イギリス料理がまずいのは「早い・安い・腹持ちがいい」を突き詰めた結果
――イギリス料理はまずいというイメージがありますが、再現したものはおいしかったのでしょうか?
イベントで提供した際、「ホームズの時代に、こんなにおいしい料理があったんだ」という気付きを味わっていただきました。おいしくないというイメージができたのは、ロンドンのレストランが「早い・安い・腹持ちがいい」を突き詰めた結果です。
ロンドンは産業革命で人口が一気に増えたので、とにかく大人数をさばいていかないといけなくなり、おいしさは二の次になってしまいました。外国人はレストランの味をその国の味と思ってしまいます。イギリスの一般家庭の料理は長い時間をかける素朴な料理なので、レストランとはまた違うクオリティーですが、外国人が食べる機会は限られたことでしょう。
ロンドンも最近では、本場のインドカレーや本格イタリアンなんかのおいしいレストランができているらしいです。ふとイギリスの食のアイデンティティーは何だろうと考えることもありますが、とにかく世界の食材がロンドンで味わえるということですよね。
食を通して歴史を知ることが「歴史メシ」の面白さ
――確かにカレーの材料を見ても、カレー粉・ケチャップ・ココナッツミルクなど、世界を制覇した国の材料だなと感じます。ちなみにカレー粉は、いつからイギリスにあったのでしょう?
東インド会社が隆盛してきたのは1700年代で、インドの植民地から食材がもたらされました。それをキッカケにオリエンタル文化が発展します。
カレー粉として販売されたのは1890年代です。「白銀号事件」が1892年、「海軍条約文書事件」は1893年の発表ですから、コナン・ドイルは、当時の食のはやりを取り入れていたことが分かります。
――戦争などを通じて食材が移動することも多いのでしょうか?
そうですね。大航海時代以降に植民地からヨーロッパに食材がもたらされました。例えば、大西洋の諸島で砂糖が取れるようになり価格が下がっていきました。歴史って、戦争だけで追うと殺伐としてしまいますが、食を通して歴史を追いかけると親しみやすくなります。そういうところが歴史メシの面白いところです。
歴史メシをおいしく現代によみがえらせる 音食紀行の「歴史料理再現プロジェクト」とは
「音食紀行」は歴史料理を再現して食べるイベントを開催しています。遠藤さんは「料理は、食べてくれる人がいてこそ」といいます。目指しているのは単なる再現ではなく、現代人が食べてもおいしい料理として作ること。これは音楽にも精通している遠藤さんらしい発想で、古い曲を完全に再現するのではなく、現代人が楽譜を自由に解釈して演奏することに似ています。
――遠藤さんは歴史料理を再現するイベントをしていますが(関連記事)、思い出深い料理というとなんですか?
イタリアルネサンス時代の、「イチジクの温製サラダ」は印象に残っています。干しイチジクは熱を加えると甘みがすごく出ます。その甘みと、塩コショウ・ローズマリー・タイムなどのスパイスをかけた野菜がすごく合います。なかなか絶妙な味になりました。
あとは、古代ギリシャのスパルタ料理です。彼らラケダイモン(スパルタ人自らが呼んだ称のこと)は、戦時中はおいしい料理が食べられて、平時のときはまずい料理しか食べられませんでした。だから闘いに行くときはみんな喜び勇んでいくんです。そのスパルタ料理である豚の血を使ったスープを作りました。
豚の血を東南アジアから輸入しましたが、ニオイを嗅いだだけでむせてしまって。味も人間の血のようなものでした。イベントで提供するものなので、血をごくごく飲ませるのはどうかと思い 、鍋に豚の血を少量注いだ後、オリーブオイルと赤ワインビネガーなどを加えていって、なんとか飲めるスープを作りました。この料理をおいしく作るというのは、かけがえのない体験になりました。
――現代人とは味覚が違うこともありそうですね
同じ地域でも、時代で味が変わっていることがあります。例えば、イタリアはトマトとパスタというイメージがありますが、これらは古代ローマ時代にはまだありません。何を食べていたかというと、魚醤を使っています。砂糖もないので、蜂蜜を使います。
古代ローマの牛のステーキは、ソースは魚醤と蜂蜜、赤ワインビネガーが入っています。面白い味なんですけど、これが今のイタリア料理の先祖かと言われると、素直にうなずくことができません。むしろ、現代の日本人の方が味になじみやすいのではと感じました。
こうやって歴史メシを作っていると、2000年、3000年、4000年の歴史の層が重なって現代になっているんだと実感できます。
この記事で紹介したシャーロック・ホームズのチキンカレー、マトンカレーのレシピは『シャーロック・ホームズ生誕祭料理レシピ集』に掲載。また、「イチジクの温製サラダ」「スパルタ風ブラックスープ」「古代ローマ風 牛のステーキ」は『歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる』で読むことができます。
“あるモノから歴史を追う”というコンセプトの本はいろいろありますが、“料理”は身近なだけにとっつきやすさがあります。筆者もチキンカレーを再現しましたが、食べ慣れない味ながら本当においしいものでした。そして、19世紀イギリスにタイムスリップした気分が楽しめました。
(高橋ホイコ)
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