子供を勉強漬けにすること」「塾に行っているか否かで決まる学力格差=学歴格差」に批判的な世論が巻き起こっていたといいます。
そんな世間が、「子供を夜遅くまで塾に通わせるべきでない」という教訓譚を求めた。結果として「夜、塾帰りの子供が襲われる」物語が生まれたのではないか――というと、考えすぎでしょうか?
実際、中部地方での「口裂け女」譚の流行には、経済的な理由等で塾に通わせられない保護者が、子供に塾通いを諦めさせるために流した、あるいは流布を放置したという説まであるそうです。
「信じたい」から「信じてしまう」
先ほどのブルンヴァンの3要素に話を戻しましょう。
(3)「有意義なメッセージが含まれること」で求められるメッセージ性は、同時に(2)「実際にあったことだと信じられること」を強化することにもつながります。
人は往々にして、「そうなんじゃないかと思っていること」「そうだと良いなと思っていること」を肯定するメッセージを含む「ニュース」の真偽を疑わないからです。
「罵倒したりんご」「江戸しぐさ」「反ワクチン」……ポスト・トゥルースなんて言葉を使うまでもなく、カエサルの昔から「人は信じたいものを信じる fere libenter homines id, quod volunt, credunt.」ものです。
特にSNSにおいては、匿名を前提としていたネット掲示板と異なり、多くの人が固有名を背負っているため、「道徳的な」「正しい」メッセージを持った物語の方が拡散されやすいのは間違いないでしょう。
もう勘のいい読者の方ならおわかりでしょうが、冒頭の大ウソも、ブルンヴァンの3要素にのっとって作ったものです。
「女性が顔に硫酸をかけられ、失明する」というセンセーショナルなイメージに加え、「ヘイトスピーチを含むブログの炎上」という、何度も繰り返され誰もろくに覚えていないタイプの「ありふれた事件」を題材に取り、「ネットの情報をうのみにして拡散するのはやめよう」という分かりやすい教訓を与えました。
いかがでしょうか? 普段はネットのデマに踊らされる人をバカにして、「俺はフェイクニュースにはだまされないぞ」と思っている人こそ飛びついてくれるような「広めたくなるこわい話」になっていたら良いのですが。
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