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がんになっても前を向くためには、どの荷物をおろせばいいか エッセイ漫画「がんの記事を書いてきた私が乳がんに!?」原作者インタビュー

「“病気のしんどさ”に向き合っていくなかで、“自分が抱え込んでいたしんどさ”が分かってきた」

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 日本の女性のうち9人に1人が発症するといわれる乳がん。身近な病気なので調べたことがある人も多いでしょう。しかし、「いつか誰かに起こること」として知っていることと、「自分で経験すること」の違いは大きいもの。

 コミックエッセイ「がんの記事を書いてきた私が乳がんに!?〜育児があるのにがんもきた」(KADOKAWA/2021年1月14日刊行)の原作者・藍原育子さんに、知識だけでは割り切れない、手術だけでは終わらない病気と向き合うことの難しさについてインタビュー。合わせてマンガ本編も掲載します。

【作品概要】がんの記事を書いてきた私が乳がんに!?〜育児があるのにがんもきた

 乳がんは退院すれば終わりではなく、患者とその家族にとっては「退院こそが始まり」だった。育児・仕事・闘病、戦いつづけた5年間の軌跡。

 原作者は健康系記事をメインとするライター。乳がんなど婦人科系の病気について多数の記事を取材・執筆してきたが、いざ自分が患者になってみるとまったく違う世界が待っていた。その戸惑いと苦しみ、そして家族と共に元の生活を再生していく5年にわたる姿を、包み隠さず明らかに。

著者プロフィール:藍原育子/あいはらいくこ(Twitter:@aihara_ikuko/Webサイト:藍原育子の仕事部屋

出版社に勤務後、2004年よりフリーランスに。2010年に長女を出産。2013年に乳がんを患い、右胸の全摘手術を行う。インプラントによる再建手術、5年間のホルモン治療を経て、現在経過観察中。近年は医療系の記事を中心に執筆活動を行い、がん保険契約者向け冊子などの企画・執筆も手掛ける。

第7話「退院は始まりだった」



その他の一部エピソード、購入先などはWebマンガ誌「コミックエッセイ劇場」に掲載されています

―― 本書は全13話構成で、退院する第7話はちょうど中間地点。手術後のエピソードにかなりのページ数が割かれていますね。

 この連載の第1回のときにもお話しましたが、“日常生活に戻ってからの大変さ”を伝えることが本書のテーマの1つです。

 精神腫瘍科(がん患者やその家族に心のケアを行う診療科)の先生から「がんのように、時に命に関わる大きな病気になると、それまで抱え込んでいたしんどさに気付くことがある」と聞いたことがあったのですが、私も「早く元の生活に戻ろう」と“病気のしんどさ”に向き合っていくなかで、“自分が抱え込んでいたしんどさ”が分かってきたんですよね。

「前を向いて生きていくためにはどの荷物をおろせばいいか」

―― “自分が抱え込んでいたしんどさ”とはどういうことでしょうか?

 例えば、全摘手術を受けて日常生活に戻ってしばらくしてから、夫に対して「私がこんな体で頑張っているのに全然いたわってくれない、力を貸してくれない」と感じていることに気付きました。

―― 「以前のようには体が動かせなかったり、気力が落ちていたりと苦労しているのに……」というわけですよね。

 でも、振り返ってみるとこの不満は乳がんを患うよりも前、子どもが生まれたときから感じていたことだったんですよ。

 夫は同業者で、結婚してから子どもができるまでは2人とも昼夜逆転していて、終電で一緒に帰ってきて、駅前の居酒屋でご飯食べて、土日はずっと寝ているか気が向いたら旅行、みたいな。

 しかし当たり前のことですが、子どもが産まれたらそうはいきません。しかも私は自営業なので、一度仕事を断ったクライアントからはもう仕事がこないかもしれないという焦りもありました。そのため出産ぎりぎりまで働き、産後は約2カ月で仕事に戻りました。もうあきらかにこの時点でキャパオーバーですよね。

 夫は家事はあまり得意ではありませんが、寝かしつけやミルクを飲ませるなど、子どものお世話は本当によく手伝ってくれていたと思います。でも、「手伝う」では足りなかったんです。

 その不満やお願いを私はうまく言葉にできなくて、夫の仕事が激務であることも分かっていたので、「夫はいるときに手伝ってくれればいい」「娘のことは何もかも私がやればいい」と気持ちを封じ込めて。産後クライシス(※)のような状態ですね。

編集部注:産後クライシス

出産後、夫婦関係が悪化する現象のこと。2012年にNHKが提唱し、情報番組「あさイチ」で取り上げた。NHK生活情報ブログによると、日本では愛情の低下に大きな男女差があり、女性の方がパートナーへの愛情を失う傾向があるとのこと。

その原因としては、日本では男性の育児家事参加率が低く、パートナーに対してあまりねぎらいの気持ちを示さないことなどが挙げられている。また、「出産後の女性が経験する考え方の変化、ツラさに気付けない男性」「『私を愛しているなら、このツラさを察してくれるだろう』と期待する女性」という両者のすれ違いも読み取れる。

 実は私は、もともと「助けてください」が言えない性格で、友人や仕事先に対しても「寝ないで私がやればいいんだ」「これは私の問題だから」と考えてしまう傾向があって。今になってみると、これが心のバランスを崩してしまった大きな原因の1つでした。

 夫は頼んだことはちゃんとやってくれる人なんですが、当時は「どうして私がお願いしなければならないのか」「もっと察してよ」という気持ちがすごく強かったんだと思います。彼がやってくれていることには目が向かず、できていないことばかり攻撃していました。不満や不安が大きくなる前にもっと夫婦関係のメンテナンスをする必要があったな、と今振り返って思います。

―― 出産後と病気後。場面は違いますが「大変さを分かってくれない」という問題構造は同じで、その裏側には「大変さを伝えるのが苦手で、頑張り過ぎてしまう性格」という原因があったわけですか。

 がん“のおかげ”で、という言い方はしたくありませんが、がんをきっかけに自分と向き合うことになり、精神腫瘍科に通うなかで何年もかけて学んだことだと思います。

 退院して一見以前と変わらないような日常が戻ったとしても、やはり病を患う前と後では、何もかも全く同じというわけにはいきません。程度の差は人それぞれですが、治療という新たな柱を抱えながら「自分がこの先どうやって生きていくか?」を考えなくてはなりません。

 私の場合は、それまでの生き方からはレールを変更して、だけど、前を向いて生きていくためにはどの荷物をおろせばいいか考えていく、ということが必要だったと思います。そして、この本を出して反響をいただくなかで感じたのは「私と似たことを考えている人って思っていたよりも多いんだな」ということでした。

(終)

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