10月4日に公開された映画「蜜蜂と遠雷」。恩田陸の国際ピアノコンクールを舞台にした青春小説の実写化です。
“クラシック音楽”と聞いて取っつきにくいイメージを持ったのですが……そんなことはなかった! 若手ピアニストのコンクールという設定で、今をときめく若い俳優たちのフレッシュな演技を見ることができます。魅力的なキャラクターが群像劇の中で描かれていました。
筆者は原作小説を履修済み(読んでなくても大丈夫です)。映画は、原作小説から友情や恋といった青春要素をあえてバサッと切り落とす構成(筆者は原作に登場する奏ちゃんというキャラが好きだったのですが、彼女の存在はまるっとなくなっていました。でも十分素晴らしかったです)。音楽的な要素にフィーチャーすることで、ピアノへの愛、音楽への愛、「音楽は身の回りにあり生活そのものである」というテーマが余すところなく伝わってきました。
「生活者」松坂桃李の存在感
原作よりも存在感が増していたのが、松坂桃李演じる高島明石です。彼の演技がとにかく凄かった! 結婚して子どももいる明石は、働いて家族と暮らす日々の中でピアノを練習する時間を確保しなければなりません。地に足のついた暮らしを送っているからこそできる演奏を「生活者の音楽」と名付け、コンクールに挑んでいます。天才ではない彼は、観客が最も感情移入しやすいキャラクターかもしれません。
28歳という設定ですが、憔悴して松岡茉優にボヤいてる姿はもはや30代後半にすら見えました。生活……ほんと疲れるよね……わかる……(生活者の実感)。
コンクールから遠ざかっていた元天才少女・栄伝亜夜を演じるのが松岡茉優です。彼女の所在なげな演技も随一です。「万引き家族」に続き、控えめなのに存在感を放つ演技から目が離せません。迷いを抱えながら過ごす亜夜は、顔は笑っていても、目がどこにも向いてません。そんな彼女の視点のシーンは背景もぼやけた演出になっており、彼女の心情を反映しています。
つかみどころのない天才少年・風間塵を演じるのは鈴鹿央士です。彼は、広瀬すずがスカウトしたことで話題の新人俳優。本作で演じる役柄も、突然現れた「期待の新星」であり、現実の彼とリンクしていて、ワクワクします。
亜夜と塵の2人が月夜の下でピアノを弾く場面が非常に美しく、心が通じ合っている様子に心打たれます。このシーンを観るためだけに映画館に行く価値があるほどです。
日系ペルー人の母とフランス人の父を持つマサル・カルロス・レヴィ・アナトールは、バランス感覚の良いハイブリッドな天才。そんな彼を演じるのが、スティーヴン・スピルバーグ監督の「レディ・プレイヤー1」にも出演し、世界的に名の知れた俳優・森崎ウィンです。カリスマのオーラが出ていた! 一方で繊細な一面も丁寧に演じ切っていました。
映像表現がすごい!
本作はとにかく映像が抜群に素晴らしく、まさに超絶技巧。監督と撮影監督が共にポーランド国立映画大学で学んでいたこともあってか、いわゆるいつもの邦画とは一味違った雰囲気を味わえます。冒頭から、溢れ出す水滴や馬が走る映像に度肝を抜かれます。亜矢をはじめとする登場人物の心理描写も、気持ちが不安定になると画面が揺れるなど、映像で表現されているのです。
演奏シーンにはプロのピアニストが起用されていますが、天才少年は20歳のフレッシュな若手が演じるなど、作品の役柄に合わせた配役でした。ピアニストのプロフィールをしっかり知った上で、また見たくなりました。
小説でしか表現できない映像化不可能な作品とも言われていましたが、本作は映画でしか実現できない表現に挑戦し、しかも見事に成功させています。登場人物たちの音楽へのひたむきな姿勢に触れ、私も自分の大切なものにもっと真摯に接しようと思うことができました。創作意欲の湧いてくる、前向きですてきな作品です。
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