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アニメ評論はなぜ「無いように見える」のか? アニメ雑誌と評論の歩み――アニメ評論家・藤津亮太インタビュー(2/3 ページ)

アニメ評論の歴史について、藤津さんに聞いてきました。

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藤津 テレビアニメって、今でも見ようと思うと全部見られるんですよ。例えば漫画を全部読むことは不可能ですけど、テレビアニメは全部見ようとすると見られる。さらにいうと全部でなくとも、8割、7割って思えば、かなりフォローできるんです。

 すると何が起こるかというと、何人か詳しい人をフォローしておけば、「あれ見たほうが良いよ」って情報はすぐ入ってくるんですよね。レビュー側で「これ面白いよ」っていうのが、ファンに向けて成立しにくいんです。「それはもう知ってるよね」となるので。



――ねとらぼでも映画ならレビューはちょくちょく載りますが、テレビアニメを毎週記事にするのはまれですね。

藤津 テレビアニメを毎週書くのって、なかなか難しいんですよ。

――毎週書くのが義務のようになってきてしまうので、よほど作品愛がないと。

藤津 テレビアニメはトータルで見て「ああ、だからこうだったんだよね」っていうものなので、並走して書くのは苦しい。終わってから書くっていうのはできると思うんですけど。

 テレビアニメに関する評論的な行為というと、これは完全にファンがやってるものですが、毎年末に「話数単位で選ぶ、○○年TVアニメ10選」(※1)というのがあって。

 投票して1位を決めるわけじゃないんですよ。一応どの票が多かったかという集計だけはするんですけど、それで1位がすごいという話でもなく。シリーズ全体としての評価はいまひとつでも、一本だけすごい回があった作品も拾えるので、年間のまとめにもなる。そういうのは意外に商業媒体でないので、テレビアニメのレビューとしては面白いですね。

【※1:「話数単位で選ぶ、○○年TVアニメ10選」:個人ブログ「新米小僧の見習日記」が行っていた投票企画。放送期間の他に、「1作品につき上限1話」「順位は付けない」というルールがある。2020年に企画10周年を迎えたのを機に、同サイトは企画から離れると報告している】

――商業媒体では対応しきれない部分をファンの側が担っていると。

藤津 IMART(※2)で朝日新聞の小原さん(※3)が『ニュータイプ』の井上伸一郎編集長(当時)に聞いた話として、「(アニメ誌での批評は)可能ではあると思うが、読者に必要とされていないのではないか」と答えられたという話をしていましたけど。

それは結局、ファンが批評によって自分がこれから見るアニメを決めるわけではないからなんですよね。自分の好きなアニメを自分で選べるからこそファンなわけで。もちろん批評が機能する場合もゼロではないんでしょうけれど、もともとのニーズとして薄いわけです。

【※2:「IMART(国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima)」:豊島区役所で2019年11月に開催された。トークセッション「アニメのジャーナリズムのこれまでとこれから」には藤津さんの他に、朝日新聞でアニメコラム「アニマゲ丼」を連載中の小原篤記者、雑誌『ニュータイプ』編集長の角清人さん、アニメビジネス専門サイト「アニメーション・ビジネス・ジャーナル」編集長の数土直志さんが登壇した(参考:アニメのジャーナリズムのこれまでとこれから 各メディアの特性や“アニメ業界の独自風習”まで徹底議論【IMARTレポート】 - アニメ!アニメ!ビズ)】

【※3:小原篤:朝日新聞の東京本社版夕刊で「アニマゲDON」(1999年〜2003年)を月刊連載、朝日新聞デジタルで「小原篤のアニマゲ丼」(2007年〜)を週刊連載中。前回のねとらぼの記事にアンケート回答を寄せてくれている】


アニメ雑誌の立ち位置

――ところで、アニメ雑誌各社はなぜアンケートに答えてくれなかったのでしょうか。藤津さんにお尋ねするのも筋違いかもしれませんが……。

藤津 アニメ誌は、自分たちがそこを担うというつもりがあんまりないから、ということじゃないでしょうか。僕の感触では、回答はしなかったけれど、先ほど触れたアニメイトタイムズの回答に近い感じだと思いますよ。「評論をやるべき」ということそのものが、アニメ誌の立ち位置とは違います、ということなのだろうなと。

――それはやはりニーズのため?

藤津 ニーズ的なことも含めて「うちが力を入れてるのはそこじゃないんで」ってことですよね。個人的には「それでいいから答えればいいのに」とは思いますけど(笑)。

 外の業界の方がアニメについてよく分からないときは、僕とか氷川さんとか、そこそこ名前を出して仕事をしてる人間に連絡が来るわけですけれど。アニメ誌の編集長に聞いたほうが良いんじゃないの? って思うときがあるわけですよ。専門誌の編集長ってそういう役割じゃないの? と。



――そういう意味ではIMARTは良い場だったといえますね。

藤津 あそこに『ニュータイプ』の角さんが出てきてくれて本当に良かったなと思います。そうした場がないと、アニメ誌という媒体が外の世界に向かって何を発信するか、というのが抜けちゃうというかね。ファンのために良い雑誌を作っているだけだと、どうしても縮小均衡していくので。

 アニメ誌って、今もちゃんと作ってるんです。つまり、作品に並走して、そのクリエイターがどう思って作ったかってことをちゃんと追っかけて、ファンに伝えようとしている。他方で、その回路に集中すればするほど、今はよほど偶然がない限り、1ページでもレビューを載っける雰囲気はあんまりないだろうなと感じます。

――とはいえ藤津さんは『ニュータイプ』と『アニメージュ』で評論コーナー「アニメの門」を足掛け7年間も連載していました。

藤津 「アニメの門」の連載が始まったのは偶然で。雑誌『STUDIO VOICE』のとあるアニメの特集で、「面白いアニメを知りたかったらアニメ誌を読んじゃだめだ」というような挑発的なことが書かれていて。そこにカチンときた当時の『ニュータイプ』編集長とたまたま取材で会って、「あれ読みました?」と言われたのがきっかけです。それで、何かちょっと挑戦的なことをやりたいのかな、と思って、「レビューを書かせてもらえませんか」と持ちかけたのです。『STUDIO VOICE』という“外圧”がなければ書いてなかったですね。

――そんな経緯が。



紙とWeb

――「アニメの門」はその後『アニメージュ』で「アニメの鍵」に改題して連載が続き、現在はWeb媒体の「アニメ!アニメ!」で「アニメの門V」として連載中です。紙とWebで違いはありますか?

藤津 そこは特にありません。紙のときよりも文字量の制限がないので、言いたいことをちゃんと言い切るまで書けるというくらいでしょうか。もともと2000字くらいで始めたんですけど、今は3000字弱くらいになってます。多いときだと4000字とかにもなります。

――アンケートでも各媒体に聞いた部分ですが、版元からの画像チェックについてはいかがですか?

藤津 なんだかんだで絵を借りると、文句を言われないまでも、やはり一応原稿見せてくださいみたいな話になるのは事実です。だから個人的なスタンスの話でいうと、僕は自分の原稿には絵がなくても良いんだって思って書いてます、連載をまとめた『ぼくらがアニメを見る理由』では、基本的には場面写もジャケット写真も使用しませんでした。



――言われてみればそうでしたね。

藤津 それはやはり借りる手間暇と、借りた以上は「原稿は藤津の意見ということで良いですけど画像のキャプションは見せてください」ってことは当然あるので。以前の著書で、キャプションにその作品がある事件をきっかけに放送中止になったことを中心に書いたら、「ここは作品の内容書いてください」って来たことはありました。まあ言いたくなる気持ちも分かるので、そこは直しましたが。

あと作品によっては「図版を貸し出す場合は権利元の原稿確認が必須です」とか、ネタバレ禁止とは違う意味で「作中に登場するある要素については触れてくれるな」といった要請がある場合も、多くはないですが、存在はします。

――アンケートでは朝日新聞の小原さんも、ケースバイケースで対処していると答えていましたね。


朝日新聞 小原さんの回答(抜粋)

過去の作品のスチル写真を使いたい時は、アニメスタジオや出版社、レコード会社などいわゆる「版元」に提供していただく場合もあり、記事内容を事前にチェックしたいという条件を出されることはあります。その場合の対応は、画像の使用をやめるか、あるいは、作品に触れている部分の記述を伝えて使用許諾をいただくか、など、ケースバイケースです。


ニーズを獲得するための“戦略”

藤津 そもそも、評論ってあったほうが良いと思いますか?

――冒頭でも言った通り絶対に価値のあるものですし、読み物としても好きです。普段から常に読んでるかと言われれば微妙ですが……気に入った作品の評は結構探して読んだりします。

藤津 僕もアニメ評論って便利だし役に立つなって思ってもらうようにしたいんです。でも、当たり前の話ですけど、声優さんのインタビューを取ったほうがはるかにコストパフォーマンスよく、サイトのページビューが上がるわけですよね。

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