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『嘘喰い』最強のエピソードがエア・ポーカー編である理由を、今から皆さんに説明します今日書きたいことはこれくらい(2/3 ページ)

全部面白いけどやっぱり「エア・ポーカー」が突出していたよねという話。

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エア・ポーカー編が面白い4つの理由

 まず1点目、勝負に至るまでの背景

 ラロとアイデアルって決してポっと出のキャラクターじゃなくって、嘘喰いの作中でもかなり早い段階から登場しているキャラクターなんですよ。

 電話越しとはいえ、ラロが初登場しているのは実に「廃坑編」の7巻。そこから徐々に賭郎を狙う巨大組織として話に絡みはじめて、嘘喰いや賭郎と散々煮え湯を飲ませ合います。プロトポロス編自体、「業の櫓」編で勝利を収めながら、その勝利の成果をアイデアルに掠めとられた貘が、それを奪い返すために行われている勝負です。

 お互いさまざまなものを奪い取り、さまざまなものを奪い取られてきたラロと貘、賭郎が、30巻以上の冊数を積み重ねた上でついに迎える、文字通りの最終決戦。まずは、これが「エア・ポーカー編」の作中の位置付けになります。超熱い。

 2点目、「ルール公開とストーリー展開のシンクロ」

 エア・ポーカーってゲーム、「嘘喰い」全体を通して見てもかなり特殊なゲームなんです。嘘喰いのギャンブルって基本、「ルールは完全に明示された上で、さらにその裏に隠された何かを暴くことによって貘や梶が勝利する」という図式になります。ゲーム自体に不明瞭な部分はほぼなく、ルールは最初に全て語り尽くされる。その中でルールの穴を突く、あるいはルールの裏でイカサマをしている相手の「嘘」を逆用する。そういったギャンブルがほとんどです。

 そんな中、エア・ポーカーは「当初、一回一回のゲームにおける勝敗条件が明示されていない」。カードを出してオープンしても、どちらが勝つのかは貘たちには分からない。この中で、手探りでルールを推測しながら自分の空気をBetし、勝負しないといけない。読者にもプレイヤーにも、ルールが全て明かされないゲームです。


嘘喰い カードを出してもどちらが勝つかは分からない (C)迫稔雄/集英社

 私、リアルタイムでエア・ポーカー編読んでたんですけど、このときのわくわく感、本当にすごかったんですよ。劇中のモブたちと一緒に、「この数字の正体は一体なんなんだ!?」ってあれこれ想像しながら読んでたんです。

 当時2ちゃんねるの嘘喰いスレなんかも読んでたんですが、こちらでもまあ議論百出。「正解」を書いていた人もいたものの、それもあくまで「有力な説の一つ」であって、最後の最後まで「エア・ポーカーの全貌」を読み解けた人はいなかったと思います。読者も、登場キャラクターと同様、「このゲームは一体なんなんだ?」と思いながら読み進めることになったんです。

 すいません、この先を話すにはどうしても避けられないので、まずこれだけはネタバレさせてください。大丈夫、これだけ知ってもお話の面白さは減りません。

 この謎の数字、1組のトランプを使って、ポーカーの役を作る手札の合計数です。

 例えば「8」であれば、その最強役はAAAA4の「Aのフォーカード」(1+1+1+1+4=8)「25」であれば、最強役は「同一柄の34567」のストレートフラッシュ(3+4+5+6+7=25)


嘘喰い 工程の正体 (C)迫稔雄/集英社

 しかも、カードは無数にあるわけではなく、「1組のトランプ」からのカードと限定されています。そのため、例えば「8」でフォーカードを作ったことによって「A」を使い切ってしまえば、その後「47」A10JQKのロイヤルストレートフラッシュ(1+10+11+12+13=47)を作ることはできなくなってしまう。

 貘は、梶からのヒントもあってラロに先んじてこの「ルール」にたどり着くのですが、なんとそれをあっさりラロにも教えてしまいます。それは、このルールに基づいて必要とされる膨大な思考と、それに伴う酸素の消費を、自分一人で抱えるのではなくラロにも押し付けるため。かつ、自分の土俵である「心理戦」にラロを引きずり込むため。

 ここから、当初「謎を探るゲーム」だったエア・ポーカーは、「心理戦と駆け引きのゲーム」へと完全に変容します。ついさっきまで「数字の正体」について考えあぐねていた読者たちは、貘によってルールを教えられたラロと同様、次は「どのカードをどういう順番で出して、Biosをどう賭ければ勝負はどうなるのか」という思考ステージに引きずり込まれていくわけです。


嘘喰い 心理戦へ (C)迫稔雄/集英社

 エア・ポーカーが隠している謎はもちろん「勝敗条件」だけではなく、さらにこの後も、エア・ポーカーは2段、3段とその全容を現すにつれて姿を変えていきます。それに従って、自分自身水中に引きずり込まれていくような読者の思考。このあたり「読者にどこまでの情報を開示するか」「それに従って、作中キャラクターにどこまでの反応や思考をさせるか」「それによって、読者に何を考えさせるか」という、いわば「見せ方」のコントロールが、本当に絶妙という他ないんですよ。この点は業の櫓編も凄かったけど、エア・ポーカー編はそれ以上です。

 とにかく、この「少しずつ全体像が見えてくるに従って変容していくゲーム展開と、それと完全同期して進むシナリオ展開」という点については、嘘食い全編を見てもエア・ポーカー以上の勝負はないと断言してしまって良いでしょう。私がエア・ポーカー編を「最強」と考える、最大の理由がこれです。

 「空気を賭ける」エア・ポーカー。そして、「トランプなしで行う」からエア・ポーカー。このダブルミーニングがあまりにも見事すぎる。


嘘喰い ダブルミーニング (C)迫稔雄/集英社

 で、3点目なんですが、このゲーム自体「常人ができるレベルのゲームではない」ということにものすごく説得力があるんですよね。「作中キャラクターの頭が良すぎる……!!!!」と戦慄(せんりつ)する他ないんです。

「1組のトランプから4つのポーカー役を作ってみて下さい」「残ったカードは32枚です」「その32枚のカード全てを言えますか?」


嘘喰い 残った32枚のカード全てを言えますか? (C)迫稔雄/集英社

 梶もこう言ってますけど、手元にトランプがない状態で、「今までにどのカードが使われたのか」「残っているカードは何か」「手元にある数字は、残ったカードで何の役を作れるか」「今作れる役は次回も作れるか」といった思考を、全て頭の中だけで行わなくてはいけない。しかもそれに加えて、貘たちは駆け引きと心理戦にも対処しなくてはいけません。場面は水中で、呼吸できる酸素量は限られていて、与えられる時間はほんの数十秒。

 これくらい、「まともな脳の人間にできる勝負ではない」ということが明確に分かるゲームもなかなかないと思うんです。そこそこの数のギャンブル漫画読んでるつもりですけど、その中でも「実際にプレイしたときの難易度」という点では、エア・ポーカー、間違いなくトップクラスです。「ギャンブル難易度勝負」でも最強を競えるんじゃないかって思うくらいです。

 「頭脳戦」を描写するときにつきものの問題が、「作者の思考レベル以上に頭のいいキャラクターは描けない」ということなんですよね。作中では天才設定のキャラクターが、客観的にみるとそこまで頭いいことやってない、となると、やっぱちょっと盛り下がっちゃうじゃないですか。しかしこのゲームに関しては、本当にそんなことは一切なく、ガチの天才しかできないゲームだってことに途方もない説得力があるわけです。

 登場キャラクターたちのポテンシャルを表現するために、これ以上ないほどふさわしいゲームの難易度。最強のギャンブラーである貘と、最凶の組織の長であるラロ、2人の天才の戦いは、屋形越えを除けばまさに「頂上決戦」です。その舞台にこれ以上ふさわしいゲームもそうそうないと思うんですよ。


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