その内容の過激さや風刺から、ドナルド・トランプがTwitterで批判し話題となった、ブラムハウス製作のホラー映画「ザ・ハント」が封切りになりました。ポスターにはデカデカと“国の2極化を煽る”“政治騒動”“不適切”といった煽りが連続しています。“全米が封印した今年最大の問題作”とまで。そんなにハードルを上げて大丈夫か!?
そんなヤバい前情報はさておき、僕が何より期待させられたのは、本作がブラムハウス製作のスリラーだという点。ブラムハウスといえば、「ゲットアウト」「ザ・パージ」「ハッピー・デス・デイ」など、優れたホラー作品を数多く輩出するプロダクション。新作を欠かさずチェックしている映画ファンも多いことでしょう。今一番アツいスタジオなのは間違いありません。A24? 何ですかそれは?
そしてポスター下部に輝く「これは“人間狩り”アクションです」の文字。アクション映画が最も盛り上がるのはどんな敵と戦うシーンでしょうか。怪物? ドラゴン? ……違います、人間です。人間が人間と戦っているのが一番面白いんです。漫画だってテコ入れで人間の敵組織が出てきたりしますよね。
その極致たる“人間狩り”映画が大好きなボンクラは僕だけでなく世界中にいて、これまで数多くの傑作と、その倍ほどの駄作が作られてきました。しかしブラムハウスが作る人間狩りとあれば間違いはないはず。
期待に胸を膨らませ鑑賞してまいりました。レビューしていきます。
銃乱射事件で公開見送りに……セレブが庶民を“狩る”社会派スリラー
同作は、ポスターでもうたわれているように全米で公開が一時見送りになりました。公開1カ月前に起きたテキサス州エルパソ・オハイオ州デイトンでの銃乱射事件を受けての配慮です。
問題作として語られるゆえんはそれだけではありません。同作は現代アメリカへの社会風刺を多くはらんでおり、上流階級と庶民階級、そしてリベラルと保守派との深まる溝を“金持ちが人間狩りを楽しむ社会”という構図で描いています。他にも陰謀論や人種・ジェンダーの問題など、あらゆるテーマに言及しているのです。とはいえ本稿では、監督クレイグ・ゾベルによる「本作は両派閥の分裂をモチーフにしたもので片方に傾倒する意図はない」という発言も考慮して、政治的な解釈は個人に任せてスリラー映画としての評価を語ることにします。
……と、前置きはここまでにしてあらすじです。
森の中で目を覚ました女性。口には猿ぐつわがはめられており、自分に何が起こったのかまるで分からない。同じ境遇の数人と出会い、共に森をさまよっていると、謎の木箱を発見する。その中には、一匹の子豚と、いくつかの銃火器が入っていた……。
とにかくネタバレを避けたいので、冒頭の5分程度だけ説明させていただきました。人間狩りスリラーとしては至ってオーソドックスな幕開け。無駄をそぎ落としたシンプルなオープニングにやられ、すでに期待値はMAX状態です。そしてみるみる引き込まれ……。
結論から言うと、サイコー!! いやめちゃくちゃ面白かったです。こういう作品をスクリーンで観られるのは本当に幸せなことですね。順を追って魅力を紹介していきましょう。ここからは基本的に褒め続けるだけなのでご了承ください。
「え! こいつが死ぬの!?」王道ながら際立つ強烈な個性
前述の通り、本作のあらすじは至ってシンプル。森で目を覚ました被害者たちが、訳もわからず狙撃され、罠だらけの森を必死で逃げ惑う……。“人間狩り”のガイドブックがあるとすれば”ひとまずやってみよう”とチュートリアルとして紹介されているような設定です。“金持ち連中が道楽で庶民を狩る”という加害者と被害者の関係性も、イーライ・ロス監督の有名拷問ホラー「ホステル」を彷彿とさせます。
人間狩り集団の領地では、助けてくれそうな一般の市民にも遭遇するものの、一体どこまで魔の手が伸びているかわからず、どいつもこいつも信用できない状態に。これもホラー映画としてはあるあるですよね。このように、ストーリー自体はまったくの王道をいくものなんです。
しかし、その見せ方が素晴らしい。めまぐるしく飛んでくる銃弾や弓矢から蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う被害者たち。その一人一人をカメラが捉え、画面に映る“主人公”が次々と入れ替わる演出のすばらしさといったら。これにより、次に誰に何が起こるのかまったく予想できないのです。
「え! こいつが死ぬの!?」と予想もしない人物がすぐ退場したり、意外な人物が活躍したり……陳腐に聞こえてしまうかもしれませんが、ホラー映画のセオリーから少し外した展開が連続するのです。にもかかわらず、興ざめするような“狙いすぎ感”は感じず、妙に頭でっかちになったりもしていない。王道でありながら、予定調和が存在しないのです。この手の映画を観慣れている人ほど、そうしたハズシを楽しめるのではないでしょうか。
ホラー映画史上最高に魅力的なヒロイン・スノーボール
登場する“獲物”は12人。前半戦では主人公が次々と入れ替わっていくのですが、中でも実質的なヒロインを務める存在・通称スノーボールという人物に目を奪われました。とにかく彼女がすばらしい!!!
「エイリアン」のリプリーを筆頭に、ホラー映画は数々の魅力的なヒロインを生み出してきました。記憶に新しいところで言えば、気弱だった女性がDIYで敵を殺しまくる「サプライズ」、祖母・母・娘の3世代で殺人鬼に立ち向かうリブート版「ハロウィン」など、屈強で筋の通ったヒロインにアツくさせられた方も多いはず。
そんな個性豊かな先人たちと比べても、スノーボールは異質な存在。口と素行がやたらと悪く、全てに呆れ果てたような表情を浮かべる無気力系ヒロインかと思いきや、時折見せるすさまじい戦闘能力と表情筋は圧巻。まるで見たことの無いギャップにやられ、一瞬で虜になってしまいました。いや本当に、めちゃくちゃいいんですよ。断言しますが、ホラー映画史上一番好きなヒロインです。まったく独創的なアプローチで彼女を演じきったベティ・ギルピンさんは今後ブレイク必至ではないでしょうか。本作は、彼女の名演を呼び起こしただけでも非常に価値のある作品と言えます。
「そうはならないだろ!」と笑ってしまう、エンタメ全振りの残虐描写
人間狩り映画に欠かせないのが、なんと言っても残酷描写。個人的には「うわー痛い痛い痛い!」というようなリアル志向ではなく、「そうはならないだろ」と笑ってしまうような派手派手でケレン味のあるグロ描写が好みでして、「ザ・ハント」はまさに後者。血しぶきが爆裂するエンタメスプラッターです。爆発したり、ふっ飛んだり、半分になっちゃったり……本作のユーモラスな雰囲気を形作るすばらしいグロ描写ばかりです。そうはならないだろ!
また後半では、観客の期待を一身に背負った生存者が最高のカタルシスを演出します。一発一発が重い肉弾戦に血沸き肉踊り、“被害者-加害者”の構図から解き放たれたガンファイトもすばらしく、アクション映画としても非常に見応えのある作品でした。
個人的な意見を言うと、やはり政治的な風刺はジャブ程度に食らっておいて、「単純なアクションホラーとして楽しむのが吉!」な印象でした。シニカルな描写やポリコレいじりは散見されるものの、超えちゃいけないラインをわきまえていて、ポスターが煽るほどのヤバさは感じなかったかなと。
被害者同士の横のつながりをもう少し見たかったな〜、とか、細かい不満がないわけではありませんが、総評としてはやはりサイコー! こんな制作規模で人間狩りスリラーが観られるなんて、ファンとしては本当にぜいたくなことですよ。ブラムハウスさん……ありがとうございます……。
社会派なテーマを扱いながら、スプラッターファンも満足の描写が随所にちりばめられ、そしてカタルシスも欠かさない、まさしく娯楽としてスキがありません。今すぐ映画館へ走れ!!
<城戸>
画像は予告から
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